のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』

2014-09-17 | 映画
忙しいしハゲは進むしいっそのこと弁髪にしたい。ぐるりを剃るのじゃなくて、前半分だけ剃るやつ。

それはさておき

ワイヤーアクションを駆使したファンタジー活劇といえば、香港映画のおはこでございます。
ワタクシこういうものがけっこう好きでございまして、ひところはよく観たものでございますが、2002年の『HERO(香港・中国合作)』を劇場で観たのを最後に、しばらくこの手の映画から遠ざかっておりました。しかしこのたびは徐克(ツイ・ハーク)監督の最新作ということでしたし、ちょうど現実逃避がしたくてたまらない心境ではありましたし、『キネマ旬報』での高評価やポスターのいかにも感にも心惹かれて、みなみ会館へいそいそと足を運んだわけでございます。

で、どうだったかと申しますと...

凄まじく面白かったです。
約2時間10分の上映時間、終わってしまうのが惜しいくらいでございました。
こういう映画では人間が空中を疾走したり、宙返りひとつで屋根の上に飛び上がったり、剣がびゅんびゅん空を飛んだりするのは当たり前。
もとより突っ込みどころは満載です。夜のシーンのライティングはいかにも不自然ですし、特殊効果も特殊メイクも所々ちょっとしょぼい。
(訂正。しょぼいのではなく、使い方がちょっとダサいのです。マトリックスの弾除け風の動きとか)
しかし、それがいったい何であろう!

例えば同監督の『蜀山奇傅 天空の剣』(1983)という作品、これは特殊効果という点で言えば、制作当時はともかく、ワタクシがこの作品を鑑賞した1990年代の水準からするとかなり稚拙に見えたものでございます。それでも、その活劇の楽しさや問答無用でぐいぐい引き込むストーリー展開、そしてキャラクターの魅力に「それがどぉしたぁ!」と大見得を切られ、ハハーと平伏せざるを得なかったのでございます。それぐらい面白かったのであり、それだけ面白い作品であるからこそ21世紀になってもデジタルリマター版DVDが発売されているのでございます。
おまけに今回の作品では予算とCGがプラスされて、ケレン味100倍増し!やりたい邦題!!サービスてんこ盛り!!!

映画『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』公式サイト

映画『ライズ・オブ・シードラゴン』予告編


アクション要員ユーチ(後述)の立ち回りがより楽しめる英語字幕バージョン。


時は西暦665年、大唐帝国3代目高宗の治世。(パンフレットや公式HPではなぜか「唐朝末期」と記載されておりますが、唐王朝はこのあと250年くらい続いて23代目で滅ぶのであって、この時代はむしろ初期です。)敵国へと送り出した10万の水軍が一夜にして全滅するという奇怪な事件が起きます。花の都・洛陽では、海を治める龍王の怒りに触れたのだという噂が流れ、洛陽一の艶姿を誇る芸妓のインが龍王への捧げものとして幽閉されることに。一方、大理寺(最高裁判所)の長官、ユーチ・ジェンジンは実質的な最高権力者である則天武后から「この事件を10日の内に解明できなくば首をはねる」と言い渡され、捜査に乗り出します。時を同じくして都にやってきたのは本作の主人公たる判事のディー・レンチェ。推薦状を携えてお役所に出向く途上で、幽閉の美女インを誘拐せんとする一団に遭遇したことから、彼もまた唐王朝の存亡をかけた謎解きと戦いに身を投じることになり...。

というのはほんの導入部でございまして。ここからまあ、謀略あり裏切りあり蠱術あり剣劇あり悲恋あり復讐あり男の友情(うっすら)ありそして怒濤のハッピーエンドへと、絢爛たる映像とワイヤーアクションぶんぶんで突き進むわけです。かくも色々な要素が盛り込まれ、回想やら、画面上には現れない交戦中の敵国の話やら、色々な要素が絡んできますのに、よくぞこれだけ混乱もなく、ダレもせず、必要充分かつスピード感満点で描くことができるものよと感嘆いたします。
そして華麗なアクションと息もつかせぬ展開にいっそうの彩りを添えるのが、魅力的なキャラクターたちでございます。
まず唐王朝転覆を図る陰謀を暴く鍵となる、洛陽一の芸妓イン、彼女の壮絶な美しさといったら。






(傘を持っているなんか冴えないのが主人公。笑)

