(1)名前をめぐって
首都圏・関西圏・福岡県の人には馴染みかもしれないが、URとは「都市再生機構」という独立行政法人だ。上記以外の地域の人にとっては縁のうすい機構かもしれない。賃貸住宅の供給を主たる事業としている。URは Urban Renaissance の略だ。
昔の「住宅公団」は広く知られた名前だった。戦後の住宅不足を補うために国策として住宅を大量に供給する使命を担って大いに名を馳せた。首都圏では、多摩ニュータウン・高島平団地・千葉ニュータウンなどの大規模な集合住宅のコミュニティーが形成されたのは、ちょうど高度成長時代の最中のことだった。「団地」のことばが一気にポピュラーになった。
その後、「住宅公団」は「住宅・都市整備公団」→「都市基盤整備機構」→「都市再生機構」とめまぐるしく名前を変え、現在にいたっている。名称変更の理由は定かでないが、主管である国土交通省の方針に沿ったものであることは間違いない。
ところが、都市再生機構の面々はこの組織名を嫌っているらしいのだ。
賃貸借契約書には、さすがに、「独立行政法人 都市再生機構」の名称が使われている。しかし、この正式名称はそこにしか現われない。
例えば、URの発行している入居者向けの「住まいのしおり」の表紙には、「UR賃貸住宅」・「UR都市機構」の名称とともにURのロゴが印刷されている。どこにも「再生」の二字は見えない。また、「はじめに」のページを開けると、「この度は、UR賃貸住宅にご入居いただき、誠にありがとうございます。UR都市機構」とあり、ここでも「再生」の二字を無視する徹底ぶりだ。
「再生」を嫌う一方、「UR」を重用する。これが都市再生機構の基本スタンスのようだ。これが国土交通省の指導によるものとは考えにくい。
むしろ、JR→旧日本国有鉄道、NTT→旧日本電信電話公社などと同じく、UR→旧住宅公団を想起させるための、都市再生機構のイメージ戦略のようにみえる。
(2)申込み
さて、都市再生機構(UR)の賃貸住宅に入居するには、2回、その事務所に赴かなければならない。申込み時と契約時だ。
URは募集・契約業務を担当する事務所を、首都圏でいえば、新宿・大宮・横浜などに構えている。そのどれかに入居希望者は赴いて、申込みと契約の手続きをする。私は近くの横浜の事務所を利用した。
入ると、ずらっと、40歳代か50歳代かの窓口係員が並んで出迎える。この人たち、給料は高いし、退職金の負担があってURは大変だろうな、と余計な感想を持つ。
申込み時に、契約書の原案と「修理細目通知書」を渡され、次回の契約時までに目を通すように言われた。また、次回の契約までに、前払い金を銀行に納めて、その領収証を持参するように言われた。
(3)賃貸借契約書・第12条
前払い金を銀行に納め、その領収証を持参して、横浜の事務所を再び訪れた。契約するためだ。
事前に契約書の原案と「修理細目通知書」をチェックしたところ、不明な点があって、それを明らかにしたいと思った。
まず、契約書第12条(賃借人の修理義務)にはこうある:
「賃貸住宅について、次の各号に掲げるものの修理又は取替えは、賃借人の負担において賃借人が行うものとする。
一 畳
二 障子、ふすま等外回り建具以外の建具及び外回り建具のガラス
三 その他別に機構が定める小修理に属するもの
2 機構は、前項各号に掲げるものの細目については、あらかじめ、賃借人に通知するものとする。
3 (略)」
これだけの文言では、賃借人の修理義務とは何か、をにわかに判定しがたい。
ところが、「修理細目通知書」がこれにリンクしているらしいことがわかった。
「賃借人各位 独立行政法人都市再生機構」と題する「修理細目通知書」は、契約書と同じA4判の紙の表裏にびっしりと「修理細目」が記載されている。その項目を掲げれば、「畳」「建具」「壁」「床」「浴槽等」「放熱器・エアコン」「備品その他」「給排水設備」「電気設備」「換気設備」「ガス設備」「換気乾燥設備」に渡っており、それぞれの項目ごとに修理の細目が書き込まれている。
初め、この「修理細目通知書」は、機構が賃貸するにあたり、これらの修理を実施しました、という通知書かと思った。ところが違うらしい。賃借人が賃借期間中にこれらの修理の細目を実施する必要を認めたら、賃借人の費用負担で修理を実施しなければならない、ということらしい。
例えば、10年も住んでいたら、「給排水設備」のうち、「各種給水・給湯栓」がへたってくることも当然起こってくる。その修理も賃借人負担だという。これには驚いた。
「民間の賃貸契約とずいぶん違いますね。」と聞くと、係員は「はい、違います。」と涼しい顔して答える。
「それで、私の借りる部屋は、この多くある細目のうち、どれとどれを気にする必要があるのでしょう?」「そういう(情報提供)サービスは行っておりません。」これにも驚いた。自分の部屋に、どの設備があるのか、ないのかは自分で判断しなさい、ということらしい。結局、「修理細目通知書」に関して、係員の説明を一切受けられなかった。
(4)賃貸借契約書・第13条
契約書第13条(原状回復義務)にはこうある:
