陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

226.山下奉文陸軍大将(6) 東條陸軍大臣は、山下航空総監を遠いヨーロッパに遠ざけた

2010年07月23日 | 山下奉文陸軍大将
 山下中将は航空総監に就任したが、実際には航空総監としての仕事はほとんどしないで過ぎた。就任後まもなく、八月に入ると、ドイツ軍事視察団派遣が提議され、その団長に山下中将が内定した。

 このドイツ軍事視察団派遣団長の人事は東條陸軍大臣が、山下中将の次期陸軍大臣就任を阻止するために行ったと言われている。

 この頃、山下中将は陸軍部内で評価が高く人気があり、沢田参謀次長を始め支持者も多かった。この状況では次の陸軍大臣は東條の陸士一期後輩でもある山下中将になる公算が強かった。そこで、東條陸軍大臣は、山下航空総監を遠いヨーロッパに遠ざけた。

 昭和十五年十二月二十二日、山下中将を団長とするドイツ軍事視察団は東京を出発した。視察団はドイツ、イタリア両国を訪れ、軍事施設等を視察、昭和十六年七月七日、東京に帰着した。

 当時、山下中将は対米英戦争に反対していたと言われている。視察団副団長・綾部橘樹少将(陸士二七・陸大三六首席)によると、山下中将はドイツ、イタリアの視察から帰国する前に、使節団の一行を集め、次のように訓示したという。

 「諸君は近く大本営その他の本筋に復帰するであろうが、このたびの調査の結果にもとづく意見はかならずや各方面において重視されるに違いない」

 「それについてここで諸君に敢えて申しておくが、諸君は絶対に、すでに結ばれた日独伊三国同盟を拡張解釈し、英米に対し宣戦すべしなどと、かりそめにも言ってはならない」

 「視察の結果は諸君の見られる通りであるが、わが国は、決して他国を頼んではならないのである。日本は今こそソ連に備えて、速やかに国力を整備し、軍備をたてなおさなければならないのである。このことを、しかといましめておく」

 山下中将は、ドイツ軍事視察を終えて帰国すると同時に満州を防衛する関東防衛軍司令官を命ぜられた。七月十六日午後二時、葉山御用邸で視察についての御進講を終えると、山下中将は、五日後の七月二十一日午前九時三十五分東京発の「つばめ」に乗り込み、任地、牡丹江に出発した。

 山下中将の関東防衛軍司令官任命は、東條陸軍大臣の工作とも言われている。山下中将が御進講した昭和十六年七月十六日、近衛文麿首相は松岡洋介外相更迭のための総辞職を行った。

 東條陸軍大臣は政変を見越し、山下中将に陸軍大臣の椅子がまわらぬように、それまで反対していた満州の防衛軍創設をにわかに認可して、山下中将をその軍司令官のポストに押し込んだ、と言われている。

 山下中将とともに同軍の高級参謀に発令された片倉衷大佐が、赴任の挨拶に武藤章軍務局長を訪れた時、武藤軍務局長は「いずれ、山下(中将)は陸軍大臣として東京に帰る。その時は、君も陸軍大臣の補佐をつとめることになるはずだ」と述べたといわれている。

 昭和十六年十一月六日午前一時頃、関東防衛軍司令官・山下奉文中将は東京からの至急電に起こされた。「九日までに上京せよ」という。電文は簡略であるが、明らかに新編成の軍司令官任命の内報だった。

 十一月七日、山下中将は満州国皇帝にお別れの挨拶をした。新任務は極秘だが、皇帝はやがて「大日本帝国、同時に満州帝国の運命を決する」事態が起きることを感知した。

 皇帝はかねて好意を寄せる山下中将の手を握り、「元気に活躍せよ、再び新しき話を齎せ呉れよ、呉れ呉れも元気にて天皇陛下に忠勤を抽んでよ」と、両眼に涙を浮かべて別れを惜しみ、部屋の入り口まで山下中将を見送った。

 十一月八日、関東防衛軍司令官の職を解かれた山下中将は、この皇帝の殊遇に感激しながら次の軍司令官任命のため満州を発ち、特別機で日本の立川に向った。

 だが、立川飛行場に着陸したとたん、山下中将の心境は一変して不快になった。当然、出迎えがあるべきなのに、唯一人、それらしい姿は見えなかった。

 ガランとした滑走路を副官と二人、カバンをぶら下げて歩くと、行き交う整備兵がけげんに敬礼するだけである。飛行場の建物に入ると、中将閣下の到来に一同愕然とするが、参謀本部からもなんの連絡もない、という。

 やっと技術研究部から自動車を借りて東京・九段の偕行社に着くと、案内されたのは、なんと二階の小汚い部屋だった。なにぶんにも、良い部屋は新婚夫婦の予約済みでして、というのが、担当者の言い訳だった。

 「よし」と答えたものの、山下中将はムッとして、憤懣の文字を次のように日記に書き綴った。

 「結婚者ノ為ニ要ストテ良室ヲ彼等ニ与ヘ、出征将軍ハ二階ノ陋室(ロウシツ)ニ置ク・・・・・今ヤ全ク商売根性ニ駆ラレ大義モ何モ知ラズ、哀レナリ」

 食事も悪ければ、女中のサービスもひどかった。山下中将は、投げ出すように給仕する女中をプンとにらみつけた。

 「女中頭以下女中等、全ク月給ノ奴隷ニシテ明日出征スル人ノ為ナド毛頭考ヘ居ラザルハ遺憾至極ナリ」