静聴雨読

歴史文化を読み解く

古本屋の接客サービス

2009-02-25 07:17:14 | 社会斜め読み
古本屋の接客サービスで感じたことを綴ったコラムをまとめました。予想通り、苦言が多くなりました。

(1)なぜ嫌われる?

伝統的な古本屋の世界は、チェーン店の出現とネットを利用した素人古本屋の出現で、大きく様相が変わった。ここでは、ネットを利用した古本屋は措いておいて、店舗を構える古本屋について記す。そのうち、チェーン店は後に述べることにして、ここでは伝統的な古本屋に絞ろう。

伝統的な古本屋はなぜ客に嫌われるのか? かれこれ40年間お付き合いをしてきて、理由がいくつか思い当たる。読者の方々も思い当たるフシがあろうかと思う。

まず、店舗が雑然としていて、商品配列がでたらめだ。雑然としているところが古本屋らしくていい、という向きもおられるようだが、私はその考えをとらない。
もともと、雑多な商品なのだから、一定の基準で配列されていなければ、探すのは困難である。

アメリカの大都市の古本屋を覗くと、どこでも、分類・配列が徹底している。文学書は、English, American, Mystery, Romance などに細分化され、その中で作家名のアルファベット順に本が配列されているのが普通である。求めている本があるかないかを短時間で判断するのに好都合だ。

一方、わが国の古本屋では、徹底して分類・配列を行っている店は少数派だ。勢い、客は端から端まで本棚をスキャンすることになる。雑然大好き派は、その過程で思わぬ掘り出し物を発見して狂喜するらしいのだが、私はそれをとらない。

たとえ何でもない雑本でも、正しく分類された棚に正しく配置されれば、輝いて見えるのだから不思議だ。例えば、「民俗」とか「地誌」とかで括られた棚があれば、T・クローバー『イシ-北米最後の野生インディアン』やR・ドルマトフ『デサナ-アマゾンの性と宗教のシンボリズム』(ともに、岩波書店)を手にとってみる客は多いはずだ。

このように、雑本に付加価値を注ぎ込むのが古本屋の器量だといえる。

分類・配列の徹底という考え方は伝統的な古本屋の世界では根付いていないが、チェーン店ではすっかり定着している。伝統的な古本屋はチェーン店に学ぶがよい。 

次に、店舗が雑然として見える原因の一つに、店舗と倉庫の混在・未分化が挙げられる。本来は倉庫に置くべき未整理の商品を平気で店舗に置いてある店が多い。中には、「未整理につき、ひもを解かないでください」などと客に失礼にあたる文言を書いた札を貼ってある束があったりする。店舗に置いてあるものに触るなというのはおかしい。触られたくないものは倉庫に収めておくのが正しい。

店舗と倉庫の混在・未分化が起こる原因の一つは、倉庫スペースを確保していないことにある。理想をいえば、店舗面積の3倍の倉庫面積がほしい。

オペラハウスの例を引くと、舞台の間口が比較的狭いところでも、舞台の奥行きはびっくりするほど深い。それで、短時間で、前面と後面との舞台の入れ換えができるようになっている。

伝統的な古本屋を名乗るならば、店舗に負けない広さの倉庫を備えるべきだ。そして、「倉庫は第二店舗だと」と言い切れるほどの気構えを見せてほしい。

未整理の商品の束を除けて本棚にアクセスしたら、雑本しかなかった、とはよく経験することだ。そう、古本屋の本棚に並ぶ本の多くが、いや相当程度が、商品価値の低い雑本なのである。良いコンテンツの本が不足しているために、あるいは良いコンテンツの本を仕入れる資金が足りなくて、
雑本で本棚を埋めている古本屋が多いらしい。

雑本には愛情がわかない。それで店舗の管理がおろそかになる。そのような店が多いのだ。

伝統的な古本屋が嫌われる理由の一つとして昔から広くいわれているのが、店員が無愛想だという点だ。これは今でもあてはまるが、私はあまり気にしない。むしろ、ニコニコしてお愛想でもいわれたら、引いてしまうだろう。  

(2)愛情が足りない

次に、チェーン店について記す。

チェーン店の多くは共通の特徴がある。店内が明るい(伝統的な古本屋では、暗い店が多い)、店内が整頓されている(伝統的な古本屋では、雑然としている店が多い)、分類・配列が徹底している(伝統的な古本屋では、分類・配列が徹底していない店が多い)、などなど。総じて、客を受け入れやすい仕掛けに腐心している。

一つだけチェーン店に不満をいうとしたら、値札のつけ方がよくない。のりのついた値札を本の表紙や函に所かまわず貼ってしまうのである。値札を貼った場所がたまたま文字の印刷されている個所だった場合、その値札を剥がす際に印刷文字まで剥がれてしまうことがあるのだ。
少し注意すれば、印刷文字の個所を避けて値札を貼ることができるのであるが、その注意を怠っている。おそらく、店員教育でも値札の貼り場所について教育していないのだろう。

チェーン店の店員の本に接する態度を見ると、普通の「もの」を扱っているかのようだと感じることがある。

そういえば、雑本を扱う伝統的な古本屋にも、本への愛情が見られないことがある。
全集などのセットものをひもで束ねるとき、きつく束ねすぎて、両端の本の表紙や函に、無残にも、ひもが食い込んでいるのをよく見かける。本の悲鳴が聞こえないのだろうか?