「賃借人は、賃借人の責に帰すべき理由により、賃貸住宅を汚損し、破損し、若しくは滅失したとき又は機構に無断で賃貸住宅の原状を変更したときは、第12条の規定にかかわらず、直ちに、これを原状に回復しなければならない。」
例えば、入居後、エアコンを取り付けたならば、退去時に、それを撤去して部屋を明け渡さなければならない、ということだ。その限りでは理解できる条項だ。
「しかし、個々の事案で、本当に賃借人の責に帰すべき理由にあてはまるかどうかは、判断が難しいのではないですか?」
「いいえ、大丈夫です。ここにある『原状回復等のご案内』というパンフレットをご覧いただければ、お判りになると思います。」
壁(クロス張)では、「傷・破れ」「クレヨン、マジック等による落書き」「タバコのヤニによる甚だしい黄ばみ」は入居者負担で、「テレビの放熱跡(電気焼け)」「ポスター跡(日焼け)」は機構負担となっている。
「それでは、このパンフレットを契約書の付属文書にしてください。」
「それは、できません。」
「???」
「パンフレットに書いてあるのは、あくまで『例示』であって、実際は、機構の査定員が個々に査定いたします。」
「査定員は何を基準に査定するのですか?」
「・・・」
(5)押し問答
ここから、延々と押し問答が始まった。
こちらの言い分は、賃貸借契約書だけ読んでも、抽象的であいまいなので、「修理細目通知書」と「原状回復等のご案内」を契約書の付属文書としてほしい、というものだ。
応対者が窓口の係員から「責任者」と称する人に代わった。名刺を求めた。
「所属 UR都市機構 募集業務受託者 財団法人住宅管理協会東京支部
受託業務従事場所 UR都市機構 募集販売本部 UR横浜営業センター
受託責任者 xxxx」
とあって、下欄に所在地・電話番号・FAX番号が書いてある。
ずいぶんいろいろ書いてある名刺だが、要するに、都市再生機構が募集販売業務(の一部)を外部委託しており、その委託先の責任者というわけだろう。「上は?」と聞いたら、「新宿の・・・」と言っていたから、「UR都市機構 募集販売本部」のことだろう。
なぜ、押し問答になったか?
1.「修理細目通知書」に重要な意味があるのだが、その細目の説明をしようとしない。
2.「修理細目通知書」と「原状回復等のご案内」を契約書の付属文書とする要求については、窓口の一存ではできない、という。「それはわかります。上の方と協議してください。」「でも、すぐには無理ですよ。」「しかるべき速さで協議してください。」「そうすると、本日の契約はできないことになります。」「それは困ります。すでに、前払い金を払ったことでもありますし。」「なんとか、現状のままで、ご契約いただけないでしょうか?」「上の方と協議するという確約をください。」「それは、もう、協議しますよ。」「その言葉ぶりでは、信用できません。この名刺の裏に、『賃借人からあった契約書変更についての申し入れを、誠意をもって上に伝え、その結果を速やかにご回答します。』と書いてください。」「弱ったな。そんなこと、できないですよ。」「それでは、私は、『修理細目通知書』に捺印できません。」「弱ったな。そんなこといわれる賃借人は初めてですよ。それでは、『電話させていただきます。』と書きましょう。」「わかりました。それでは、『修理細目通知書』に捺印します。よろしくお願いいたします。」
数日後、この責任者から電話があった。「お客様のご要望を上に伝えて検討してもらったのですが、お客様のご要望にお応えするのは難しい、とのことでした。誠に、申し訳ございません。」こういう回答が来るのはわかっていた。これ以上、窓口の責任者を責めるつもりもない。
ところで、最初に応対した係員も次の責任者も、「宅地建物取引主任者証」を提示しなかったが、これは法律違反ではないか?
(6)その存在価値
都市再生機構の前身の住宅公団は、戦後の住宅不足を補うために国策として住宅を大量に供給する使命を担って、それなりに意味があった。今はどうであろうか?
2LDK(65㎡)の住宅の家賃が月額134,100円。
基準月収額が330,000円または基準貯蓄額が13,020,000円。
これがUR賃貸住宅の入居条件だ。明らかに、低所得層は相手にしていないことがわかる。
発足当時の住宅公団は低所得層でも手が届くところに存在価値があったが、今やその存在価値は変質している。中産階級しか相手にしていないのだ。それに対して、多額の国の補助金が投入されている。これはおかしいではないか? ということで、「事業仕分け」に取り上げられた。「民間でできることは民間に」という理念からすれば、中産階級相手の住宅供給は民間の最も得意とするところだ。なぜ、あえてこれに国が関与しなくてはいけないのか? 国(国土交通省)と都市再生機構がどう答え、「事業仕分け」の結果がどうなったかは知らない。
少なくとも、私の経験からいえば、窓口係員の重要事項の説明能力不足や横柄な態度など、同種の民間不動産業の足元にも及ばないことは明らかだ。窓口業務の委託先への丸投げや契約相手との真摯な交渉の拒絶などは、国の出先機関(独立行政法人)の最も悪いところを忠実に踏襲している感がする。ここに戦後官僚制の悪しき残渣が露呈しているという思いを抱いた。 (2011/6-7)