誰だって一人では生きていけない。
そう思うのは、流浪のプロレスラー、剛竜馬を思い出す時だ。希代のプロレス馬鹿である。普通に、プロレスバカと書けば、プロレス一筋の不器用な男としての評になり、バカといいつつも必ずしも悪口にはならない。
しかし、プロレス馬鹿と自ら称し、プロレスファンからも馬鹿だと云われ、同業のプロレスラーたちからも敬遠されてしまった剛竜馬の場合だと、決して褒め言葉にならず、文字通りの馬鹿でしかない。
なんだか、とても悲しい気持ちになる。
人生プロレス一筋の男であった。中学もそこそこに日本プロレス入り、その後国際プロレス、新日本プロレス、全日本プロレス・・・小さなインディーズ団体を幾つも渡り歩き、自らもプロレス団体を設立したこともあった。
だが、根本的に組織、集団に馴染めない男であった。せっかく引退試合のセレモニーを組んでもらっても、ギャラが不満だと欠場して本人不在のまま引退が決まってしまった体たらくであった。
私は彼のプロレスラーとしての全盛期であるはずの20代から30代までを見ているが、正直言って印象は薄い。なによりも、強いといの印象がなく、また名勝負を演じるだけの器量にも欠けていた。
少なくても、外見的には見栄えのする男であった。少しごついが二名目としても通用(あくまでプロレスの世界で、だが)するルックス、張りのある筋肉、バランスの取れた体躯と、十分可能性はあったように思う。
だが、不思議なくらい存在感がなかった。今にして思うと、仲間もライバルもいなかった。藤波を生涯のライバルだと広言していたが、当の藤波から「迷惑だ」と敬遠される始末。
孤独な一匹狼だと言いたいところだが、オオカミと呼ぶには強さに欠けた。何故かくも不遇なのか、それは最後まで分からなかった。プロレスに詳しい人ほど口を濁すので、私も彼がなぜ不遇なのかは分からなかった。
少しだけヒントがあるように思う。晩年のことだが、彼がホモ・ビデオに出演しているとの噂が流れた。その疑惑に対する彼の返事は「体で稼いで何が悪い!」であった。
この男、大馬鹿だと思った。実をいえば、プロレスラーやボディビルダーなどには、案外とホモというか同性愛者が少なくない。鏡に映る筋肉隆々の体に見惚れているナルシストが多いのでも有名だが、その先にハッテンしてしまうらしい。
ただし、この手の話が表沙汰になることは決してない。プロレスは子供たちを惹きつける娯楽であり、そのことを自覚しているプロレス関係者は、そのような風聞が流れることを嫌う。同性愛の是非の問題ではなく、健全な娯楽興業を謳う以上、当然のことだと思う。
しかし、このプロレス馬鹿には、それすら分からなくなっていたらしい。ちなみに剛自身は女性と結婚し、子供を持った家庭人でもあった。後年、金銭問題から離婚したようだが、彼の最後を看取ったのは子供たちであったと聞いている。
享年53での死去であった。不摂生の末の自殺のような死に方であったとも聞いている。弔問に訪れたプロレス関係者はきわめて少なかったようだ。いくら身体が大きく強くても、人は一人では生きてはいけない。
合掌。