静聴雨読

歴史文化を読み解く

即席めんの世界・3

2010-08-30 07:20:31 | Weblog
(3)辛ラーメン

生麺では、ほかにもハイ・レベルの製品がありますが、省略します。

一方、即席めんの主流だった乾麺では、その種類が多い割りに、これといった製品は見当たりません。日清の「チキン・ラーメン」はロングセラーで有名ですが、味の単調さは否めません。

乾麺で私の注目するのは、「辛ラーメン」です。そう、韓国製のラーメンです。

このラーメンの特徴は、煮込むラーメンだというところです。煮込んでも、麺が崩れません。ともに煮込む野菜は、白菜だと煮込み負けしてしまいますので、キャベツが最適です。
スープは私にとっては辛すぎますので、生卵を落として味をマイルドにすると、辛うじて辛さを克服できます。

「辛ラーメン」は、スーパーで1袋120円程度で売っています。しかし、韓国物産専門店に行けば、5袋入りが395円で買えます。1袋79円の安さです。この安さで、この味の深さ。並みのラーメンではありません。  (2010/8)


即席めんの世界・2

2010-08-28 07:09:45 | Weblog

(2) つけ麺

ラーメンの「西山ラーメン」に匹敵するつけ麺を発見しました。東京・池袋の「大勝軒」のつけ麺です。

麺とスープと具材それぞれ別売りです。麺は一袋4人前で、洗練とはほど遠いデザインの袋に入っています。麺はもちろん生麺です。

「大勝軒」のつけ麺の最大の特徴はそのスープです。魚介類のダシが効いたもので、その香りは遠くからでも匂ってくるほどです。飽きの来ないスープは絶品といえます。

少し腹が空いたときは、1.5玉か2玉をゆでればいいので、食べる量の調節に重宝します。

値段は覚えていませんが、「西山ラーメン」よりかなりリーゾナブルだったと思います。 (2010/8)



即席めんの世界・1

2010-08-26 05:36:50 | Weblog
(1) ラーメン

近くのIY堂に、時々姿を現すのが、「西山ラーメン」です。北海道の製麺業者として有名な西山製麺が開発した生麺系即席めんで、一度食べてみて、その完成度に度肝を抜かれました。しょうゆ・味噌・塩の3種類がありますが、特に「金艶味噌」と称する味噌ラーメンが絶品です。製麺業者の製品ですから麺の完成度が高いのは納得がいきますが、それに加えて、味噌のスープがこくがあります。

この「西山ラーメン」は製造量が少ないのか、IY堂に常時置いてあるわけではありません。一年に数度、目にします。その都度買い求めますが、生麺ですので、買いだめが効きません。それが悩みの種です。

2食入りで、508円。まずまずの値段です。 (2010/8)


至福の八年間[母を送る]・3

2010-08-24 06:47:32 | 介護は楽しい
(3)介護老人保健施設

2006年3月から入院した母は、褥創の手術を受けて、幸い成功した。そして病院のソーシャル・ワーカーとの相談に入った。
「まもなく退院できますが、退院後のケアの体制はどうなさいますか? 施設を利用されますか?」

それまでは、自宅でホームヘルパーの支援を受けながら、家族で介護していたが、2006年初めから入院がちになるに従い、自宅での介護に限界を感じつつあった。母は、自分の足で踏ん張る力が弱くなり、ベッドからポータブル便座に移動させるにも、一人の介助ではおぼつかなくなってきた。

しかし、施設を利用することは考えていなかった。2005年秋に、母に「施設はどうか?」と聞いてみたことがあったが、「絶対いや。入ったら出られなくなる。」との答えが返ってきた。これは一理ある考えで、自宅で過ごせる間は、そのほうが母にとってよい。そう思い、施設の検討は怠っていた。

しかし、今や、状況は変わった。認知症の兆候も出てきた現在では、母の判断を仰ぐことが難しく、病院のソーシャル・ワーカーのアドバイスを聞いてみることにした。それによると、一般的には、退院後のケアの体制には5通りある、とのこと。

