陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

98.片倉衷陸軍少将(8) 片倉少佐は、どうもけしからん。片倉少佐の行動を皆はどう思うか

2008年02月08日 | 片倉衷陸軍少将


 片倉少佐らが、関東軍参謀長の板垣征四郎中将を押したのは、陸軍旧来の序列思想(陸大卒業序列重視)を無視することになった。

 梅津次官より序列が下位の板垣陸相、または次官説があるのを、梅津次官は不満としていた。

 だが、結局昭和12年2月2日中村中将が陸相に補任された。

 ある日、陸相官邸で省部の関係課長以上が集まった席上、梅津次官は「片倉少佐のやった一連の行動は、どうもけしからん。片倉少佐の行動を皆はどう思うか」と発言した。

 まず磯谷軍務局長が「いや、これは私の承認のもとでやりました」と答えた。

 兵務局長の阿南惟幾も「私も承知しております」と答えた。田中新一兵務課長、町尻量基軍事課長、石本寅三軍務課長も同様な返事をした。

 そこで、片倉少佐は「閣下、気に入らなければ、私を軍法会議にかけてください。喜んで受けます」と言った。

 すると梅津次官は「君の行動に私は同意しない。しかし、皆が承知済みであるということなので、先の私の言った発言は取り消す」と御破算になった。

 昭和12年3月片倉少佐は関東軍参謀・第三課政策主任に補された。同じ月に東条英機中将が関東軍憲兵司令官から関東軍参謀長に補任された。

 東條中将は片倉少佐のことを着任前から知っていた。政治家の浅原健三は東條中将に「今度片倉という男が参謀として関東軍に行くらしいが、うっかりすると、貴方、片倉に馬から引きずり落とされるよ」と言った。

 これに対して東條中将は「何を言うか、そんな奴は馬で蹴飛ばす」と答えたという。

 また、昭和12年9月に石原莞爾少将が関東軍参謀副長に補任された。9月23日に石原新副長を迎えて第一回部長会報が開かれた。

 その席上、東條参謀長は「石原副長には作戦、兵站関係業務の参謀長の補佐役を専心やっていただく。満州国関係の業務は参謀長の専管事項として私自らが処理する」と発言した。

 これに対して石原副長は「参謀長の指示通り、満州国軍関係は作戦に関係があるのでタッチするが、その他の治安、交通、政治に関することはタッチしない」と発言した。

 東條参謀長は「それでよろしい。そうやってくれ」と、その場は収まった。

 しかし、当時の満州国の日満要人の多くは、石原が建国当時の作戦主任をしていた頃に接触が多く、現在の関東軍中心の指導に不満を持っていた。

 いろいろな不満を直接石原副長の官邸に持っていく。だが表向きの発言ができない石原副長は、片倉参謀を呼んで「このような問題がある」と伝える。片倉少佐は東條参謀長と石原副長の間に入って、調整役となった。

 だがこのような状況で逐次東條参謀長と石原副長の感情の疎隔が高じていった。