まさしく傾城、いや傾国の美女。画面に登場する度にうっとりと目を奪われる艶やかさに加えて、愛を貫こうとする一途な姿勢にも心打たれるわけでございます。本作で重要な役どころを演じるもう1人の女性、則天武后がどのシーンでも圧倒的に豪奢で華美で凝った衣装に身を包み、貫禄の美貌を見せるのに対し、インは配色もシルエットも比較的シンプルな衣装をまとっており、シンプルさゆえにいっそうその瑞々しい美貌が際立っております。いやあ美女の見せ方を心得てらっしゃますな。
心優しい薄幸の踊り子、というのはやや類型的なキャラクターではありますが、本作のようにエンターテイメントに特化した創作物においては、人物像が類型的であっても何ら問題はないとワタクシは思います。むしろ類型の中でその「型」の持つ魅力がいかに的確に表現されているかこそ問題であり、そうした表現においてツイ・ハーク監督はピカイチの腕前を持ってらっしゃるのでございます。ちなみに類型と言えば、「由緒正しいアジアの悪役」的な風貌の悪役や、泣き言を言う太っちょ、色々と強烈な爺さん(役者さんは若いらしい)などのいかにも感漂う登場人物たちもまたよしでございました。

インを演じているのはアンジェラベイビーというモデル出身の女優さんで、日本のファッション誌にもよく取り上げられているかたのようです。ワタクシはそっち方面に詳しくないので全然存じませんでした。見目麗しいだけでなく、恐怖におののく表情や、蠱惑的な流し目、そして何かを訴えんとする時の思い詰めた眼差しなんかも実によろしうございます。まあ唐時代の美人というのはもっとむっちりぽっちゃりと肉付きのいい婦人であったわけですから、本当は華奢な身体のアンジェラベイビーさんは唐美人の範疇には入らないかもしれませんけれども、そういう細かいことは抜きにして、中国文学に登場するあらゆる美女を演じていただきたいような風貌の持ち主でございます。悪女も仙女もこなせそう。

それからいかにも冷徹な切れ者といった風貌の大理寺長官ユーチ、こいつがもう

血反吐が出るほどカッコいい。

紫の長い衣をひるがえし、美しい透かしの入った三本の剣を操り、重力の法則を華麗に無視してバッサバッサと飛びまくる!斬りまくる!
それはもう、

ビシィィィィ


バシィィィィ


ドドォォォォン




というぐらいのカッコよさ。
ウィリアム・フォン/フォン・シャオフォンという俳優さんはあくまでも演劇畑の人のようで、ドニー・イェンやジェット・リーのような武術の達人というわけではございませんので、複雑なアクションは代役が務めてらっしゃるのではないかと思います。しかし役として見るならば、殺陣も立ち姿も飛び姿も、そりゃもうビシィッと決まっておりまして、ワイヤーアクションの楽しさを存分に味わわせてくれるキャラクターでございます。パンフレットの写真や↓のメイキング映像から判断するかぎりでは、少なくとも大ジャンプしたりぶっ飛ばされたりといったわりと大掛かりなシーンでも俳優ご本人がこなしておいでのようです。

Young Detective Dee


登場人物の中でこのキャラクターだけ頭髪が赤みを帯びているのは、異民族の血が濃いことを示唆しているのか、あるいは気性の激しさの象徴であるのか。まあ分かりませんが、「真金(ジェンジン)」という名前は何となく北方民族っぽいような。眼差し鋭く、武芸に秀で、頭もよく、キレッキレの隙のない男かと思いきや、インが詩を愛好すると知ったとたんに「詩を書く!(で、でも精神を養うためだからな!)」と言い出して副官をポカーンとさせ、しかも詩才が全然ないらしく一行も書けない、という微笑ましいボケをかましてくれるあたり、実にステキでございます。

主人公ディーが主に推理担当であるのに対し、ユーチはいわばチャンバラ担当であり、序盤での盗賊団を相手とした大立ち回りから、黒幕との死闘、そして巨大な海の怪物との対決まで、華やかなアクションで楽しませてくれます。まあ要するにいつもディーに先を越されて一足遅く現場に着くせいで、ちょうど鉢合わせ悪者たちと闘う羽目になるということなんですが。

このユーチにライバル視されるのが主人公のディーでございまして、「中国版シャーロック・ホームズ」という謳い文句わりとそのまんまなキャラでございました。ワトスン君もいます。といってもルームメイトではなく、たまたまそこに居合わせたせいでディーに片棒を担がされて事件に関わっていく若い医師なのですが、設定はどうあれ「巻き込まれる善人」というのはなかなか味わい深いポジションなのでございます。演じるケニー・リンの「いい人」を絵に描いたような風貌も役柄にピッタリでございます。

