岐阜県立美術館への道
多和田葉子さんのエッセイを読んでいたら、以下の様な文章が。
全く同感なのだが、自分がそれ相当の年令になってしまったからなのかなぁと思っていた。
しかし、そうではないという確信が持てるようになって安心した。
「高齢の女性が美しいと、見ているだけで私も生命がぴんと張ってくる。種を増やすことが先決の問題であった時代には、生殖に適した年齢の女性が美しく見えたというのもうなずけるが、思考することが先決問題となってきた今の時代、ものを考える人間が美しく見えてくる。」
ついでに同じく多和田さんのそれからの引用。
「日本のほうが若い女性がデビューしやすい(小説家として)が、それは《感性》というものが誤解されているからに過ぎない。思考なくして感性などありえないのに、感じることは考えないことだと思っている人がたくさんいる。だから、ものをあまり考えず、世界を身体でとらえ、ミズミズシイ感性とかいうものを持っていることにさせられている若い女の子が書いた小説、という腰巻をつけられて小説が売られる。」