・自宅で介護する(介護保険・ケアマネージャーによるケア)→実際上、困難。

・介護老人保健施設に入所する(介護保険・施設によるケア)→ある程度健康面に不安がないことが条件。

・長期療養型病院に入院する(健康保険・病院によるケア)→十分なケアが受けられるか、不安。

・特別養護老人ホームに入所する(介護保険・施設によるケア)→待ちが多く、なかなか入所できない。

・介護付き老人ホーム(介護保険・ホームによるケア)→費用が高い。

それぞれ一長一短がある。それで、介護老人保健施設と長期療養型病院を集中的に見てまわり、いくつかの介護老人保健施設に申し込みをした。併せて、特別養護老人ホームにも申し込みをした。 

介護老人保健施設(「老健」)は介護保険制度に基づき運営されている施設で、介護の必要な(「要介護1」以上の)老人を受け入れて、リハビリテーションなどを実施して、介護の程度を重くしない(「要介護度」を低くする)ことを目指している。そのため、長期療養型病院(入院期間に制限がない)と異なり、入所期間は原則として3ヶ月に限られている。
国の指針が、長期療養型病院への入院患者を減らして医療費を削減することにあるので、今、介護老人保健施設は続々と建設されている。

ところが、実際に介護老人保健施設を見てまわってわかったのだが、そこでの入所許可条件が「ある程度健康面に不安がないこと」であり、これが大きなネックとなりそうだった。厳密にいえば、「ある程度健康面に不安がない」老人などいない。そこに矛盾が見られる。

介護老人保健施設では入所許可を出す前に、家族との面接、医者からの医療情報の取り寄せ、関係スタッフの合議などを行うのが通例のようだ。
母の場合は、座っていられる時間が確保できるか、と、褥創の手術後の加療が必要ないか、の2点が、入所許可の出る・出ないのポイントだった。申し込みをしたいくつかの介護老人保健施設では、判断が分かれた。入所許可が出ないところ、入所許可を出すところ、入所許可を与えるのに先立ってさらに本人の面接を行うところ、という具合に。

結局、本人の面接を行って入所許可が出たある施設にお世話になることにした。
新築の施設で、明るさ、清潔さ、通路などの広さなど、ハード面は申し分ない。ケアの充実度やスタッフのレベルなどのソフト面は、新設の施設なので、いまひとつわからなかった。

とにかく、入所施設を確保して安堵するとともに、病院に転所を申し入れた。2006年6月のことで、入院から3ヶ月経っていた。 

(4)特別養護老人ホーム

「お申込になっておられた特別養護老人ホーム(「特養」)に今年度中に(2007年3月末までに)入れる見込みになりましたが、希望されますか? 改めてお伺いいたします」と突然あるホームから連絡が入った。

確かに、役所に2006年度下期の特養への申込をしていたが、申込者が非常に多く、役所の係員からも、「今期(2006年度下期)中の入所はまず難しいと思います」と釘を刺されていたので、期待をしていず、申込をしていたことさえ忘れていたので、驚いた。

老健の入所期間の3ヶ月が切れるころから、他の老健への転所を考え、数ケ所の老健から入所許可をいただいていた。しかし、いずれも「空き待ち」で、その状態がずっと続いていた。それで、喜んで、特養に入れていただくことにした。

特養のスタッフに話を伺うと、入所期限に制限はなく、経費は老健に比べて月に数万円ほど安いことがわかった。申込が多いわけだ。これで、転所先を探す煩いがなくなった。

母に、「今度、引っ越すことになったよ」と告げると、「そう」とだけ返ってきた。転所のことは理解したようだが、それ以上、関心は示さない。母は家に帰りたいと思っているからだ。 (2010/8)

