
今年の日本映画の中で一番楽しみにしていた「バクマン。」を観る。
3作連続、大根映画にハズレなし。お見事っす(笑)。やられた。
エンドロールを見送り、心地よい高揚感と共に、やはり映画は監督次第なのだなぁ~としみじみ。
そして完成度の高いパンフに感動。パンフレット・オブ・ザ・イヤーは本作でキマリだ。
同名漫画の実写映画化だ。原作は未読。なので、原作との差異はわからない。
大根仁の映像作品は、テレビドラマ「湯けむりスナイパー」以降、テレビドラマを含めて追っかけているが、そのほとんどが漫画原作モノであり、監督自身が漫画好きであることがよくわかる。自分が唯一、原作を知っていた「モテキ」のドラマ&映画を観て感じたのは、原作の世界観を踏襲しつつも、その再現に終わらず、原作を知らない人が観ても見応えのある実写作品に仕上がっている点だ。別の言い方をすると映像作品が先で、原作を読みたくなるという作品が多い。それは、原作の解釈を誤ることなく、ときには映像作品用に必要なアレンジを行い、確実な演出をもって映像化いるからだと思う。そして、本作でもその手腕を如何なく発揮してみせた。
ド直球の青春映画であり、知られざる漫画のお仕事解説映画であり、まさかのスポ根映画であった。
欲張り過ぎともいえる、これらの要素を必要なピースとして盛り込み、温度差を変えることなく1つの物語として紡いでいる。そして、それらが「友情」「努力」「勝利」というジャンプが掲げる編集方針とリンクしている という充実ぶり。最後はしっかりとカタルシスで着地。一言、「秀逸」。大根監督は脚本を磨きに磨き抜いている。
冒頭から掴まされる。膨大な歴代ジャンプの巻頭をバックに、主人公二人のナレーションで、出版業界におけるジャンプの地位と、その王者への道のりをまくし立てるような口調で一気に解説する。頭の中がジャンプでいっぱいになると共に、「ドラゴンボール」や「スラムダンク」の連載当時、毎週の発売日を楽しみにしていた当時を懐かしむ。本作で提示されるジャンプの販売部数は、1990年代後半をピークに現在まで販売部数を落としていくわけだが、それでもジャンプ漫画の影響力は今も揺るぎないのだろう。
現在の日本のテレビドラマを見渡すと、漫画原作モノばかりだ。原作ファンを取り込む狙いも考えられるが、何よりも面白い物語がそこにあるからだ。海外でも日本の漫画は大変な人気である。日本という国で、なぜ面白い漫画が生み出されるのか?本作ではその背景の一端が描かれる。それは、漫画家と編集者の共同作業と、ライバルである漫画家たちとの熾烈な競争である。面白い漫画が売れるのではなく、売れる漫画が面白いとされ、どんなに優れた漫画家も売れなければ淘汰されてしまう厳しい世界だ。売れる漫画を生み出すには編集者の目が不可欠であり、漫画家と一緒に作品を完成させていく。もちろん、売れる、売れないかの最終的な判断は、読者の反応次第だ。リリース後、週単位で集計される読者の人気投票によって明らかになるが、この徹底した顧客主義とスピード感が他の出版物とは異なる点であり、漫画の完成度に起因しているのだろう。そして、そのランキングの上位獲得は漫画家同士が連載枠を奪い合う競争でもある。
主人公たちの目標はライバルを打ち負かし、読者投票でトップを獲ることだ。読者と対峙すべき漫画家が同業同士で何をやっているのか?と頭をよぎったりするが、投票の結果によって決まる勝負は、イコール読者層の支持を得ることであり、漫画家同士の競争関係がきちんと読者層にも繋がっていることに気づかされる。ジャンプが読者に読まれる多くのシチュエーションを俯瞰的に捉えたシーンもちゃんと効いている。主人公たちのライバルは「天才」と評される同年代の漫画家だ。天才的に面白い王道漫画を描く。「天才じゃない俺たちは邪道で勝負するんだ」の言葉に胸がすく。タイト ルは「この世は金と知恵」(笑)。開眼した主人公たちの快進撃が始まる。主人公たちが漫画に挑む脳内イマジネーションを表したシーンに鳥肌が立つ。面白い映像表現の追及ではない。漫画家たちの見えざるダイナミズムを表現するために、あの映像表現が必要だったのだ。
