比叡の処分について、「海軍参謀」(文藝春秋)では次のように詳しく述べている。
夜半から行われた戦闘で、敵の米巡洋艦や駆逐艦はほぼ全滅に近い大損害を受けた。日本側は戦艦比叡が敵重巡の二十センチ砲のツルベ射ちを食って、上甲板以上は蜂の巣のようになり、後部の舵機室がやられた。
全速三十ノットで走れるが舵が利かない。艦はグルグル回りをするだけで、前に進まない。ガダルカナルから敵機が襲ってきて被害が大きくなってきた。
高速戦艦戦隊司令官、阿部中将から、連合艦隊司令部に事態打開がたたないから比叡を処分(味方の手で自沈させる)したいと言ってきた。
上甲板以上がメチャクチャになった比叡の写真を撮られ、ブロードウェーあたりで宣伝に使われたら困る。夜が明けぬうちに、安部司令官の言うように処分してしまったほうがいいのではないか。
山本長官が、参謀長室に入ってきて、宇垣参謀長に言った。「実は今、処分するなの電報にサインしたのだが、参謀長はどう思うか」と。宇垣は山本長官が処分する考えがあるのを知って、なるほどと思った。
安部中将は、戦艦、とくに高速戦艦を自分の手で沈めるなど、申し開きのしようもない大責任をかぶらねばならぬ。
この際、連合艦隊司令長官から「処分せよ」の命令を下し、大責任を肩代わりしてやるとすれば、これは大慈悲だ。さすがは「人情」長官だ。
すっかり感激して宇垣参謀長はすぐに「処分せよ」の電報を書き、発信を命じた。
すると間もなく黒島先任参謀が気色ばんでとびこんできた。
「処分するなのままでお願いします。比叡が浮いていれば、輸送船団を攻撃してくる敵機が比叡に吸い寄せられます。浮いている以上、比叡が全然動けぬはずはない。アメリカのことです。宣伝用の写真はもう抜け目なく撮っていますよ。いずれにしても戦艦一隻を失ったことは事実なんですから」
宇垣参謀長はこういう議論の立て方が虫唾が走るほど嫌いだった。先の見えない人間のやることだ。しかも理屈ばかりで、人情の機敏がまるでわかっておらん奴だ。
黄金仮面といわれた無表情さが、たちまち夜叉のような凄まじいものに一転、罵声が口をついて出ようとしたが、山本長官の前だから呑み込んだ。
宇垣参謀長が煮え返るハラを押さえて三人で話し合っているうちに、あろうことか、山本長官が意見を翻し、黒島先任参謀の意見を採った。
結局「処分するな」のままとすることに決裁した。
宇垣参謀長は憤激した。大艦巨砲の権化であった宇垣参謀長としては、黒島先任参謀が深く考えずに、理屈だけで作戦指導を重ねようとすることに、我慢がならなかったように見える。
結局比叡は行動の自由を失ったままサボ島沖に漂流し、アメリカ機の執拗な攻撃を受けて自沈した。
この出来事で宇垣参謀長は黒島先任参謀に対する不信感を強めた。宇垣の「戦藻録」には次のように書かれている。
「山本長官の再三の決定変更は、おかしな雲行きだが、どちらにしても大事ではない。大局は同じだ。ただ、そこに気分の問題がある。恥の上塗りにならないようにする心掛けが必要だ」
続けて、「中将である阿部司令官の意中を汲んで、その(比叡処分)責任を、連合艦隊長官の立場から引き受けてやる情を見せてやりたい。比叡を敵手に渡し、機密を暴露させることへの配慮も必要だ」
さらに、「(黒島の主張は)先の見えない主張で、理屈にかたより、こういう機微の点を解し得ていない。なんとかして助けようという一念は、誰も同じでなければならない」と黒島先任参謀を批判している。
宇垣は、鼻っ柱が強く、近寄り難い作戦家といわれ「黄金仮面」とあだ名された人だが、根底には一種の精神主義ともいえる人情家の一面があったのである。