至福の八年間[母を送る]・2

2010-08-20 07:01:22 | 介護は楽しい
(2)もう一つの世界

2002年に脳梗塞を発症して、自活ができなくなってからも、母は至って元気だった。近くの特別養護老人ホームにデイサービスに出かけたり、家では、描き溜めた絵を眺めたりして、過ごしていた。生来の「毒舌」も健在だった。

大きな転機は2005年にやって来た。
秋になって、急に眠りに落ちたり、脱力状態に陥ったりするようになった。
母は「もう一つの世界」を知ったのではないか、と思った。
こちら側の世界がいわば「正気の世界」であれば、「もう一つの世界」とは、脱力状態や憑依状態・催眠状態など、こちら側の世界とは異なる世界のことだ。

ある日、病院の予約外来に行った。出かける前から脱力状態に陥り、タクシーに乗せるのが大変だった。病院での診察中もこの状態が続き、帰宅することになったが、そこで、車いすからすべり落ち、大きな声で泣きじゃくり始めた。通りがかった看護師が話しかけると、「そんなこと言ったって、私のこと、何にもわかってないじゃないの。」というようなことを口走った。

前半は典型的な「もう一つの世界」の現われだが、泣きじゃくる後半はこちら側の世界に戻っている証拠だ。

このように、毎日、時間を分けて、こちら側の世界と「もう一つの世界」とを行ったり来たりするのが日常になった。そのような状態が、介護老人保健施設に入所するまで続いた。
(2010/8)


至福の八年間[母を送る]・1

2010-08-18 07:39:43 | 介護は楽しい
母が亡くなった。享年95。大往生であった。

2002年7月中旬に、ホームヘルパーから電話をもらった。母が買い物の途中でろれつがおかしくなり、入院したとのこと。検査の結果、軽い脳梗塞を起こしていることがわかった。幸い重度には至らず、3週間で退院することができた。

以来、一人での生活が不可能になり、子どもが交代で泊りがけの世話をすることになった。
母は独立心が強く、他人の世話になるのを好まなかったが、さすがに脳梗塞を患った後では、生活の不安が高まっていたようだ。

(1)障害の経過

母の障害の進展の経過を以下にまとめる。

1996年 左ひざを痛める。
1998年 要介護1。ホームヘルパーを入れる。
2002年 脳梗塞発症。自活ができなくなる。

2004年 要介護2。杖と介護ベッドを使い始める。

2005年 要介護4。車いすとポータブル便座を使い始める。
     急に眠りに落ちたり、脱力状態に陥ることが起きる。
     室内で転倒して右肩を脱臼する。以後、しばしば、右手・右肩
     の痛みを訴える。右手を使わなくなる。

2006年 要介護5。入院を繰り返す。
    介護老人保健施設に入所。
2007年 特別養護老人ホームに入所。
(2010/8)


シュティフターを読む

2010-08-08 07:19:15 | 文学をめぐるエッセー
アーダルベルト・シュティフター(1805年-68年)のことが長らく気になっていた。

古本屋とはおかしな商売で、読んだことのない作家の作品を平気で扱うことがよくある。シュティフターもその一人で、彼の作品を求めていかれる客がいて、はて、なぜなのだろう、と思っていた。
シュティフターの生きた19世紀前半のドイツ語圏では、晩年期のゲーテがおり、また、ホフマンやノヴァーリスなどのロマン派が同時期に活躍したはずだ。

その中で、シュティフターの存在は必ずしも大きくない。
手元にある、『ドイツ・ロマン派集 世界文学大系77』(昭和38年、筑摩書房)に収録されている作家は、ヘルダーリン、クライスト、ジャン・パウル、ノヴァーリス、アイヒェンドルフ、ホフマン、シュライエルマッヘルで、シュティフターの名はない。
そう、シュティフターは、どのグループにも属さない孤高の作家だったらしい。

