のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『マイケル・コリンズ』

2009-10-06 | 映画
ここの所「観てみたら以外と面白かった映画」の話ばっかりでございますね。
実を申せば今回もそんな感じでございます。

というわけで


を鑑賞いたしました。
「アイルランド独立の闘士」コリンズがその短かい生涯を終えるまでの6年間を通して、かの国が分割・独立に至った経緯を描く歴史ドラマでございます。のろの大好きなチャールズ・ダンスが出ているということ以外、ほとんど何の前知識もなく観た作品でございまして、セピア色がちのパッケージからして、堅実だけれども地味な映画を想像しておりました。
ところがどっこい、しょっぱなからのスピード感のある展開にぐぐいぐいぐいと引き込まれるではございませんか。
マイナーな人物の伝記映画のくせにこの面白さはいったい何事じゃと思わずDVDを途中で止めて調べてみましたら、おやまあ、ニール・ジョーダン監督作品だったのでございますね。言われてみればアイルランドだしリーアム・ニースンだしスティーヴン・レイだし。

時は20世紀初頭、所はアイルランド。独立を求めるアイルランド義勇軍(のちのIRA)の一員であるコリンズは、イースター蜂起において圧倒的な軍事力を誇るイングランドによって多数の仲間が捕えられ、殺されるのを目の当たりにいたします。こんな闘い方ではイカ~ンと発奮したコリンズ、若者を集めて暗殺テロ部隊を組織し、神出鬼没の活動で英政府を大いに悩ませます。鎮圧部隊による苛烈な締め付けもコリンズらの活動を押さえることはできず、ついに英政府はアイルランド側に独立交渉を呼びかけるのですが...。

Michael Collins - Trailer -

ううむ、トレーラーはいまいちシケておりますな。

特典のドキュメンタリーの中で、コリンズは都市型ゲリラの考案者とも言われておりました。未婚の若者たちで形成されたコリンズの暗殺部隊が英国要人を次々と暗殺して行く手際は周到にしてスピーディ、荒削りながらも鮮やかな手並みでございます。
かと言ってコリンズが血も涙もないファナティックな人物かというと、そうではございませんで。「全世界あったかみのある顔の俳優ベスト100」で13位くらいには食い込みそうなリーアム・ニースン演じるコリンズは陽気で気さくな、なんとも人好きのする男でございます。登場時26歳のコリンズがどうみても40がらみのおっちゃんというのはちとアレでございますが、溌剌とした熱演のおかげか、あまり気になりませんでした。

過激で冷酷な活動家の顔と、優しく人情味のある紳士の顔を併せ持った人物。監督はコリンズをそうした二面性を擁する人物として描くべく苦心したといいます。その試みの成果として、単純な「英雄」でもなく「冷酷なテロリスト」でもない、人間的な深みを感じさせるコリンズ像が立ち現れております。コリンズが抱く祖国と同胞への愛情は、そのまま裏返って敵(イングランド)への冷酷な暗殺テロの原動力となっているようでございました。
コリンズと友人がかわす次の言葉には「守るべきもの」を軸にすえた暴力の本質が現れているように思われます。

コリンズ「平和を守るためなら死んでもいい」
友人「殺しても、だろ」

圧倒的な力に対抗する手段として遂行されるテロ、テロとテロ対策という形で応酬される暴力、そして穏健派と強硬派の分裂のすえ味方同士の流血へと至る暴力の連鎖は、現代のテロ問題、とりわけパレスチナを思い起こさずにはいられませんでした。
(ちなみにファタハとハマスは今月中に和平文書に調印することで合意したとのことでございます)
ファタハとハマス、権力闘争終結へ

暗殺部隊を率いたコリンズがさらなる流血を嫌って英国側の妥協案を受け入れるのに対し、コリンズが要人を殺しまくっている間アメリカで政治的な活動をしていたデ・ヴァレラ(のちのアイルランド共和国初代首相)が戦争も辞さないという強硬な方針で完全独立を主張するのは、皮肉を通り越して悲劇でございます。こうして起きたアイルランド内戦という歴史的悲劇に、親友や盟友との別れというコリンズの個人的悲劇をからめて描いているのは実にうまいですね。

というわけで
面白いだけでなく勉強にもなった本作でございますが、気になったことがひとつ。
コリンズの敵対者、即ち始めは英国軍、後にはデ・ヴァレラを中心とした完全独立派が、悪者のように描かれている点でございます。まあそうした方が話が分かりやすいのでしょうし、コリンズに肩入れもしやすいんでしょうけれども、例えばデ・ヴァレラをもっと悩める人物として描くこともできたのでは、と思うと惜しい気がするのでございます。一般市民への発砲などで悪名高い武装警察ブラック&タンズも、大戦帰りで生活の糧を見つけられない兵士たちによる寄せ集め部隊だったということがひと言でも触れられていれば、お話にいっそうの深みが出たのではないかしらん。


まあ、悪者的な描き方によかった点もないわけではございません。
だってね。
「悪役」のひとり、英国諜報部のソームズ氏を、チャールズ・ダンスが演じているのですもの。医者や貴族や作家といった知的で落ちついた役も結構でございますが、この人は何たって悪役がよろしうございます。
そのダンス氏がですね、「全世界白スーツの似合う男ベスト100」で悠々ベスト3内には入るであろう人ではございますけれども、ちなみにベスト3のあと2人はジュリアン・サンズとビリー・ドラゴでございますけれども、今回は2m近い長身を黒の三つ揃えに包み、恐怖のブラック&タンズを引き連れてロンドンからやって来るわけでございますよ。丁寧に撫で付けた髪にあのギョロ目、エリート然とした物腰はいかにも冷徹な切れ者といった雰囲気でございます。
本作ではニール・ジョーダン作品常連のスティーヴン・レイがダブリン警察でありながらコリンズと内通するブロイという人物を演じております。猫背ぎみでもさもさ頭で風采は上がらないけれど「いい人」のブロイと、アングロサクソンな風貌で不気味な威圧感を漂わせる「悪い人」ソームズは露骨なほどに対照的でございますね。

自分のことを”Boy”呼ばわりするソームズに対してささやかな抵抗を試みるブロイさん。

答えるソームズさん。

この時の「何言ってんだこの虫けら」と言いたげにイラッとした表情がね、ええ、実によろしうございます。そしてもちろんこのあともBoy呼ばわりのまま。さらにはのちに拷問室にぶら下げられた血まみれブロイ君を両手ポケットで眺めつつ「アイルランド人ときたら下らんことですぐ歌い出すくせに、訊いたら何も答えないときてる」などとのたまうんでございます。ああ何て嫌な奴なんでしょう。のろほれぼれ。

というわけでソームズさんには大いに活躍していただきたい所だったのでございますが、おそらく登場から10分も経たないうちにコリンズの暗殺部隊によって射殺されてしまいました。
許さんコリンズ。

どうも話が不謹慎なことになってまいりましたが、冗談抜きでなかなかの良作でございました。
ヴェネチア国際映画祭で男優賞を受賞したニースンはじめ、俳優陣の熱演も見どころでございます。ヒロインにジュリア・ロバーツを据えた必然性はいまいち分かりませんでしたが、彼女も悪くはございませんでしたよ。