世界一健康長寿のニライの風来坊

豊饒を齎す理想郷は海の彼方の蓬莱島!ニライの島夢郷!!その桃源郷を求めて南の風来坊は今日も迷走する。

梅雨の沖縄 ”吾が心にも雨ぞ降る”!

2006年06月10日 | Weblog

"巷に雨の降る如く吾が心にも雨ぞ降る"・・・ヴェルレーヌの詩集の一編だ。若かりし頃の青春の一齣を髣髴とさせ想起させる空模様。暗示的で鬱陶しい。希望に胸膨らませ青春の真っ只中を突っ走り猪突猛進した頃が懐かしい。何の駆け引きもなく一途に吾が道を疾走した青春の日々と特権!謳歌した時代にタイムスリップし回想する。梅雨の沖縄は、それに相応しい風情と空間を提供する。愚生の部屋から眼に留まる雨垂れは思考の幅を飛躍的に拡大させ、あらゆる事象を想起させ想定させる。沖縄、日本、世界、宇宙へ・・と際限なく広がり、止処もなく空想と現実とが入り乱れ、交差し、しばし沈思黙考、"思考の土俵"を提供され一時を過ごす。・・・古の "冊封使"の時代「唐の世」から戦前の「大和の世」、戦後の「米軍統治下の時世」から「祖国復帰後の日米両国支配下の先沖縄」。そして名実共に日本国民としての「現今の沖縄」?!目まぐるしく移り変わった、この「琉球・沖縄」!・・・最近、直近の沖縄は、どうなのか?・・・米軍の世界的再編の渦中にあり一転二転、再々転?して、これ又、不確定の歳月を費やす。島嶼苦(しまちゃび)の悲劇を否応なく強いられ辛酸を嘗め尽くした島民(しまんちゅ)は、その時々(時代)の波に翻弄され、その度に身も心も鍛え抜いた。生きる術を獲得し資源皆無のジリ貧の自然条件を逆手に執って強かに生き抜いてきた。時の権勢・政権に右顧左眄してアメとムチを使い分け迎合した訳ではなく”正当な魂の発露”を武器にして戦い抜いてきた。他府県にはない特殊な歴史の歩みを辿ってきた。夢想・空想・回想そして現実に、ふと還る。そうこうしているうちに薄明かりが射してきた。しばしの梅雨明けだ。6月の半ば頃に梅雨明け宣言がある。鬱陶しい梅雨時は家に閉じ篭って将来・未来の吾が沖縄・日本・世界を考える機会にするのも、これ又、風情があっていい。でもだ!やはり心の隙間は、どうしても埋める事は出来ない。沖縄の現実、宿命は今後も覆い被さって来る。 "巷に雨の降る如く吾が心にも又、雨が降る"。