(1)老舗出版社も間違う
「常識とは何か?」とまず聞かれそうですが、細かい定義は追々明らかになっていくと思います。
私は若い頃、ジャーナリストにあこがれていた時期がありました。ジャーナリストのモットーは「現場に聞け」です。別のことばでいえば、「百聞は一見に如かず」です。人から聞いただけのこと、あるいは、書物に書いてあることを鵜呑みにせず、必ず現場に赴いて確かめなさい、という教えです。
この教えは応用範囲が広く、何か事を起こす時、何か書く時には、事前に確認作業を励行するように、というように解釈することもできます。製造業や流通業の社長さんが、インタビューを受けて、「努めて現場に足を運ぶようにしています。」と答える場面によく出会います。
私のコラムを例に引きますと、「チョウセンアサガオの不思議」というコラムを書いたことがあります。その中で、北隆館や平凡社の図鑑を引いて、チョウセンアサガオがチョウセンアサガオ属に属すると書きました。その後、尾崎 章氏の『エンジェルズ・トランペット』という園芸書を参照すると、チョウセンアサガオはブルグマンシア属とダツラ属に分かれ、私の日頃目にするチョウセンアサガオ(花は大きく、下向き)はブルグマンシア属のものだという記述がありました。つまり、北隆館や平凡社の図鑑は古い解釈をそのまま記述しているのでした。
他にも、チョウセンアサガオの開花時期が、北隆館や平凡社の図鑑では6月から9月としていますが、実際に私が一年間観察したところでは、「夏から初冬まで、開花時期は長い」ことがわかりました。
事典といえば、北隆館や平凡社は老舗中の老舗で、その記述を通常疑うことさえ考えられません。しかし、現実は、北隆館や平凡社でも、間違うことがあるのです。原因は明らかで、個々の事項の記述の確認に手抜かりがあったのでした。
ここでの教訓は、「権威を鵜呑みにするな」というものです。北隆館や平凡社でさえ、誤まることがあるのです。
(2)日本人は勤勉か?
わが国の明治時代以降の急速な近代化と戦後の高度成長を達成した要因の一つが官僚制で、もう一つが国民の勤勉さであった、というのが「定説」となっています。今回は、この「定説」に挑んでみたいと思います。
官僚は、高級官僚(キャリア、とも呼ばれます。)と一般の官吏(ノン・キャリア、とも呼ばれます。)の二層構造になっています。これは、どの国でも共通のようです。
高級官僚は朝10時前後に出勤し、夕方には役所内での仕事を終え、夜は第二の仕事に向かいます。それは、政府高官や国会議員へのブリーフィング、外国要人との会食、関係業界の面々からの接待を受けること、などです。
一方、ノン・キャリアの官吏は朝8時半に出勤して、ルーティン・ワークをこなし、夕方からは、高級官僚からの指示があるかもしれないので、役所で待機するのが通例です。結局、帰宅するのが夜遅くなることが多いのです。
このような働き方を指して「勤勉だ」といえるでしょうか?
同じようなことは民間企業にもあり、「だらだら残業」と「サービス残業」ということばに象徴される働き方が慢延しています。残業時間x時間単価が残業代になるわけですから、残業時間を長くしたいと労働者が考えるのは自然です。
それでは適わん、と経営者が考え、一定時間以上の残業を認めない方針を打ち出します。
しかし、てきぱきと作業することに慣れない労働者はどうしても時間オーバーしてしまい、一定時間以上の労働を残業として計上しないという習慣が労使の暗黙の合意でできあがります。これが、「サービス残業」です。
労働の密度を上げるよりも労働時間を長くするという労使慣行がある限り、日本人の勤勉さに疑問符をつけざるを得ません。
ある中央官庁の外郭団体(今でいう「独立行政法人」)に2年間ほど民間企業から出向したことがあります。その時の経験を綴ってみましょう。
最初に驚いたのが、ここには「遅刻」の観念がないことです。
朝、始業時の8時30分に出勤する人もいれば、9時30分に出勤する人もいます。
昼休みは12時から13時までですが、職員によっては、囲碁を打って13時30分に職場に復帰する人もいます。
打ち合わせとか来客との面会は、午前10時以降、午後2時以降に設定する理由はここにありました。
役員は、理事長、理事3名、監事のいずれも中央官庁からの天下りです。中には、ほかの外郭団体からの「わたり」で現職についている人もいます。
職員はプロパーが少しと民間企業からの出向者で占めています。
中に一人、異色の人材がいました。中央官庁の「キャリア」ですが、そこで不始末をしでかしたらしく、外郭団体に出されたということです。もう、中央官庁のキャリアに戻る道は閉ざされていて、聞くところによると、外郭団体から外郭団体へと渡り歩いて、現在は5つ目の外郭団体だということです。当然、有能で、彼がいれば、役員が何をしなくても済むようになっています。
官庁の予算編成の時期は、どこでもそうですが、外郭団体が最も緊張する時です。
幹部職員は役所からの資料請求や説明要求に備えて、待機します。それに合わせて、ノン・キャリアの一般職員も待機します。通常は待機していても何もすることがないので、囲碁を打ったり、将棋を指したり、冷蔵庫にしまってある酒を持ち出して、ちびちびやったりして、暇をつぶします。
やがて、時計が深夜を回って、禁足が解かれます。職員は、方面別にタクシーに分乗してご帰館です。
これが、「勤勉な日本人」の典型的労働のパターンです。
(3)スペイン人は「怠け者」か?
