静聴雨読

歴史文化を読み解く

「公共禁煙」再説

2008-09-01 00:04:54 | 社会斜め読み
(1)新橋にて

東京・新橋はサラリーマンの街です。
昼休み時には、食事を終えた彼らが、爪楊枝をせせりながら道路を闊歩しています。中に、爪楊枝よりも太いものをくわえているものがいます。煙草をくゆらせているのです。そのような喫煙者とすれ違う時には、いやおうなく、煙を吸わされます。東京都港区は「路上禁煙」の条例を制定していないのでしょうか?

新橋5丁目に「塩竈神社」があります。おそらく、宮城県塩釜市の「塩竈神社」の流れを汲む神社でしょう。安産祈願に訪れる女性が多いそうです。

この神社の前が公園になっていて、昼休み時には、多くの人が憩っています。

ある日の午後1時過ぎに、この公園に通りかかったところ、22人が憩っていて、そのうち、4人が煙草を吸っていました。
日本人の喫煙人口は50%弱ですから、この公園の喫煙者は平均より少ないことになります。中には、喫煙者だが喫煙を抑えている人がいるのでしょう。「公共禁煙を励行する喫煙者」は見上げた存在だといえます。

別の日の12時45分に、またこの公園に通りかかりました。35人が憩っていて、そのうち、14人が煙草を吸っていました。ここでは、この公園の喫煙者が40%だったということより、14人も煙草を吸っていたら、非喫煙者の居場所がない、ということが問題でしょう。最早、公園の公共的機能は失われているといって言い過ぎではありません。

路上や公園で「公共禁煙」を励行する喫煙者はまだ少ないというのが現実です。 

(2)JTの欺瞞

新橋駅前の「SL広場」の一角に、喫煙スペースがあります。
冒頭の写真は、そこに掲げられている標識です。おそらく、日本たばこ産業(JT)が寄贈したのでしょう。この標識の前に、写真で見るような大きな吸殻入れが6台ほど設置されていて、その前にたくさんの喫煙者が群れています。塩竈神社の前の公園の比ではありません。

さて、標識に戻ります。
「好きな町だから マナーです!」 なんだか、わかったようでわからない標語です。
「好きな町だから 公共喫煙は慎みましょう。」なら理解できますが、この標語はそういっているのではなさそうです。
「好きな町だから 煙草は吸殻入れのあるところで吸いましょう。」 こういっているのでしょう。

近くのNTTドコモのお店の前に、吸殻入れが置いてあり、それに次のようなJT名のプレートがついています。
「たばこを持つ手は、子供の顔の高さだった。」 これには驚き入りました。
だから、よく気をつけましょう、とでもいいたいのでしょうか?
それほど危険なので、公共喫煙は絶対に慎みましょう、というべきでしょう。
これに続くことばが、「あなたが気づけば マナーは変わる。」 開いた口が塞がりません。

以上、2つのケースからわかることは、JTが公共禁煙に極めて不熱心だということ、さらにいえば、公共喫煙を容認していることです。
そういえば、テレビ・コマーシャルで、携帯吸殻入れの携行を呼びかけているのもJTでした。「それがマナーです。マナーに気付けば、社会は変わる。」という内容でした。

もはや、JTの欺瞞は明らかです。

マナーを説くのであれば、「非喫煙者の受動喫煙の害を失くすため、不特定多数の集まる公共空間では喫煙を慎みましょう。」というべきでしょう。JTはそこから逃げて、「煙草を持つ高さ」とか、「携帯吸殻入れの携行」とかに焦点を矮小化しています。そのようなJTにマナーを説かれたくはありません。  

(3)神奈川県の条例制定の動き

ここ5年ほど、「公共禁煙」をめぐる状況は停滞しています。

ファミリー・レストランは、「緩い分煙」のまま。
食堂は、「昼食時禁煙」。これは、席の回転率を上げたいという切実な要請から来ています。夜になれば、吸いたい放題。
居酒屋は、良くて「分煙」、ひどいところは、吸いたい放題。

喫煙者の「マナー」はすでに述べた通り。
JTの欺瞞性も変わらず、むしろ高まっているかもしれません。

このような状況では、行政の側から、対策を講じざるを得ません。

神奈川県が「公共禁煙」の条例の制定を目指しているそうです(産経新聞、2008年4月16日)。
「公共的施設における禁煙条例(仮称)」といいます。

「公共的施設」には、病院・学校・役所などの「伝統的」公共施設に加えて、喫茶店・居酒屋・パチンコ店なども含めることを検討しているとのこと。
また、駅や野球スタジアムなどの野外施設も「公共的施設」に含める、とのこと。

つまり、不特定多数の人々が集まる施設を「公共的施設」とするという考え方を打ち出しています。この考え方が条例に実現したら、わが国では画期的なことです。

これから、条例制定に向けて種々の意見聴取や検討が行われるでしょうが、飲食店経営者や喫煙派からの骨抜きや例外設定のロビイング活動が活発化するでしょう。それらの抵抗を潜り抜けて、どのような「公共禁煙条例」が陽の目を見るか、注目に値します。