本に愛情を持たない点では、伝統的な古本屋もチェーン店も似たようなものかもしれない。

(3)奇妙な掲示板

東京・町田にかなり大きな古本屋がある。4階建ての建物すべてを店舗に充てている。陳列数は相当のものである。わが国の伝統的な古本屋とは少し違う雰囲気を漂わせている。むしろ、アメリカの大都市の古本屋に近い。

まず、本の分類・配列が徹底している。これは特筆すべきことで、他の伝統的な古本屋も真似してもらいたいと思うほどだ。
次に、同じタイトルの本が複数冊置いてあることがある。これは伝統的な古本屋としては珍しい。(チェーン店では当たり前の光景だが。)

さて、この古本屋の入口に次のような掲示がある。(間違えないように、行ってメモしてきた。)
「お願い! 万引防止の為、1階レジにてお荷物をお預りしております。」

以前は「防犯のため」と書いてあったように記憶しているのだが、現在はご覧の通り、ストレートに、「お客様の中には万引を働くものがいます。そのため、お客様のバッグなどを預からせていただいています。」といっているようなのだ。かなりびっくりする掲示だ。

万引防止に協力するのに吝かではないので、1階レジでリュックサックを預け、2時間ほど店内を見て回り、1階レジに戻った。ところが、そこには店員の姿が見えない。預けたリュックサックは?と見ると、籠の中に放置されている。

このお店は、万引防止に熱心だが、お客様から預かった荷物の防犯管理には不熱心であるらしい。

このようなことが起きる原因は明らかで、大きな店を少数の店員で運営しているために、万引は起きる、お客様の荷物は大事にしない、という事態を引き起こしているのだ。お客様を悪者にする前に、店員を増やすことを考えてほしい。

(4)居心地の良さとは?

横浜の馬車道に「xy商会」というお店がある。「古書」の看板が出ているので、古本屋だろう。中に入ると、一面に横浜関連の古書と資料が展示してある。開港当時の資料が充実している。

店内右手を見ると、さらに数本の書棚にびっしりと本が入っている。その棚に近づいた途端、厚手のカーディガンを着てほっぺたを赤くした主人(らしき人)が「こら、こら、そこに入ってはいけない。」と叫んだ。一瞬唖然として、「これらは展示品ではないのですか?」と問うたが、主人は答えない。「どうして答えないのか?」と再度聞くと、主人は「答えません。」と意味不明の言葉を返すばかりだった。

このやりとりの間に、主人の家族か愛人か使用人かの女性が、手作りのうどんを店内のテーブルに並べ始めた。二人で食するつもりのようである。

最近、親密な空間を演出する古本屋があちこちに出現しているが、お客との親密感を増すための演出であれば納得できるが、身内の親密感を見せつけるための演出は本末転倒だ。お客に見せたくないものは隠す、店内で汁気のある飲食は慎む、などは古本の接客商売の基本だと思う。 

(5)理想の古本屋

ここで、私の理想とする古本屋のイメージを述べてみたい。
店舗・ワゴン・仮想店舗の三層構造の古本屋が、客として利用し易い「理想の古本屋」となる。

その1。店舗

店内のどの本にもアクセスできること。そのためには、脚立が備えてあって上段の本に容易にアクセスできること、積みっぱなしの本で下段の本へのアクセスを妨げないこと、が重要。これらの条件を備えた古本屋は意外に少ない。

本をゆっくり吟味するには、書見机と椅子2脚が欲しい。机上には何もいらないが、仮想店舗(後述)の目録があると親切だ。書見机は欧米の古本屋では普通にあるが、わが国では滅多に見かけない。横浜・馬車道の誠文堂を覗くと、ここには書見机が置かれていた。専門書に特化したお店にふさわしい気配りだと思った。(しかし、最近訪れてみると、書見机は未整理の本の置き場に変わっていた! 残念。)

余裕があれば、PCで仮想店舗を自由にブラウズできればもっといい。主人が店内を見渡せる程度のあまり広くない店舗が理想だ。

その2。ワゴン

店舗の表に、100円均一と300円均一のワゴンを置きたい。このようなワゴンから掘り出し物を見つけ出すのが古本屋めぐりの醍醐味の一つであろう。

行きつけの古本屋の一つに、ワゴンの掘り出し物が多い店があり、毎週ここを覗くのが楽しみの一つになっている。なにしろ、1冊100円で、『グレン・グールド大研究』や『ヘーゲル法哲学講義』が手に入るのだから、こたえられない。

その3。仮想店舗

店舗の奥に隣接した倉庫が仮想店舗で、インターネットで注文を受ける。店舗に置けない全集本などは、もっぱらこの仮想店舗に置くことにする。
店舗を訪れた客も目録かPCで、仮想店舗の本を吟味することができる。そして実物を検分したい客を仮想店舗に案内することもできる。

仮想店舗の良いところは、その広さを自由に変更できることだ。店舗奥の倉庫だけでなく、離れた場所に第二・第三の倉庫を持ち、仮想店舗を拡張することもできる。

このような、店舗・ワゴン・仮想店舗の三層構造の古本屋が、客として利用し易い「理想の古本屋」のイメージだ。これらをすべて実現した古本屋はあまり見当たらない。 (2006/10-2007/3)



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
北京の書店 (馬形進)
2009-03-01 13:53:10
昨年秋、北京の老舗 中華書店へいきました。日本の源氏物語関係の書棚のように、紅楼夢の関連書籍が多数、大きな書棚に納められていました。
遊戯の歴史研究書を1冊購入。この店では買われた本はすべてヒモでからげて渡していました。
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外国と比べて (ozekia)
2009-03-01 14:19:23
馬形進さん、こんにちは。

私の経験は、アメリカとヨーロッパの大都市の古本屋に限られますが、このコラムで述べた日本の古本屋のちょうど逆の姿が見られます。

「売った本をひもでからげる」という習慣はユニークですね。どういう意味があるのでしょう。
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