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『スター・トレック イントゥ・ダークネス』および悪役ばなし

2013-09-29 | 映画
ワタクシのスター・トレックについての知識はかなり乏しいものでございます。
ミスター・スポックといった超有名人は知っておりますが、過去の映画化作品はひとつも鑑賞したことがございません。ドラマの方は少しは見ていたはずなのですが、きちんと思い出せるのはアンドロイドのデータ少佐くらいでございます。好きだったので。

それが何でわざわざ『スター・トレック イントゥ・ダークネス』を観に行ったかと申しますと、同僚の「悪役がよかった」という言葉に吊られたからでございます。
というわけで、当記事は「スター・トレックをよく知らない、いち映画ファンの感想」でございます。ファンの皆様には噴飯ものの意見も飛び出すやもしれませんが、どうぞご了承くださいませ。

面白かったですよ。退屈はしませんでした。
色々と類型的だナァと思う部分もございましたけれども(危険な任務を冷静にこなす男とそれに苛立つ恋人、等々)、上述のようにスター・トレックの世界をよく知らないワタクシでも楽しめました。また、何が起きているのかよく分からない部分もあることはありましたが(スポックが未来の自分?と話しているシーン等々)、おそらく丁寧に説明してしまうと長年のファンからは無粋であるとのお叱りを受けるような事柄なのでございましょうから「そういうものなんだろう」とだけ思っておきました。

ゾーイ・サルダナは美しかったし、いつになくぼやきまくりの、タフじゃないカール・アーバンもいい味出してました。そしてコメディリリーフながらしっかり活躍する”スコッティ”サイモン・ペグ、最高でした。ワタクシ、全編を通して一番心躍ったのは、提督の船に乗り込んでいた彼からエンタープライズ号に通信が届いたシーンでございました。心の中で拍手喝采を送りましたとも。
2D鑑賞でしたが、映像もたいそうなものでございました。医療用ガジェット等の小物使いも、宇宙船がワープ航路からはじき出される場面などのスペクタクルも、実にきれいな上に説得力がありました。

ただ。
全体が平均的に面白かった一方で、これは!と手に汗握り思わず身を乗り出すような場面や、問答無用でワクワクしてしまうような場面も特になかったといいましょうか。山場の連続のおかげで見ていて飽きない反面、クライマックスの山場感がいささか薄かったようにも思います。

以下、ネタバレ話およびツッコミでございます。




本作で一番の山場というのはおそらく、エンタープライズ号が制御能力を失って地球へ落ちかける場面なのでございましょう。けれどそれが他の山場と比べて突出して緊迫感が濃いかというと、ウーンそうでもないんでございます。この後もう一山くらい来るのかな、と思っていたら割とあっさり終わってしまって、振り返ってみるとあそこが(話の構成から考えて)頂点だったのかな、というぐらいのもので。
しかもその危機の解決方法と描写が、ちょっとしょぼい。船長のキックで解決って。その船長も色々あった割には元気いっぱいにしか見えませんし。それに、中に長いこといると死ぬような環境なのよ、と言葉で説明されはするのですが、その危険度というのが目に見えないので、いまいち緊迫感が薄いのでございます。

成功することが初めから分かっていることが問題なのではございません。ミッションの成功があらかじめ約束されているのは、他のたいがいの映画でも同じことですもの。インディ・ジョーンズが映画の冒頭で大岩に潰されて死んじまったり、ルーク・スカイウォーカーが撃墜されてデス・スター破壊に失敗するなんて、観客は誰も思わないわけです。それでも大岩に追いかけられるジョーンズ博士や、デス・スターの壁面すれすれを飛びながら中枢に乗り込んで行くルークにワクワク、ハラハラするのは、視覚に訴える盛り上げ要素があるからなのであって、言葉で「あそこはすごく危ないから」と説明されたからではございませんでしょう。