初め、私はこの条例が横浜市で計画しているものだと思っていましたが、神奈川県が計画しているとのことです。ということは、大和市も相模原市も、この条例の適用区域に入っています。

もう一つ、国のレベルでは、「たばこ税」の増税で、喫煙人口を無理やり減らそうという案が浮上しています。1箱1000円だそうです。要注目です。 

(4)外国では

アメリカのニューヨーク州では、かなり前から、レストランでの禁煙が実施されています。「分煙」ではなく「完全禁煙」です。

観光地では、アメリカのハワイ州や香港で「公共禁煙」が実施されるようになりました。

最近、最も驚いたのが、今年初めから、フランスで「公共禁煙」が施行されたことです。
フランスは以前から喫煙に寛容な国というイメージが定着していました。
私はフランス映画のファンですが、例えば、映画『望郷(ペペ・ル・モコ)』でジャン・ギャバンが煙草をくゆらすシーンなどに遭遇すると、なんとなく違和感を覚えたものです。

15年か20年ほど前、パリに行くのに、エール・フランス機を利用したことがあります。事前に禁煙席を予約していたのですが、当日のチェック・イン・カウンターで、「禁煙席は満席です。」といって、強制的に喫煙席を割り当てられたことがありました。当時は、禁煙席と喫煙席の境はプレートの目印だけでしたが、その境界プレートを変更して禁煙席を広げる配慮さえしないというエール・フランスの対応に怒りがこみ上げたものです。

それほど喫煙に寛容な国が、突然、「公共禁煙」に踏み切ったので驚いたわけです。その真意はわかりません。
そして、違反した場合の罰則が、覚えていませんが、かなり高額な罰金だということがフランスの特徴です。いかにも、強権主義国らしい法律の制定ぶりと施行ぶりです。いずれ、10年後か15年後に中国がフランスを見習うでしょう。

このような世界の趨勢のなかで、わが国の「公共禁煙」がどのように成熟していくか、世界に注視されているといって過言ではありません。 

(5)究極の姿は「断煙」

神奈川県が検討中の「公共禁煙条例」に関して、煙草メーカーのフィリップ・モリスが「意見書」を
神奈川県に提出したそうです。

その骨子は、レストランなどが、主体的に、自分の店を、「喫煙可」か「分煙」か「禁煙」か、宣言することを認めてほしい、というものです。これは、一つの考え方で、一考の余地があります。ただ、慎重に考えなければならないことも事実です。

まず、「分煙」を認めることには大いに疑問があります。「分煙」とは、喫煙スペースと禁煙スペースを「緩やかに」分かっているにすぎず、非喫煙者は受動喫煙の被害から免れることができません。

喫煙者を優遇して、「喫煙可」の店にすることは、喫煙者と非喫煙者の混在を認めることになりますので、望ましくありません。むしろ、次回述べるように、「喫煙者専用施設」として公認するほうが、喫煙者にとっても非喫煙者にとっても幸いだと思います。

こう考えてくると、「公共禁煙」を実現するためには、喫煙者と非喫煙者とを完全に分離する「断煙」の考え方を普及していくしかないことがわかります。

フィリップ・モリスの「意見書」には、「断煙」を推進する姿勢はまったく見出せません。  

(6)近未来のユートピア

このコラムの最初の回で、「日本の喫煙人口が50%弱」と記したのは誤りでした。
「スポーツ・ニッポン」紙(2008年6月24日)によると、喫煙者数が約2600万人だそうです。すると、日本の人口が約1億3000万人ですから、「日本の喫煙人口は約20%」が正解です。

ずいぶん、喫煙者が減っています。こうなると、行政から見ると、「少数者保護」の施策が必要になるのでは、という冗談が出てきます。

数年前、この状況を見越して、次のような一つのユートピアを描きました:
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スモーキング・バーの隆盛(20年後のユートピア)

公共の場における喫煙を禁ずる法律が施行されて久しいが、2020年代に入って、フラストレーションの募る喫煙派が考案したのが、喫煙者専用の施設である。アルコールを供するスモーキング・バー、コーヒー・紅茶・ケーキをそろえた喫煙カフェ、本格的なスモーキング・フレンチ・レストランなど、それぞれ個性を主張している。

これら喫煙者専用施設は役所への届出により開設できる。施設に求められる条件は、開放面を持たないこと・扉や窓は二重以上のサッシをはめ込むこと・扉に「喫煙者専用施設」の表示をすること、だ。

スモーキング・バーのアイデアの源は、どうやら、19世紀イギリスで繁盛した排他的な「クラブ」にあるようだ。入会にはメンバーの紹介が必要だが、一旦メンバーとなれば、同好の士と濃密な時間を楽しむことができるのである。

喫煙派が聖域を確保して満足している一方、禁煙派は、中世以来の「監獄」や「施療院」とどこが違うのだろう、と揶揄している。不思議な箱舟の風景だ。
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少数派に陥った「喫煙者」が自己防衛のために「スモーキング・バー」を作って、そこに閉じこもる、という戯画を描いたものでしだが、現実は着実にこのユートピアに向かいつつあるようです。 (2008/6-7)


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