世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

点的事実の点在で線的問題の解決ならず!

2006年06月12日 | Weblog
公開討論会とかディベート、ディスカッションの弁士及び参加者の御意見を拝聴する度に感じる事はコーディネーターの力量不足で問題提起のみのまま終了し不完全燃焼で閉じることである。論者及び参加者は自己の置かれた土俵(解決を要する現場)からの発言で、それなりの説得力のある実情・状況・事態・真実等を開陳しているのであるが個々の論者の議論が噛み合わず自己の主張を捲くし立てるのが精一杯で他の論者に耳を傾ける余裕さえない。個々バラバラに(点的位相のまま)論者の問題の所在が理解できる程度が限界で主催者の意図に反して 結論らしき事案 までには至らない。所詮、当初から無理な論題とか問題提起(予想された<解決困難>な議題であるだけに当然の帰結だとは思うのだが・・・)であっただけに充分、予想された。事の是非は個々のパネラーの選定にも問題があるしコーディネートする方にも問題がある。主催者は論者・パネラーに進行方向を十分、理解させて討論に参加させる事である。コーディネーターの論題・議題の方向と進め方、進捗を十分、理解させ参加論者としての基本的マナーを弁えての討論参加である事。論者・参加者としてのマナーを無視し開陳の順番でもないのに外野から捲くし立てて会の進行を妨害する。最低の守るべきマナーを堅持して参加してもらいたい、と思った。一方、コーディネーターは論題・議題の意義を十分、把握し進行方向を明確にして、あるべき方向に導くことである。一般参加者や視聴者、リスナーに分りやすい場の雰囲気を提供することである。コーディネーターの力量、如何に懸かっている様な気がした。強引に結論を導き出すことが、その役目ではない。事の所在を明確にして視聴者・リスナー・一般参加者に問題の有りかを提供し共有する事である。そのことが将来、その論題・議題の「結論らしき在るべき姿」に導くことに繋がる。マスコミ報道、テレビ討論を視聴する度に、その事を痛感する。点的所在が個々バラバラに在るだけで線にならず太い線にならず面にまでならずに真の解決をみない不完全燃焼のまま終了する。その実情を、どうにかしたい、と考えるのは小生一人ではあるまい。一考を要する。・・・