陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

539.永田鉄山陸軍中将(39)気違いみたいな奴だが、それにしては、トボけた気違いだ!

2016年07月22日 | 永田鉄山陸軍中将
 だが、相沢中佐は永田少将のそういう様子にはかまわず、別な方向に話をもって行った。「では、閣下は、尊皇絶対の精神を、どうお考えですか」と切り出し、元の連隊長の名前を持ち出し、その連隊長の尊皇絶対の精神について、聞き取りにくい仙台訛りで、くどくどとならべたてた。

 永田少将が耳を傾けてみると、別に傾聴に価する所説でも何でもなく、ごく素朴な尊皇精神を回りくどく言っているに過ぎなかった。

 永田少将は相沢中佐の言葉の区切りを待って、「初めて会ったので、君の思想はよく分らんが、もし言う事があれば、手紙か、今度上京された時、くわしく聞こう」と言って、立ち上がった。

 それにつれて、相沢中佐も腰を上げたが、次の様に言った。「では、もう一つだけ最後に伺います。十一月事件は、あれはどうして起こったのですか。辻大尉が士官候補生をスパイに使って、でっち上げた芝居に過ぎませんが。しかし、辻の背後で糸を引いていたのは、世間では閣下だと言っておりますが」。

 相沢中佐の余りにも飾り気のない直截な聞き方が、とぼけた滑稽味をおびていたので、永田少将は声をたてて笑って、次の様に答えた。

 「世間はどう見てもかまわん。自分はあれについては何も知らん、責任もない……それにあれはもう済んだことだし、何もいまさら……どうでもいいじゃないか」。

 相沢中佐は、まだ何か物足りない様子だったが、それでも丁寧に敬礼をして、局長室を出て行った。

 永田少将は、相沢中佐が出て行ったあとの扉を見つめていたが、そのうちに笑い出した。どうにもおかしくて、我慢できないといった笑いだった。「気違いみたいな奴だが、それにしては、トボけた気違いだ!」。

 だが、一瞬後には、永田少将は生真面目な顔に戻った。「あいつらは俺を憎んでいる。何もかも俺の仕業で、俺が元凶だと思い込んでいる」。

 永田少将はじっと宙を見つめて、思いを凝らした。すると刺客が四方八方から自分一人を狙っているような感じに襲われた。

 永田少将は、部下の幕僚に、「相沢によく言って聞かせてやったら、おとなしく帰ったよ」と言った。

 一方、「相沢中佐事件の真相」(菅原裕・経済往来社)によると、昭和十年七月十九日の、陸軍省軍務局長・永田鉄山少将と相沢三郎中佐のやり取りを、相沢公判における岡田予審官による第三回被告人訊問調書で、相沢中佐自身は次のように述べている。

 (上略)それから私は改まって「一寸申し上げます」と言って「閣下はこの重大時局に軍務局長としては誠に不適任である。軍務局長は大臣の唯一の補佐官であるのに、その補佐が悪いから、何卒自決されたらよろしかろうと思います」と申しました。

 すると永田閣下は腑に落ちない様で「一体君は今日初めて会うのだが、君の心持ちもよく判らないが、一体自決とはどういう事か」と聞かれたので、「早速辞職しなさい」と言ったように思います。

 すると永田閣下が「君のように注意してくれるのは非常に有り難いが、自分は誠心誠意やっているが、もとより修養が足りないので、力の及ばないところもあるが、私が誠心誠意、大臣に申し上げても採用にならない事は仕方がない」と言われたので、これは誰でも言う事でありますから、この人は普通一般の人だと思いました。

 そして私は「あなたの御考えは下剋上である」と言いますと、永田閣下は、「君の言う事は違う。下剋上というのは下の者が上の者を誣いる事だ」と言われたので、私は「一体大臣は輔弼の重職にあられるもので、その大臣に対して間違った補佐をするのは、これは大御心を間違えて下万民に伝えるのであるから、あなたは下剋上だ」と言いました。

 永田閣下は「話が込み入って来たから腰掛よ」と言われたので、腰を下ろすと「君は私が悪いと言うが、具体的に言え」と言われましたので、そこで私は「真崎大将が交代したというのは間違った補佐である」と申しますと、永田閣下は「人は各々見方があるが、自分は情を以って取り扱わない、理性を以って事をする」と言われた。

 私は「情という事は日本精神の方から言うと真心即ち至情で最も尊いものだが、あなたの言われる情というのは感情の事か」と言いましたところ、永田閣下は返事もせずに「自分は漸新的にこの世の中を改革する」と言われたので、私は「それは良い事だ」と言ってから“至情”ということに就いて説明しました。

 この時私は永田という人は、以前から考えていた通り薄っぺらな人だと思いました。至情という事に就いて村岡中将という人は軍を厳粛に統率された非常に立派な人で至情について確固たる信念をもっておられると感じた事を話すと、永田閣下はそれに対して何も言わずに「自分は罪を憎むが人を憎まない」と言われたので、私は何の事か判らなかったが「私もその様に考えております」と言いました。