「日本人は勤勉だ」と思い込んでいる人は、同時に、「スペイン人は怠け者だ」という偏見を持っていることが多いようです。
スペイン人の「シエスタ(午睡)」の習慣が誤解を生む原因の一つです。
スペインでは、朝10時から午後2時まで働いて、その後、午後5時まで長い昼休みに入ります。その間に、食事をしたり、「シエスタ(午睡)」を楽しんだりして、午後5時に再び職場に戻り、夜8時まで働きます。そのため、夕食は午後10時前後に取ることになります。
このようなスペイン人の生活習慣を指して、「スペイン人は怠け者だ」と指弾する日本人がいますが、それは大きな誤りです。
南国スペインの昼間は非常に暑く、仕事の能率が上がりません。それで、暑い昼間は働くのを止めて、休息に充てているのです。これは、スペイン人の合理的精神の発露にほかなりません。
労働時間を見てみると、スペインでは1日の実働時間が7時間(4時間+3時間)で、わが国の労働者が朝9時から昼休みを挟んで夕方5時まで働くのに匹敵しています。決してスペイン人は「怠け者」などではありません。労働の能率を上げるために導入している「シエスタ(午睡)」の制度を正しく理解すべきです。
日本とスペインの祝日数は以下の通りです;
日本 :15日
スペイン:10日
この数字を見て、「日本人は勤勉」で、「スペイン人は怠け者」と言えるでしょうか?
スペインを旅行してみて、スペイン人が実に合理的精神に富んでいるかを実感しました。私の泊まった中級ホテルでは、どこでも、廊下の明かりは消されています。しかし、人が近づくと、明かりが灯ります。すなわち、人センサーを設置して、人がいる時だけ廊下を明るくする工夫をしています。
このシステムが、法律か条例で決まっているのか、ホテルが自主的に導入しているのか、判りませんが、どこのホテルでも一様に人センサー・システムを入れていました。それほど、節約の精神が浸透しています。
ひるがえって、わが国では、同じシステムをどこのホテルも導入しているとはとても言えないと思います。
(4)フランス人は「ケチ」か?
さて、話変わって、角川文庫に『ポケット・ジョーク』(*)というシリーズがありました。二十数冊出ました。他国の国民性を冗談に仕立てるジョークに満ちています。その中で、「フランス人とスコットランド人はケチだ。」というジョークが数多く採用されています。これには、思わず、にやっとしてしまいます。
確かにフランス人は「ケチ」かもしれません。
日本の成田空港からヨーロッパに向かう飛行便は、現在では、正午前後に成田を立ち、夕方にヨーロッパ各地に到着するのがほとんどです。ロシアに上空通過料を払うことにより、快適な昼間便で無理なくヨーロッパに行けるようになりました。
ところが、エール・フランスは一日数便ある成田-パリ便のうち、1便を夜間便にしています。成田発21時55分-パリ着翌朝4時15分。
仕事で付き合いのあったフランス人のエンジニアがこの夜間便の愛好者でした。
彼に聞いてみました:
「昼間便でパリに帰れば楽なのに、なぜ夜間便を利用するのですか?」
「昼間便を利用すると、一日仕事をしないで過ぎてしまう。それがもったいない。夜間便を利用すれば、パリに帰ってすぐに仕事に戻れる。」
この回答には、いささか、度肝を抜かれました。彼は、エンジニアとして、時間について、極端な「ケチ」なのでした。
「ケチ」といえばけなし言葉ですが、「節約心に富んでいる」といえば、ほめ言葉になります。
ひるがえって、日本人のなかで、これほど、時間の使い方に厳格な仕事人がいるでしょうか?