夜半から行われた戦闘で、敵の米巡洋艦や駆逐艦はほぼ全滅に近い大損害を受けた。日本側は戦艦比叡が敵重巡の二十センチ砲のツルベ射ちを食って、上甲板以上は蜂の巣のようになり、後部の舵機室がやられた。
全速三十ノットで走れるが舵が利かない。艦はグルグル回りをするだけで、前に進まない。ガダルカナルから敵機が襲ってきて被害が大きくなってきた。
高速戦艦戦隊司令官、阿部中将から、連合艦隊司令部に事態打開がたたないから比叡を処分(味方の手で自沈させる)したいと言ってきた。
上甲板以上がメチャクチャになった比叡の写真を撮られ、ブロードウェーあたりで宣伝に使われたら困る。夜が明けぬうちに、安部司令官の言うように処分してしまったほうがいいのではないか。
山本長官が、参謀長室に入ってきて、宇垣参謀長に言った。「実は今、処分するなの電報にサインしたのだが、参謀長はどう思うか」と。宇垣は山本長官が処分する考えがあるのを知って、なるほどと思った。
安部中将は、戦艦、とくに高速戦艦を自分の手で沈めるなど、申し開きのしようもない大責任をかぶらねばならぬ。
この際、連合艦隊司令長官から「処分せよ」の命令を下し、大責任を肩代わりしてやるとすれば、これは大慈悲だ。さすがは「人情」長官だ。
すっかり感激して宇垣参謀長はすぐに「処分せよ」の電報を書き、発信を命じた。
すると間もなく黒島先任参謀が気色ばんでとびこんできた。
「処分するなのままでお願いします。比叡が浮いていれば、輸送船団を攻撃してくる敵機が比叡に吸い寄せられます。浮いている以上、比叡が全然動けぬはずはない。アメリカのことです。宣伝用の写真はもう抜け目なく撮っていますよ。いずれにしても戦艦一隻を失ったことは事実なんですから」
宇垣参謀長はこういう議論の立て方が虫唾が走るほど嫌いだった。先の見えない人間のやることだ。しかも理屈ばかりで、人情の機敏がまるでわかっておらん奴だ。
黄金仮面といわれた無表情さが、たちまち夜叉のような凄まじいものに一転、罵声が口をついて出ようとしたが、山本長官の前だから呑み込んだ。
宇垣参謀長が煮え返るハラを押さえて三人で話し合っているうちに、あろうことか、山本長官が意見を翻し、黒島先任参謀の意見を採った。
結局「処分するな」のままとすることに決裁した。
宇垣参謀長は憤激した。大艦巨砲の権化であった宇垣参謀長としては、黒島先任参謀が深く考えずに、理屈だけで作戦指導を重ねようとすることに、我慢がならなかったように見える。
結局比叡は行動の自由を失ったままサボ島沖に漂流し、アメリカ機の執拗な攻撃を受けて自沈した。
この出来事で宇垣参謀長は黒島先任参謀に対する不信感を強めた。宇垣の「戦藻録」には次のように書かれている。
「山本長官の再三の決定変更は、おかしな雲行きだが、どちらにしても大事ではない。大局は同じだ。ただ、そこに気分の問題がある。恥の上塗りにならないようにする心掛けが必要だ」
続けて、「中将である阿部司令官の意中を汲んで、その(比叡処分)責任を、連合艦隊長官の立場から引き受けてやる情を見せてやりたい。比叡を敵手に渡し、機密を暴露させることへの配慮も必要だ」
さらに、「(黒島の主張は)先の見えない主張で、理屈にかたより、こういう機微の点を解し得ていない。なんとかして助けようという一念は、誰も同じでなければならない」と黒島先任参謀を批判している。
宇垣は、鼻っ柱が強く、近寄り難い作戦家といわれ「黄金仮面」とあだ名された人だが、根底には一種の精神主義ともいえる人情家の一面があったのである。