向かって左から、ホームズ先生、アクション要員、そしてワトスン君。



主人公に話を戻しますと。
演じてらっしゃるマーク・チャオの面長な風貌のせいもあってか、ホームズ先生に比べるとディーは何だか飄々としておりまして、一見ものすごい人物には見えません。(前作『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』ではアンディ・ラウが演じたとのことですが、今回は前日譚のため若い俳優を起用した模様)ところがその実態は、一旦頭に入れた情報を決して忘れず、様々な事実を瞬時に繋ぎ合わせ、味方に先んじ敵の裏をかく行動に打って出る、スーパー頭脳の持ち主。
実在した名宰相「狄 仁傑=てき じんけつ=ディー・レンチェ」がどのぐらい賢い人物であったのかは、この際どうでもいいことです。洛陽がなぜかえらく海に近いことも突っ込んではなりません。清廉で賢くて度胸のある主人公とその仲間たちの快刀乱麻の活躍によって、崩壊の危機にあった秩序が回復され、引き裂かれた恋人たちはお互いの腕の中に戻り、正義の人たちは笑みを交わし合ってより良き明日へと向かう、その安心感と爽快感こそが重要なのでございます。

で、そのスーパー賢い主人公ディーにいつも先んじられてむかっ腹を立てるのがユーチなわけなんですが、この「温和で飄々とした天才」と「激しやすい美男の秀才」という組み合わせ、『三国志演義』好きなら周瑜と諸葛亮を連想せずにはいられないところでございます。
もちろん、いかに無茶な話がまかり通る『演義』でも、周瑜が屋根の上を飛び回ったり孔明さんが白馬で海中を駈けたりはなさいません。
しかし、それをやってこそツイ・ハーク!
しかも問答無用で無類に面白く見せちゃってこそツイハーク!

何て申しますと無茶苦茶な話のような印象になってしまいますけれども、本作はもちろん史劇として見られるべきものではございません。そして(実際そうである所の)ファンタジー作品としてみた場合、ストーリーには何ら破綻がなく、むしろ全てが収まるべき所にきれいに収まる見事な物語となっております。ファンタジーは何でもアリだから破綻しないのが当然と思ってはいけません。制作者がそうタカをくくったためか、ファンタジーでありかつ破綻している作品というものは、残念ながら存在します。逆に言えば、登場人物の動機やお話の展開が筋の通ったものであれば、たとえ科学的法則が無視されようとも、映像が稚拙であろうとも、大いに支持され、長く愛される作品となりうるのであって、本作もそういう映画のひとつであろうと思います。

美術面のことを申しますと、中国史好きならまず洛陽の街が俯瞰で映し出されるシーンが出てくるたびにワクワクすること請け合いでございます。あんなに立派なモスクがあったかどうかはまあ於くとしても(というか多分絶対ない)。それから衣装デザインがたいへんよろしうございました。主要登場人物はもちろんのこと、ほんの一瞬しか映らないような端役に至るまで、各々にふさわしい意匠や色彩の衣服をまとって、世界観の構築に寄与しております。中でもデザイナーさんがその才能を存分に発揮した感があるのが、ほとんど出てくるたびに衣装の違う則天武后でございます。どの衣装もきらびやかでありつつも厳めしく、他を圧するような凄みがあり、演じるカリーナ・ラウの上手さも相まって「大唐帝国の頂点に立つ女」のオーラをばんばん発しておりました。
則天武后とインの衣装のデザイン画のはいくつかは、こちらで→Rise of the Sea Dragon | Tumblr見ることができます。デザイン画自体も美しいですな。

この他に褒め忘れた所はなかったかしらん。
そうそう、音楽!とりあえず盛り上がります!作曲者は日本人の川井憲次というかたで、『攻殻機動隊』や『リング』、『デス・ノート』、『スカイ・クロラ』などにも曲を提供なさってるとのこと。ワタクシは全部見たことがありませんけれども。本作でも何しろお話と映像に引き込まれっぱなしだったものですから、あまり音楽に注意を払っていたとは申せません。もしもう一度観に行けたら、その時はもう少し音楽に気を配ってみようかなと思っております次第。

えっ。
忙しいのにまた行くのかって。
行ければって話ですよう。
1日は24時間もあるんですから、2時間くらい現実からトンズラしたっていいじゃございませんか!
どうせツケを払うのは自分なんですし!!



そうそう、もしこれから観に行かれるというかたは、エンドロールが始まっても席を立っちゃいけませんよ。
なかなかのオマケ映像が待っておりますからね。