(5)国民性についての誤解
日本、スペイン、フランスの国民性を見てきました。
それぞれの国民の労働観が垣間見えて興味深いと思います。
日本人は、自らを「勤勉な国民」だと自己暗示にかけて、長時間の労働拘束を受け入れ、時には、それを楽しんでいるかのように振舞ってきました。その反面、能率よく働くという「労働の効率」にはあまり重きを置かない傾向がありました。それは今でもあると思います。
スペイン人は、またフランス人もおそらくそうですが、「労働の効率」を重視しています。だらだら働かない、働くときは集中して働く、という哲学がスペイン人とフランス人に共通しています。それが、「シエスタ(午睡)」の習慣や、夜間飛行便の利用に現われます。
かと言って、彼らは、「働き中毒」などではなく、空いた時間を享楽に充てる知恵にも長けています。その点を日本人が誤解して、「スペイン人とフランス人は遊んでばかりいる。」と言っているのです。
国民性を比較する時には、他国をけなしたり、他国の国民性を誇張したりしがちです。「スペイン人は『怠け者』だ。」というのはまったくの誤解に基づいて他国をけなす例で、「フランス人は『ケチ』だ。」というのは、フランス人の特性を面白おかしく笑い飛ばすための策謀です。
実際は、スペイン人もフランス人も極めて合理的な労働観を持つ国民で、それと同時に、労働時間以外の時間を楽しむのに長じた国民だというのが正確だと思います。この点を日本人は学習したらいいのではないでしょうか?
「常識を疑え」というタイトルに引き寄せれば、この場合は、「他国の国民性についての伝聞を疑え」となります。 (2010/4)
「常識とは何か?」とまず聞かれそうですが、細かい定義は追々明らかになっていくと思います。
私は若い頃、ジャーナリストにあこがれていた時期がありました。ジャーナリストのモットーは「現場に聞け」です。別のことばでいえば、「百聞は一見に如かず」です。人から聞いただけのこと、あるいは、書物に書いてあることを鵜呑みにせず、必ず現場に赴いて確かめなさい、という教えです。
この教えは応用範囲が広く、何か事を起こす時、何か書く時には、事前に確認作業を励行するように、というように解釈することもできます。製造業や流通業の社長さんが、インタビューを受けて、「努めて現場に足を運ぶようにしています。」と答える場面によく出会います。
私のコラムを例に引きますと、「チョウセンアサガオの不思議」というコラムを書いたことがあります。その中で、北隆館や平凡社の図鑑を引いて、チョウセンアサガオがチョウセンアサガオ属に属すると書きました。その後、尾崎 章氏の『エンジェルズ・トランペット』という園芸書を参照すると、チョウセンアサガオはブルグマンシア属とダツラ属に分かれ、私の日頃目にするチョウセンアサガオ(花は大きく、下向き)はブルグマンシア属のものだという記述がありました。つまり、北隆館や平凡社の図鑑は古い解釈をそのまま記述しているのでした。
他にも、チョウセンアサガオの開花時期が、北隆館や平凡社の図鑑では6月から9月としていますが、実際に私が一年間観察したところでは、「夏から初冬まで、開花時期は長い」ことがわかりました。
事典といえば、北隆館や平凡社は老舗中の老舗で、その記述を通常疑うことさえ考えられません。しかし、現実は、北隆館や平凡社でも、間違うことがあるのです。原因は明らかで、個々の事項の記述の確認に手抜かりがあったのでした。
ここでの教訓は、「権威を鵜呑みにするな」というものです。北隆館や平凡社でさえ、誤まることがあるのです。
(2)日本人は勤勉か?
