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アンという名の少女 【感想】

2017-06-16 08:00:00 | 海外ドラマ



Netflixにて掘り出しモノを発見。
全くノーマークだったが、実家の母親が絶賛していたので観たところ非常に面白かった。それもそのはずで、本作の製作情報を調べたところ、神ドラ「ブレイキングバッド」の脚本を書いたモイラ・ウォーリー・ベケットが手掛けているドラマとのこと。しかも、彼女は「ブレイキングバッド」の中でも「神回」として語り継がれるシーズン5の第14話「オジマンディアス」の脚本を書いた人だ。見ていて納得。毎話毎話、終わる度に余韻が残る、とても好きなタイプの海外ドラマだった。

本作は「赤毛のアン」のドラマ化である。原作は未読。子どもの頃にテレビで放送されていた、ミーガン・フォローズ主演の映画で知ったくらい。但し、映画を見て泣くという感覚を初めて知った、特別な映画だ。アンとマシューの別れのシーンを思い出すと今でも胸が熱くなる。

Netflixでリリースされたのは全6話のシーズン1になる(短い!)。

本作で登場するアンの姿は、世界名作劇場のアニメ版のアンにそっくりだ。原作の情報を調べると、アンのイメージにピッタリのようだ。痩せっぽっちで、おでこが広く器量が悪い。髪は赤毛で、顔はソバカスだらけ。パッと見、可愛い女子とはいえない。外見が個性的であれば、性格も超個性的だ。溢れ出る想像力とそれを吐き出すおしゃべりが止まらない。アンのセリフ「このカバン、すぐに口が空いちゃうから持つのにコツがあるの」に吹き出す。あなた(アン)のことでしょ~とツッコミを入れたくなる。

孤児であったアンを引き取ることになるのが、頑固モノのマリラと、寡黙で心優しいマシューのカスバート兄妹だ。農場の担い手とするため男子を求めていた2人が、手違いで訪れたアンを家族として受け入れる。



アンとカスバート兄妹が家族として繋がるきっかけになった事件は、マリラの過ちがきっかけであり、カスバート兄妹がアンを取り戻そうとするシークエンスが感動的だった。アンを傷つけてしまったマリラの激情と、アンを想いやるマシューの衝動をセリフを交わすことなく描く。必死になって迎えにきたマシューに対して、アンが「待ってたわ!」と抱きつくシーンをイメージするが、アンのプライドがそれを許さない。本作はアンの自尊心の強さを提示することを忘れない。キャラクターの個性を誠実に受け止めた脚本と、視聴者の想像力を信じた演出が素晴らしい。やっぱ「ブレイキング・バット」に近いものを感じる。

本作のアンはこれまでのイメージになかった描き方をされていて、グリーン・ゲイブルズに来るまで苦難が暴力による虐待シーンと共に振り返られたり、孤児から養子になったアンに対して偏見や差別の目が向けられるなど、かなりシリアスな描写が随所に差し込まれる。アンというキャラクターが新たな造形で描かれている感じだ。

ドラマでは、アンだけでなく、彼女を受け入れるマリラとマシューについてもスポットを当てる。2人には、小さな町を離れずお独身を通してきた理由がある。2人が若いころに経験したロマンスが甘く切ない記憶として回想される。ほかにも、アンにとって生涯の親友となるダイアナや、後の伴侶となるギルバートも、それぞれに置かれた背景を含めて丁寧に描かれる(ギルバート役は「20センチュリーウーマン」にも出てた美少年!)。あと、アンが何かと邪魔者扱いする(笑)、フランス人少年が健気で非常に可愛い。



アン役のエイミーベス・マクナルティは、ルックスがアニメ版のアン、そのものであり、彼女の豊かな表現力がアンというキャラをより魅力的に際立たせる。ミーガン・フォローズ版のアンもそうだったが、可愛くなかったアンがどんどん可愛く見えてくるマジックは本作でも生きている。

アンが培ってきた度胸やスキルによって、次々と事態を好転させる様子は痛快でもあり、娯楽ドラマとしても普通に楽しめる。また、舞台となるプリンスエドワード島の美しい風景も本作の見所の1つといえる。

全6話のためシーズン1があっという間に終わってしまった。完全にシーズン2への関心を煽った終わり方に少々文句もあるが、アンのこれからの成長が楽しみである。シーズン2はまた来年になるのかな。

【70点】

ブレイキング・バッドのシーズン5,第14話が神だった件。

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