静聴雨読

歴史文化を読み解く

湘南の四季

2010-11-21 05:56:43 | 近郊めぐり
(1)冬の鎌倉

12月の一日、鎌倉に足を伸ばした。勤め先の「先輩」と江ノ島で落ち合い、七里ガ浜を散策しようということになった。 

「先輩」とはしばらく不通だった連絡が最近復活し、年に一回、文字通り、おしゃべりをするために顔を合わせている。「先輩」はまったく先輩ぶらないという「特技」を持っていて、その特技を私は高く評価している。

以前、「老いたる覇権主義」というコラムで、現役から退いた後に、ボランティア活動の場や、趣味の場や、家族の世話の場で覇権を争うことの空しさを書いたが、「先輩」はこの覇権主義から見事に脱却して生活しておられる。それで、私も気兼ねなくお付き合い願っているわけだ。

江ノ島から江ノ電に乗り、七里ガ浜で降りる。考えてみれば、江ノ電に乗るのも初めての経験だ。目指すは「先輩」ご推奨の「珊瑚礁」というカレー屋。海岸通りに面して「珊瑚礁」はあった。驚いたことに、冬の最中だというのに、ウェイトレスが肩を露出させたムームーのような衣装で接客している。客層はといえば、若いカップルが多い。海に面したテラス席が評判のようだ。

「先輩」と私もテラス席を所望して、店自慢のカレーと生ビールを食した。
昼下がりの海は「ベタなぎ」で、水の小粒がきらきらと光を反射して美しい。
なぎのせいか、平日のせいか、サーファーは見かけなかった。沖に見えるのは、釣り船だけ。
ここから、「真白き富士の嶺」に歌われた、逗子開成高校の水難事故を想起する手がかりは何もない。

まことに陶然とするような冬の一日だった。

「先輩」に近況を伺うと、「月月・火水木・金金」の忙しさ、とのこと。仙人のように、忙しがらないという境地にはまだ達しておられないようだ。  (2008/12)

(2)湘南の夏

湘南には夏がよく似合う。えぼし岩、サザン・オールスターズ、そして、七夕まつり。いずれも、夏の風物詩として広く知られている。

7月のある日、平塚と茅ヶ崎に遊んだ。
平塚では、「七夕まつり」の最中だった。ここの「七夕まつり」は、近年、7月の最初の木曜日から日曜日までの4日間と固定されるようになった。今年は、7月2日(木)から5日(日)までで、7月7日ははずれてしまう。やや興趣が殺がれるが、観光客に分かりやすくする配慮だから、我慢するよりほかない。

平日の午後なのに、平塚駅から「七夕まつり」の会場まで、ずいぶん人が出ている。沿道には、屋台がびっしり出ていて、にぎわっている。500軒も出ているのではないだろうか。トルコ料理のカバブの屋台を3軒も見かけた。民謡流しなどを見て、生ビールを味わって、会場を出た。夜はさらにすごいにぎわいになるのだろう。

夕方、茅ヶ崎に移動した。ケーブル・テレビ局の主催する室内楽コンサートを聴くためだ。「初冬の鎌倉」でご一緒した「先輩」に誘っていただいたのだ。NHK交響楽団の弦楽器奏者とピアニスト・高橋 希が共演する。

プログラムの前半は小品で、個々の楽器の特徴が理解できるような曲が選ばれていた。また、「少年時代」(井上陽水)や「TSUNAMI」(サザン・オールスターズ)などを器楽用にアレンジしたものも披露された。

この日の弦楽器の編成は少し特殊だった。

普通、弦楽四重奏団といえば、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1で構成されるものだが、この日の構成は、ヴァイオリン1、ヴィオラ1、チェロ1に加えて、コントラバスが入っている。その訳は、後半の曲目にあった。
そう、後半は、シューベルト『ピアノ五重奏曲 イ長調 ます』が演奏されることになっている。

ピアノ五重奏曲といえば、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1にピアノを加えた5人で演奏されるのが普通だ。モーツァルトのピアノ五重奏曲もブラームスのそれも皆同じだ。その中で、シューベルト『ピアノ五重奏曲 イ長調 ます』だけは、コントラバスを加えて演奏するよう指定されている。重低音を強化したいという作曲者の意向からだろうが、その成果やいかに。