わが国の明治時代以降の急速な近代化と戦後の高度成長を達成した要因の一つが官僚制で、もう一つが国民の勤勉さであった、というのが「定説」となっています。今回は、この「定説」に挑んでみたいと思います。
官僚は、高級官僚(キャリア、とも呼ばれます。)と一般の官吏(ノン・キャリア、とも呼ばれます。)の二層構造になっています。これは、どの国でも共通のようです。
高級官僚は朝10時前後に出勤し、夕方には役所内での仕事を終え、夜は第二の仕事に向かいます。それは、政府高官や国会議員へのブリーフィング、外国要人との会食、関係業界の面々からの接待を受けること、などです。
一方、ノン・キャリアの官吏は朝8時半に出勤して、ルーティン・ワークをこなし、夕方からは、高級官僚からの指示があるかもしれないので、役所で待機するのが通例です。結局、帰宅するのが夜遅くなることが多いのです。
このような働き方を指して「勤勉だ」といえるでしょうか?
同じようなことは民間企業にもあり、「だらだら残業」と「サービス残業」ということばに象徴される働き方が慢延しています。残業時間x時間単価が残業代になるわけですから、残業時間を長くしたいと労働者が考えるのは自然です。
それでは適わん、と経営者が考え、一定時間以上の残業を認めない方針を打ち出します。
しかし、てきぱきと作業することに慣れない労働者はどうしても時間オーバーしてしまい、一定時間以上の労働を残業として計上しないという習慣が労使の暗黙の合意でできあがります。これが、「サービス残業」です。
労働の密度を上げるよりも労働時間を長くするという労使慣行がある限り、日本人の勤勉さに疑問符をつけざるを得ません。
ある中央官庁の外郭団体(今でいう「独立行政法人」)に2年間ほど民間企業から出向したことがあります。その時の経験を綴ってみましょう。
最初に驚いたのが、ここには「遅刻」の観念がないことです。
朝、始業時の8時30分に出勤する人もいれば、9時30分に出勤する人もいます。
昼休みは12時から13時までですが、職員によっては、囲碁を打って13時30分に職場に復帰する人もいます。
打ち合わせとか来客との面会は、午前10時以降、午後2時以降に設定する理由はここにありました。
役員は、理事長、理事3名、監事のいずれも中央官庁からの天下りです。中には、ほかの外郭団体からの「わたり」で現職についている人もいます。
職員はプロパーが少しと民間企業からの出向者で占めています。
中に一人、異色の人材がいました。中央官庁の「キャリア」ですが、そこで不始末をしでかしたらしく、外郭団体に出されたということです。もう、中央官庁のキャリアに戻る道は閉ざされていて、聞くところによると、外郭団体から外郭団体へと渡り歩いて、現在は5つ目の外郭団体だということです。当然、有能で、彼がいれば、役員が何をしなくても済むようになっています。
官庁の予算編成の時期は、どこでもそうですが、外郭団体が最も緊張する時です。
幹部職員は役所からの資料請求や説明要求に備えて、待機します。それに合わせて、ノン・キャリアの一般職員も待機します。通常は待機していても何もすることがないので、囲碁を打ったり、将棋を指したり、冷蔵庫にしまってある酒を持ち出して、ちびちびやったりして、暇をつぶします。
やがて、時計が深夜を回って、禁足が解かれます。職員は、方面別にタクシーに分乗してご帰館です。
これが、「勤勉な日本人」の典型的労働のパターンです。
(3)スペイン人は「怠け者」か?
「日本人は勤勉だ」と思い込んでいる人は、同時に、「スペイン人は怠け者だ」という偏見を持っていることが多いようです。
スペイン人の「シエスタ(午睡)」の習慣が誤解を生む原因の一つです。
スペインでは、朝10時から午後2時まで働いて、その後、午後5時まで長い昼休みに入ります。その間に、食事をしたり、「シエスタ(午睡)」を楽しんだりして、午後5時に再び職場に戻り、夜8時まで働きます。そのため、夕食は午後10時前後に取ることになります。
このようなスペイン人の生活習慣を指して、「スペイン人は怠け者だ」と指弾する日本人がいますが、それは大きな誤りです。
南国スペインの昼間は非常に暑く、仕事の能率が上がりません。それで、暑い昼間は働くのを止めて、休息に充てているのです。これは、スペイン人の合理的精神の発露にほかなりません。
労働時間を見てみると、スペインでは1日の実働時間が7時間(4時間+3時間)で、わが国の労働者が朝9時から昼休みを挟んで夕方5時まで働くのに匹敵しています。決してスペイン人は「怠け者」などではありません。労働の能率を上げるために導入している「シエスタ(午睡)」の制度を正しく理解すべきです。
日本とスペインの祝日数は以下の通りです;
日本 :15日
スペイン:10日
この数字を見て、「日本人は勤勉」で、「スペイン人は怠け者」と言えるでしょうか?