さて、シュティフターをわが国に積極的に紹介したのが、手塚富雄と藤村 宏の二人であった。
その二人の訳業が岩波文庫で読める。『水晶 他三篇』(1993年)だ。
シュティフターの作品で最も有名なのが、『石さまざま』である。オーストリアの山中の自然の描写と人情の交歓を淡々と綴った六篇の短編を集めたものだ。『水晶 他三篇』はうち四篇を収録したもので、手塚富雄・藤村 宏の達意の翻訳のせいもあって、すらすらと読める。

もう一冊、『森の小道・二人の姉妹』(山崎章甫訳、2003年、岩波文庫)は、初期の『習作集』から選んだ二篇で、こちらも、自然と人情の描写が淡彩で描かれている。そういえば、シュティフターは絵もよくしており、ロイスダールを彷彿とさせるような自然画を多く残している。

この2冊を読んでみて、やはり、シュティフターは19世紀前半の作家であり、現代に生き残るのは困難だという気がする。しかし、少数ながら、シュティフターを愛好するファンもいるということらしい。

現在では、上記2冊のほかに、『晩夏 全2巻』(藤村 宏訳、2004年、ちくま文庫)が容易に入手できる。これは、山崎章甫の紹介では、藤村 宏の翻訳が秀逸だということだ。是非、トライしてみたい。

ほかに、『シュティフター作品集 全4巻』が松籟社から出ていたが、求めるのは困難かもしれない。 (2010/8)


道州制論議・5

2010-08-04 06:34:09 | 社会斜め読み
定数200の国民議会の比例代表議員数を道州ごとに試算してみよう。

総理府統計局の平成21年10月1日の都道府県別人口推計を利用して、各道州の基本定員を割り出すと、以下の通り(ただし、新潟県は北日本州に、山梨県は関東州に、三重県は近畿州に入れている):

東京都:20.2
大阪都:13.8
北日本州:18
関東州:47
中日本州:29
近畿州:22
中国四国州:18
九州:21
北海道特別州:8.6
沖縄特別区:2.2

カテゴリー1の東京都と大阪都に0.8を掛けると、

東京都:16
大阪都:11

となる。

さらに、カテゴリー3の北海道特別州と沖縄特別区に2.0を掛けると、

北海道特別州:17
沖縄特別区:4

となる。

以上の操作の結果、各道州の定員は以下のようになる。

東京都:16
大阪都:11

北日本州:18
関東州:47
中日本州:29
近畿州:22
中国四国州:18
九州:21

北海道特別州:17
沖縄特別区:4

定員総数:203

この数字はなかなかバランスの取れた数字のようだ。  (2010/8)


道州制論議・4

2010-08-02 08:08:10 | 社会斜め読み
以前、国会を改組して、審議案件の性格により、国家議会(現行の衆議院と思ってもらっていい)と国民議会(現行の参議院と思ってもらっていい)で、審議を分担することを提案した。
そのうちの、国民議会は、環境・教育・福祉・インフラ・産業などを審議する議会で、定数200、任期4年、解散なし、完全比例代表制である、と定義した。

この国民議会の定数200の議席をすべて道州の代表に与えることができるではないか。
すなわち、道州ごとの比例代表選挙で議員を決めていく方法が採れる。その際にも、前述した、カテゴリーの考え方を踏襲する。

全国の人口を200で割って、各道州の基本定員を割り出す。
さらに、カテゴリーによって、各カテゴリーの重み付けをする。
例えば、
カテゴリー1(東京都・大阪都)は基本定員の0.7倍を定員とする。
カテゴリー2(北日本州・関東州・中日本州・近畿州・中国四国州・九州)は基本定員通り。
カテゴリー3(北海道特別州・沖縄特別区)は基本定員の2.2倍を定員とする。
とすれば、カテゴリー3の道州の意見を多く反映できるだろうし、毎回の選挙で定数是正をスムーズに実施できる。

いうまでもないことだが、完全比例代表制では、少数政党の意見もくみ上げることができるし、道州の民意を直接反映できる。  (2010/8)