静聴雨読

歴史文化を読み解く

小椋 佳・1

2008-12-11 07:23:41 | 音楽の慰め
わが国のヴォーカリストの中で、中島みゆき・井上陽水・小椋 佳の3名は、一度ライブで聴いてみたいと思う歌手である。並びは私の思い入れの深い順だ。以下、これら3名について書いてみたいと思う。

小椋 佳は東京大学を卒業して、銀行員を勤める傍ら、作詞家・作曲家として、フォーク系の歌を作り続けてきた。40歳代の終わりに、銀行を退職して、以降、大学へ再入学したり大学院に通ったりしながら、変わらず、フォーク系の歌を作り続けてきて現在に至っている。その経歴のユニークさが眼を引く。

私の契約しているケーブル・テレビに「銀河TV」というチャンネルがあり、そこで、小椋 佳の登場する昔のライブ・コンサートがたまたま写っていた。大学を卒業して10年ほど後と紹介されていたので、彼の30歳代前半のコンサートをNHKが収録したものだ。

前半・後半の2部構成で、前半はルパシカのようなシャツを着、後半はカラー・シャツにブレザーという服装だった。恥ずかしそうに、「こんな格好にしてみました。」という小椋は驚くほどナイーヴで、これで芸能界でやっていけるのだろうか、と思うほどだ。

前半の35分が経過したあたりで、突然「もう限界です。休憩にしてください。」といって、彼は舞台の袖に引っ込んでしまった。歌手ではない彼は声楽の訓練をしていないので、すぐに、声が嗄れてしまうらしいのだ。

休憩時間中の楽屋では、小椋 佳が仲間に向かって「もう、いいよ。もう、行きたくないよ。」とダダをこねているのが写る。そんな彼をディレクターがなだめすかして後半の舞台に向かわせようとしている。 (つづく。2008/12)

加藤周一が亡くなった

2008-12-08 07:46:15 | 歴史文化論の試み
風邪で更新を休んでいましたが、再開します。

加藤周一氏が亡くなった。89歳。

以前、「私のバックボーン」というコラムの中で、次のように述べた。
- - - - - - - - - -
加藤周一。西洋・東洋・日本の文化に普く通じている評論家です。「近代日本の文明史的位置」「芸術の精神史的考察」など、私の問題関心にフルに重なる仕事を残しています。ただし、私はまだ加藤周一を十分読みこなしていません。これから、『加藤周一著作集 全24巻』、平凡社、を精読したいと思います。
- - - - - - - - - -
加藤は広く歴史・文化・芸術・文学について深い教養を披露したが、その原点は、私の見るところ、ヨーロッパにおける滞在経験にあった。1951年から3年4ヶ月にわたるヨーロッパ滞在によって、日本文化を見る眼を養い、また、西洋と東洋とを比較する視座を獲得した。

このような「西洋経験」は加藤だけではなく、いわゆる「戦後知識人」に共通する知的経験だったことを思い起こす必要があろう。
伊藤 整(『ヨーロッパの旅とアメリカの生活』)、吉田秀和(『ヨーロッパの響き、ヨーロッパの姿』)、小澤征爾(スクーターを駆使してのヨーロッパ音楽祭への挑戦)、小田 実(『何でも見てやろう』)、中根千枝(『未開の顔・文明の顔』)などは、みな、ヨーロッパ文明にさらされ、それと格闘した精神の営みを記録した人たちだ。

加藤はこれら戦後知識人の中でもひときわ博識で、自らのヨーロッパ経験を日本の歴史・文化・芸術・文学の分析に活用して成果を残した点が際立っていた。

『加藤周一著作集 全24巻』を精読する作業はまだ進んでいないが、これから折りを見て、この作業を前に進めたいと思っている。

「BIBLOSの本棚」に、昨日から、加藤周一の『羊の歌』『続・羊の歌』『日本人の死生観 全2巻』(いずれも岩波新書)の注文が入っている。加藤を偲ぶ人が多いのだろう。  (2008/12)