スペインを旅行してみて、スペイン人が実に合理的精神に富んでいるかを実感しました。私の泊まった中級ホテルでは、どこでも、廊下の明かりは消されています。しかし、人が近づくと、明かりが灯ります。すなわち、人センサーを設置して、人がいる時だけ廊下を明るくする工夫をしています。
このシステムが、法律か条例で決まっているのか、ホテルが自主的に導入しているのか、判りませんが、どこのホテルでも一様に人センサー・システムを入れていました。それほど、節約の精神が浸透しています。
ひるがえって、わが国では、同じシステムをどこのホテルも導入しているとはとても言えないと思います。
(4)フランス人は「ケチ」か?
さて、話変わって、角川文庫に『ポケット・ジョーク』(*)というシリーズがありました。二十数冊出ました。他国の国民性を冗談に仕立てるジョークに満ちています。その中で、「フランス人とスコットランド人はケチだ。」というジョークが数多く採用されています。これには、思わず、にやっとしてしまいます。
確かにフランス人は「ケチ」かもしれません。
日本の成田空港からヨーロッパに向かう飛行便は、現在では、正午前後に成田を立ち、夕方にヨーロッパ各地に到着するのがほとんどです。ロシアに上空通過料を払うことにより、快適な昼間便で無理なくヨーロッパに行けるようになりました。
ところが、エール・フランスは一日数便ある成田-パリ便のうち、1便を夜間便にしています。成田発21時55分-パリ着翌朝4時15分。
仕事で付き合いのあったフランス人のエンジニアがこの夜間便の愛好者でした。
彼に聞いてみました:
「昼間便でパリに帰れば楽なのに、なぜ夜間便を利用するのですか?」
「昼間便を利用すると、一日仕事をしないで過ぎてしまう。それがもったいない。夜間便を利用すれば、パリに帰ってすぐに仕事に戻れる。」
この回答には、いささか、度肝を抜かれました。彼は、エンジニアとして、時間について、極端な「ケチ」なのでした。
「ケチ」といえばけなし言葉ですが、「節約心に富んでいる」といえば、ほめ言葉になります。
ひるがえって、日本人のなかで、これほど、時間の使い方に厳格な仕事人がいるでしょうか?
(5)国民性についての誤解
日本、スペイン、フランスの国民性を見てきました。
それぞれの国民の労働観が垣間見えて興味深いと思います。
日本人は、自らを「勤勉な国民」だと自己暗示にかけて、長時間の労働拘束を受け入れ、時には、それを楽しんでいるかのように振舞ってきました。その反面、能率よく働くという「労働の効率」にはあまり重きを置かない傾向がありました。それは今でもあると思います。
スペイン人は、またフランス人もおそらくそうですが、「労働の効率」を重視しています。だらだら働かない、働くときは集中して働く、という哲学がスペイン人とフランス人に共通しています。それが、「シエスタ(午睡)」の習慣や、夜間飛行便の利用に現われます。
かと言って、彼らは、「働き中毒」などではなく、空いた時間を享楽に充てる知恵にも長けています。その点を日本人が誤解して、「スペイン人とフランス人は遊んでばかりいる。」と言っているのです。
国民性を比較する時には、他国をけなしたり、他国の国民性を誇張したりしがちです。「スペイン人は『怠け者』だ。」というのはまったくの誤解に基づいて他国をけなす例で、「フランス人は『ケチ』だ。」というのは、フランス人の特性を面白おかしく笑い飛ばすための策謀です。
実際は、スペイン人もフランス人も極めて合理的な労働観を持つ国民で、それと同時に、労働時間以外の時間を楽しむのに長じた国民だというのが正確だと思います。この点を日本人は学習したらいいのではないでしょうか?
「常識を疑え」というタイトルに引き寄せれば、この場合は、「他国の国民性についての伝聞を疑え」となります。 (2010/4)