静聴雨読

歴史文化を読み解く

至福の八年間[母を送る]・4

2010-09-01 07:12:18 | Weblog
(5)ある日の会話

老健から特養にかけて母の過ごした時間は、より穏やかに、より覇気の乏しいものに、というものだった。これはやむを得ないことだ。

ある日、昼食時に特別養護老人ホームに見舞いに行ったときの母との会話を以下に記す。

「また来たよ」
「来たの」
(少し顔を上げ、喜びを示す。最近は喜びの度合いが少なくなっているのが気がかりだ。元気な時は、まわりの人に、「わたしの息子なの」というのが口癖だったが。)

「腹がペコペコなの。何ぞ持ってにゃー?」
「いちじくを持ってきたよ」
「それ、ちょう。早うちょう」
「お昼食(ひる)の後に食べよう」
「いいから、すぐにちょう」
(最近、とみに、名古屋弁を使う。)

昼食が運ばれてくる。
「食べさせて」
「スプーンを右手に持って、自分で食べるんだよ。うまい?」
「うみゃー」
(食欲があるのが救いだ。)

あっという間に食べ終わる。仲間の中で一番早いようだ。
「いちじくを食べるか?」
「食べる。うみゃー。今までで一番うみゃー」
(これは口癖。)

食後は車椅子で館内を散歩する。
「うまかったよ。あの、ぶどう」
「ぶどうじゃない、いちじくだよ」
(最近は名詞を思いださないことが多くなっている。ぶどうが母の大好物なので、うまいものはすべて「ぶどう」になるようだ。)

口をすすいで、トイレに入って、部屋に戻る。
「ベッドでひと休みするか?」
「うん」
ここで、ヘルパーに寝かしつけてもらう。このところ、足がしっかりしていて、車椅子からベッドに移るのがスムーズだ。

ヘルパーが退室すると、母が独り言、というよりは、一人叫び、を始める。それを聞きながら、そーっと退室する。2007年7月のこと。 (2010/9) 

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