ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論 | |
朝倉 祐介 | |
ダイヤモンド社 |
Kindle版にて読了。
日本からAmazonのように大きくスケールする企業が出ないのは何故か?
著者はその原因を、日本企業に蔓延する「PL脳」という病理に求め、その呪縛から逃れるために「ファイナンス思考」に基づく経営が求められる、と訴える。
PL脳とは、目先の売上や利益を最大化することを目的化する、短絡的な思考態度のこと。
日本経済全体が成長し続けていた高度成長期には、市場のパイが放っておいても拡大することを前提に、他社よりも早く拡大するパイを取りに行くことに特化して経営方針を決めることが最適であった。
その結果として、組織の発想は、顧客のニーズや競合他社の動きをとらえてそれに対処していくことよりも、市場の拡大に合わせて自分たちの目標を達成することができるかどうかが主眼になり、しっかりとオペレーションできていることばかりが重視されて、より内向き思考に寄っていく。
いかに前年対比で日々の業績を改善するかということこそが重要になってくる。
パイが大きく成長せず、市場が飽和した状態の競争が求められる21世紀の現代では、いかにしてパイを奪い合うか、いかに新たなパイを創造するかといったマーケティング的な視点が、本来はより重要になるはず。
だが、高度経済成長期における成功体験が強烈すぎたがゆえに、いまだに日本企業はPL脳から脱しきれず、根深く浸透してしまっている、と。
それに対して、ファイナンス思考は、会社の企業価値を最大化するために、長期的な目線に立って事業や財務に関する戦略を総合的に組み立てる考え方 のことであり、「会社の戦略の組み立て方 」ともいえる。
単に会社が目先でより多くのお金を得ようとするための考え方ではなく、将来に稼ぐと期待できるお金の総額を最大化しようとする発想。
価値志向であり、長期志向、未来志向である。
ここでは、ファイナンスを「外部からの資金調達」「既存の資産・事業からの資金の創出」「資産の最適配分」「ステークホルダー・コミュニケーション」の4点に分類して定義づけた上で、Amazon、リクルート、日立、関西ペイント、JT、コニカミノルタなどの事例を紹介しながらファイナンス思考に基づいた経営が解説される。
以下、要点として印象に残ったところをメモしておく。
・会計制度の特質を端的に表した言葉に「利益は意見。キャッシュは事実」がある。会社に積み上がる現金の量についてはごまかすことができない一方、売上高や利益といったPL上の数値は、会計上のルールや監査を通して、極力客観的な把握が試みられるもののどうしても主観的な意図が混ざる余地がある。
・PL脳だと実施できない経営判断の最たる例は、黒字事業の売却。
・「計画とは将来への意思である。将来への意思は、現在から飛躍し、無理があり、現実不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長上にあり、合理的であり、現実可能な計画はむしろ『予定 』と呼ぶべきだろう」(土光敏夫の言葉)ファイナンス思考は、ここで言う「予定」ではなく、「計画」を実現するための考え方である。
・M&Aの計画者と実行者が分離していると、買収前の段階で、その気になれば計画者が実現可能性を無視した過剰な目標数値を掲げ、 M&Aを強行することもできる。リクル ートの場合は、統合後の事業計画を策定した人物がそのまま事業執行者を務めるため、自分で達成できる範囲の無理のない計画を前提とすることで、事業の高値づかみを防ぐための工夫が施されている。
また、CEOやCFOのみならず、各四半期の決算説明会では主要セグメントの責任者がそれぞれの管掌事業について説明している。事業の責任者が資本市場に対して直接説明責任を果たしている(ステークホルダー・コミュニケーション )。
・日立においても、上場子会社と同列の位置づけで、6つのカンパニー制を導入した際、PLだけでなく、BSの責任をもカンパニーの事業責任者に負わせることで、意識改革を図った。毎年のIR説明会で、グループ責任者が対外的な説明を行うようになったのもこうした取り組みの一環。