いやいやそれよりも、悪役loverの視点から言わせていただければ、映画自体の最大の山場と、悪役であるカーンがよく一番動いているシーンとがかぶっていないというのがマイナスでございます。ここぞという一番の盛り上がりに悪役不在というのはいけません。大混乱へろへろ状態のエンタープライズ号にさらに追い打ちをかけて、爆破でボロボロになった自艦を何度も体当たりさせて来るぐらいの執拗さを見せてくれなくては。

さて、ここからは怒濤の悪役ばなしでございます。

ジョン・ハリソン、すなわちカーンさん。
まあ「世紀の悪役」ってのは盛り過ぎでございますが、魅力的な悪役、ということなら及第点でございました。
作り手および売り手の「悪役推し」がミエミエすぎてもまあ、それもよしといたしましょう。冷徹、強靭、頭脳明晰で人間が死ぬことなんで屁とも思っていない一方、仲間たちのことは心底大事にしているというのは、なかなかいい設定ではございますもの。同情の余地なし系悪役も悲しみ背負った系悪役も、等しく応援しますよワタクシは。
単に高い能力の持ち主というだけでなく、思わず話を聞いてしまいたくなるカリスマ性があるのもよろしうございますね。ベネディクト・カンバーバッチの深い声と変な顔...失礼、個性的な風貌が生きておりました。



だからこそ、悪役としてもっと活躍していただきたかったのですよ。それは今後の作品を乞うご期待、ということなのかもしれませんが、出し惜しみはよくないと思いますよ。
主人公らを徹底的に叩きのめして完全な勝利を収めるかと思いきや、まさかの逆転劇によって遠大な野望とともに葬り去られる、というのがこういうカリスマ系悪役の王道ってもんでございましょう。ところが本作では、この”主人公叩きのめし”パートを、黒幕的な存在のロボコップ提督がおおむねやってしまっておりまして、カーンがエンタープライズ号に対して加えた危害というのは、せいぜい最後のひと押し程度なんでございますね。そのため、カーンがものすごく怖くて酷くて悪い奴、という印象があんまりないのでございます。

せっかく高い身体能力を持っているという設定ですのに、主人公やその仲間を直接ボコボコにのすようなシーンがあまりなかったのも残念でございました。白兵戦のシーンは何度かあったものの、ほとんどが主人公サイドに立っての共闘でございました。すると当然スクリーンは余裕綽々の悪役カーンよりも、一生懸命に奮闘するカーク船長の姿の方を映し出すわけです。主人公ですものね。で、気がついたら多分カーンのおかげで敵は全滅してました、てな具合でございまして、カーンの強靭さや身体能力の高さというのが、あんまり主人公側の脅威としては感じられないのでございますよ。

終盤の逃走シーンでようやくそれが表現されるかと思いきや、これまたわりと生ぬるい描かれよう。もっと圧倒的な、絶対的な、スポックさんがうっかり絶望してしまうくらいの力の差があった方がよかったと思うのですよ。なにも頭クラッシュにこだわらなくても首をポキッと折るか下界に投げ落とすかすれば済む話じゃん、というツッコミはまあ、しないでおくとしても。
バルカン人の身体能力がどんだけ高いのかは存じませんが、クリンゴンとの銃撃戦や提督の艦船への潜入時には戦闘のプロみたいだったカーンが、殴り合いに慣れているとは到底思えないスポックさん1人に手こずるようではイカンでしょう。

最後も”強化人間”にしてはあっさりしすぎでございます。最終的には拘束されざるを得ないにしても、せめて、近距離からウフーラのスタンガン射撃を何度もくらってよろよろになりつつも、後ろから掴みかかるスポックさんを落下寸前の所までえいやっと蹴っ飛ばしてウフーラの頭をわしづかみ、あわや頭クラッシュという所で、もう1人援軍として転送されて来たエンタープライズ号乗組員から「お前のクルーは全員無事だ」と聞かされ、思わずホッと気を緩めた隙に、立ち直ったスポックさんから後頭部をスタンガンで連射されてようやくダウン、というくらいの粘りを見せていただきたかった。ジェームズ・キャメロンだったらこれくらいはやらせたと思うの。