しかし、主人公たちの快進撃は長くは続かない。待ち受けるのは苦難だ。経験の浅い彼らのスキル不足が、締め切りという呪縛で悲鳴を上げる。インクは漫画家たちの血でできているのか。コシュコシュコシュと描くたびにGペンが発する摩擦音は肉体を削る音にも聞こえる。「心血を注ぐ」という言葉は漫画家のためにあるのか。体力が枯渇し、ボロボロになる。それでも立ち上がる。情熱を超えた完全燃焼なくして勝利を叶わない。「 あしたのジョー」の「真っ白」を彷彿とさせる。そんな彼らを後押ししたのは、恋であり、友情だ。特に本作では後者が強く残る。「サイコー」と「シュージン」の友情、主人公たちと編集者の友情、漫画家たちとの友情、そして何より、ライバルとの友情が心を打つ。対立関係ではなく共闘関係だったと思えた。漫画に賭ける者同士にしか生まれない共鳴が深い感動を与える。
大根作品のキャスティングは本作でも抜群の冴えをみせる。主人公の演じた佐藤健と神木隆之介のキャスティングには「旬」や「人気」という理由よりも、強い必然性を感じた。悲壮の中に情熱を滾らせることができる佐藤健と、クレバーで根明(ネアカ)なキャラを自然体で演じてしまう神木隆之介だ。特に、空回りしがちなシュージンの言動を違和感なく演じてしまう神木隆之介の器用さに驚かされた。ライバルである新妻エイジ演じた染谷将太の可笑しさと不気味さを湛えた天才の体現に目を見張り、主人公たちの兄貴的な立場である編集者を演じた山田孝之の実在感に引き込まれる。山田孝之演じた編集者は、物語を回す上で潤滑油みたいな役割も果たしており、これぞ助演と言えるような素晴らしいパフォーマンス。山田孝之はやっぱり巧い。「渇き。」での悪印象が強かった小松菜奈は、本作のヒロイン役にマッチしており、大根監督の狙いであろう「漫画のヒロイン」みたいな女子像になりきることに成功している。
原作は全20巻の長編だ。2時間の映画に納めるためには省略が必要である。おそらく原作では、「サイコー 」と同じくらいのレベルで、「シュージン」の人物描写もあったのだと思う。シュージンの描き込みが省略されたようにも思えるが、映画としては本作の構成で正解だったと思う。捨てたというよりは、サイコーに重心を置かせたというべきかもしれない。「描く」という作画行為は、漫画の核心であり、「サイコー」を中心に物語をプロットしたほうがまとまりやすいはずだ。シュージンを同列で描いていたら、おそらくこれだけの疾走感を維持することはできなかっただろう。
冒頭から最後まで「漫画愛」で貫かれた映画でもあった。ラストの結末は「スラムダンク」で山王戦に勝利した湘北メンバーの姿に重なる。エンドロールのラストカットまで見事に仕上がっており、日本映画としては今年屈指の満 足度だ。そして、購入したパンフレットが大当たり。映画同様、かなり拘った作りになっている。装丁のユニークさ、構成デザインの面白さ、内容の充実度、どれも素晴らしく、思わず映画を観ていない知人にも自慢してしまった。キャスト、スタッフの紹介では、1人1人の「思い出の漫画」が紹介されており、ここでも漫画愛が貫かれている。大根監督にとって本作が特別な映画だったのだと実感するとともに、この映画への愛がさらに深まった。
【80点】
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