わたしがいなかった街で | |
柴崎 友香 | |
新潮社 |
バツイチ子無しのアラフォー派遣社員、親元に戻ろうと思えば戻れるが、東京での一人暮らしを続けている。
主人公の女性の造形は、その友人たちの在りようと合わせて、この2010年代の日本で急速にその数を増やしているタイプの人物像を的確に描いているように感じます。
そんな主人公・砂羽ですが、一方でその脳裏には不連続に「戦争」のイメージが登場します。
戦時中の海野十三による日記、ユーゴ内戦のドキュメンタリー、広島で被爆を免れた祖父、大阪環状線・京橋駅の空襲跡…
平凡な現代の日常生活を舞台にしていながら、この今まさに日常を生きているこの場所が、かつては「戦争」の直撃を受けていた場所と同一の地点であり、また、そうした「戦争」が日常である世界と入れ替わっていてもおかしくない隣りあわせにある、という感覚。
自分、比較的こういう感覚を日常的に感じるほうなので、けっこう共感を憶えます。
砂羽のようにその感覚を周囲の人に大っぴらに披歴して変わりもの扱いされることはないですが…
祖父が広島で被爆していたら命を受けることもなかった、という実感を抱いている砂羽が、おそらくこのまま子を産むことなくその血筋を絶やそうとしている、という感覚。
或いは、まだ若い葛井夏が、将来自分が家族を持ち子孫を残すことはないだろうという予感を抱いている。
このあたりの極めて現代的なモチーフもまた織り込まれていたりします。
起伏もなく淡々として穏やかな物語の中に、こうした現代的な問題意識を繊細に刻み込んでいく。
そのあたりの手腕はなかなか見事だなと。
もう一篇収録された『ここで、ここで』。
こちらは短編ですが、トーンは『わたしがいなかった街で』と共通するものを感じます。
日常に潜む違和感が描出されていて、短い分、その「不穏さ」はより強調されているような気も。