演奏はなかなか良かった。演奏者の若さが出ないかと危惧していたのだが、それも杞憂に終わった。
第三楽章のスケルツィオに入る前の緩如楽章で、ピアノと弦楽器のアンサンブルが見事だった。
シューベルトがコントラバスを加えた理由までは理解できなかったが。

コンサートを終えて、「先輩」と駅前のスターバックスで雑談した。話は、「湘南」に及び、私から、「平塚や茅ヶ崎が中心となって、政令指定都市を目指したらいかがでしょう。名前は『湘南市』」と持ちかけると、「先輩」は、「以前からそういう話は出ているのですよ。ところが、鎌倉市と藤沢市が話に乗ってこないのですよ。」と話される。

なるほど、鎌倉市はすでにアイデンティティを確立しているし、藤沢市も自身が肥大化しているので、他の市との合併に食指を動かさないのだろう。「それならば、プライドの高い鎌倉市と藤沢市は措いておいて、平塚市と茅ヶ崎市のほかに、東隣の辻堂市や西隣の大磯町を糾合して、新市を目指すのはどうでしょう。名前も、『湘南海岸市』とすれば、ブランド力の高い政令指定都市となるのではないでしょうか。」・・・夏の夜の無駄話をして、帰途についた。  (2009/7)


(3)早春の北鎌倉

3月のある日、北鎌倉に出かけた。冷たい雨の降る一日だった。鎌倉古陶美術館は、円覚寺の並びにあり、古民家を活用した小さな美術館だ。大きな太い梁の見える建物は、なかなか趣きがある。小さな中庭には、梅の古木が二本、それぞれ紅色と桃色の花を咲かせていて、それが雨にぬれている。一幅の絵のようだ。

館内に展示されているのは、時節柄なのか、「雛人形」だ。様々な雛人形に出会ったが、思った以上に、雄雛が多いのが意外だった。

一隅に、「八十四才 乾山」の揮毫のある日本画が置いてあった。冬の椿か牡丹を画面にあしらったものだが、その構図がユニークだった。右上の二輪の花のうち一輪は、一部が枠からはみでて欠けているのだ。左の上辺、右の二輪よりやや下辺にさらに二輪の花が描かれていて、中辺から下辺にかけて、大きな空間が広がっている。日本画で時々みかける構図だ。

ところで、「乾山」とは? 
有名な尾形光琳の弟の尾形乾山(けんざん)だろうか? だが、乾山は陶芸家で、絵も描いたのだろうか? また、乾山の生きたのは寛文3年(1663年) - 寛保3年(1743年)で、80歳で亡くなっている。84歳までは生きなかったはずだ。とすると、ここでいう「乾山」とは誰のことだろう? 

さて、早春の「鎌倉古陶美術館」を訪れたのは、日本女子プロ将棋協会(LPSA)の主催する棋戦「NTTル・パルク杯第2期天河戦3番勝負第2局」を観戦するためだった。中井広恵天河に石橋幸緒女流四段が挑戦していて、第1局は石橋が制している。この第2局に勝てば、タイトル交代となる。

午後1時から、指導対局のファン・サービスが始まった。私は、中倉宏美女流二段に「飛車落ち」で教わった。「少し悪い手」は何手も指したが、私にしては珍しく、「ものすごい悪手」を指さなくて済んだ。この一時間は至福の時間だった。

午後3時から、富岡英作八段と中倉宏美女流二段による解説会が始まった。
始まった当初は中井が優勢で、その後、石橋が盛り返して、どちらが優勢かわからない情勢が続き、最後は石橋が接戦をものにして、天河位を獲得した。大変見ごたえのある対局だった。

途中、「次の一手」をあてるクイズが出題され、幸運にもそれに当たり、湯のみをいただいた。まったく、ついていた一日だった。

対局終了後、二人の対局者が解説会場まで足を運んで、感想戦を披露してくれた。興奮醒めやらぬ風情の石橋新天河の歯に衣着せぬ感想が印象的だった。

午後6時、お開きとなり、二人の対局者とLPSAの関係者が一列となって、参加者にお礼の挨拶をしている。清々しい光景だった。このようなことができるのは、ほかに、鈴木環那女流初段ぐらいだろう。

中井女流六段と石橋女流四段(新天河)はLPSAを背負う二枚看板だ。今後も各種棋戦で健闘する姿を見せてほしい。 (2010/3)

(4)横須賀紀行

日曜日の午後、神奈川県の「よこすか芸術劇場」に赴き、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いた。野島 稔とその仲間のピアニストたちが、6曲のピアノ・ソナタを一気に演奏する、一種のガラ・コンサートだ。