制作者側としては、9.11を連想させる市民の大量死を描くことによって、カーンの冷酷さや悪人っぷり、一言で言えば「もの凄さ」を表現したつもりかもしれません。けれども映画的には、見えない所で100人が死ぬより、目の前で1人が撲殺される方がよっぽどインパクト大でございます。
その点、提督の頭クラッシュのシーンはたいへんよろしうございました。また、とりわけ戦闘員ってわけでもない提督の娘の足を、ついでのように無造作にボギャ!とへし折るのもとってもよかった。悪役はこうでなくっちゃいけません。ほれぼれでございます。これに続くスポックさんとのやりとりも、いかにも知的で不敵で冷酷な悪役って感じがしてよろしうございました。この2人、若干キャラがかぶりがちではあるにしても。

ワタクシとしては、カーンとスポックの差異化を図るため、カーンには悪役の魅力をさらに高める要素の一つである「お茶目さ」をもう半匙ほど加えていただきたかった所でございます。いえ、コミカルなキャラにせよということではございません。魅力的な悪役の持つお茶目さについて、ちと自説を語らせていただきますと。
悪役の「お茶目」には大別すると2種類ございます。1つは、精神的余裕および戦況の優位、あるいは本人のダンディズムから意図的に行われる茶目。これを”意図的茶目”としましょう。もう1つは、悪役自身はまったく意図していないのに、普段の例えば冷酷な、あるいはいかめしい、あるいは隙のないといったキャラにそぐわないような「抜けた」瞬間が、見る方にしてみれば妙に愛嬌あるものに感じられてしまう場合、これを”非意図的茶目”としましょう。

T-1000で例えれば、弾切れのサラに向かってちっちっち、とやるのは意図的茶目。通り抜けたつもりの鉄格子に拳銃だけが引っかかってしまうのは、非意図的茶目でございます。『マトリックス』のスミスが分身のネクタイを直してやるのは前者。『殺しが静かにやって来る』でロコが主人公サイレンスをボコボコにしながら「痛かったか?すまん」なんて言うのも前者。
それに対して、『ロボコップ』の二足歩行ロボED-209が階段でひっくり返ってじたばたするのは後者。『ゴールデン・チャイルド』でエディ・マーフィ演じる主人公から頬にぶちゅっとキスされた悪魔サード(そう、チャールズ・ダンス)があのギョロ目をひんむいて「はい?!」という目つきで見返すのも後者でございます。チャールズ・ダンスといえば『ラスト・アクションヒーロー』の悪役、殺し屋ベネディクトもよかったですねえ。こいつの場合ですと、義眼である左目にニコちゃんマークの目玉を入れていたり、主人公の映画好き少年に「やあ、トト」と呼びかけたりするのが意図的茶目、一方雇い主のマフィアのボス(無駄遣いアンソニー・クイン)が英語のことわざをいちいち間違えるのを、いちいち小声で訂正せずにはいられないというのが非意図的茶目でございます。あの映画は悪役のベネディクトと、T-1000姿で一瞬だけ登場するロバート・パトリック以外には何一つ見所のないような作品ではありましたけれども、とにかくベネディクトは悪役好きのツボを押さえたなかなかのキャラクターでございました。

閑話休題。
カーンさんは「船の最期には船長がいないとな」といったセリフ、そして「橋の上からコップめがけて飛び込むようなもんだ」と言われて「大丈夫、前にもやったことがある」と答えたカーク船長を無言でまじまじと見つめるシーンからして、意図的・非意図的、両方のお茶目素質を備えておいでと見受けられました。今後の開発に期待したい所でございます。

そんなわけで
設定も演技もいいものの、描き方にイマイチ物足りなかった感のあるカーンさんではございました。当然期待される今後の復讐だか逆襲だかを遂げるため、次作以降ではよりパワーアップして復活していただきたいものでございます。悪役loverは首を長くして待っておりますよ。