「よこすか芸術劇場」は京浜急行の汐入駅前にある。開館15年だそうだが、今回初めて訪れた。
劇場はヨーロッパのオペラ・ハウスもどきで、馬蹄形のバルコニーが5階まである立派なものだ。

私は当日券を求めたのだが、予期していた通り、5階のバルコニー席しかなかった。そこから舞台を見下ろすと、広い舞台にピアノが一台とピアニストだけ。ピアニストは文字通り「芥子粒」のようにしか見えない。ピアニストの表情を追うのはあきらめて、音色だけを楽しむことにした。

ところが、この音色が、高い天井によく響き、私のところにも心地よく返ってくる。思わぬ拾い物だ。

曲目とピアニストを列挙すると:

第8番 ハ短調op.13 「悲愴」 神谷郁代
第14番 嬰ハ短調op.27-2 「月光」 田部京子
第17番 ニ短調op.31-2 「テンペスト」 迫 昭嘉
第21番 ハ長調op.53 「ワルトシュタイン」 野平一郎
第23番 ヘ短調op.57 「熱情」 迫 昭嘉
第32番 ハ短調op.111 野島 稔

曲目は、ベートーヴェンの初期・中期・後期を代表する名曲がずらっと並び、ピアニストたちも現代日本を代表する人たちが並んでいる。何とも、贅沢な演奏会だ。

初期に属する「悲愴」と「月光」はハイドン・モーツァルトの流れを汲む典雅な古典派の色合いの濃いものだが、同じく初期の「テンペスト」になると、均整を重んじる気風はすでにない。

中期の「ワルトシュタイン」と「熱情」は、音量からいってもピアニズムからいってもピアノの限界を追い求めるように、劇的な高まりを演出している。

後期の第32番では、華やかなピアニズムから、一転、一つ一つの音を確かめるような思索的なフレーズが続く。後期の弦楽四重奏曲でも同じことがいえるが、構築的で沈潜的な楽曲は、中期の演劇的な楽曲とかけ離れていて、正直いって、難しすぎて理解を越える。

この日の6曲によって、ベートーヴェンの初期から後期までの変遷が素人なりにつかめたように思う。

演奏はみな熱演で、誰が良く、誰が悪い、というのは憚られる。好みだけでいえば、田部京子の熱情的な「月光」と野平一郎の目まぐるしい音の奔流が見られた「ワルトシュタイン」が特に印象に残った。

野島 稔は「よこすかピアノ・コンクール」を主宰していて、この日のピアニストたちはその審査委員であるという。豪華なメンバーによるベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴けて、幸せな気分になった。

また、来年のこの催しに注目したい。 

横須賀はアメリカ海軍と日本の海上自衛隊の基地の町であり、なんとなく近寄りがたい。JRの横須賀駅前の横須賀港には、巡洋艦や駆逐艦などが停泊し、さらには、どこかに、原子力潜水艦も潜んでいるのかと思うと、ぞっとする。そのように近寄りがたい町に、立派な芸術劇場ができて、クラシック音楽やバレエを中心に上演しているのは、意外な気がする。

汐入駅から横須賀中央駅まで、「ドブ板通り」(「よこすか芸術劇場」のホームページには「ドブ坂通り」と記載されている。)を歩いてみる。日曜日の昼間なので、通りは死んだように静まっている。
レストランに入って、名物の「よこすか海軍カレー」(850円)を試してみた。感想は、ない。私としては、「松屋」のオリジナル・カレー(350円)の方が口に合う。

教会の前には、日曜日の礼拝を終えた黒人の大人や子供が群れている。黒人ばかりだ。黒人専用の教会なのだろうか? そういえば、「ドブ板通り」で油を売っているアメリカ人も黒人ばかりだった。アメリカ海軍基地は黒人の割合が多いのではないか、と思わせる。

横須賀の町は地元の祭礼でにぎわっていた。はっぴに白足袋の男女が大勢繰り出している。あいにくの雨の中、彼らの意気は盛んだ。

海軍の町、豪華な芸術劇場、ひっそりと息づく地元民。3つの要素が混在する不思議な町-それが横須賀なのだろう。

(「よこすかピアノ・コンクール」は、地元出身の野島 稔の音頭で2006年に創設されたコンクールで、隔年に開催されている。次回は2010年春の予定。)  (2009/5)