のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

ジャンとタラフとアフガンの少女

2008-04-03 | 音楽
美術館へ行ったらほとんど垂直に近い所をあっちこっちよじ上ったりにじり降りたりしなければならかった上、帰り途では冷たい雨に降られる、という何ともくたびれる夢から目醒めたらもう時刻はお昼近くで、何でこんなに寝過ごしたんだと慌てたものの、時計をちゃんと見たら実際はまだ午前3時だったんでございます。で、もうひと眠りしようと思ったのに、なかなか寝付けなくて床の中で寝返りばかりうっている。
...というのが全部夢だったんでございます。
入れ子状の夢ってのは勘弁してほしいですね、ほんとに。
特に「寝付けない夢」ってのは最悪でございます。


それはさておき
久しぶりに街中へ出かけましたら、いろいろ買い物をしてしまいました。

いろいろ。


顔 三態。
右上の、突き刺すような視線をこちらに向ける少女の顔は、きっと皆様どこかで御覧になったことがおありかと存じます。
この写真集『ポートレイト』はそのタイトルどおり、『ナショナル・ジオグラフィック』誌のフォトグラファーを20年に渡ってつとめられたスティーブ・マッカリー氏が、世界各地で出会って来た人たちのポートレイトを一冊にまとめたものでございます。
(Amazonで表紙画像をクリックすると、拡大画像&内容の一部が見られます)
表紙を飾るアフガン難民の少女をはじめ、子供たちのまなざしがとりわけ印象深うございます。

CDはジャン・コルティの『クーカ』とタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの『仮面舞踏会』でございます。



フィルムをはがしたての、傷ひとつないCDのケースがねえ、こう、きゅんきゅんと光るさまったらございませんね。
まあ『クーカ』の方は紙ですが。

そもそも河原町のタワレコへと足を運んだのはザッハトルテの3rdアルバム、『おやつは3ユーロまで』を買うためだったのでございますが、残念ながら店頭に置いてなかったんでございますよ。
せっかく久しぶりに街中へ出てきたというのに、何も買わずに帰るというのもシャクでございます。
とりあえず洋楽ROCK&POPSコーナーにクラウス・ノミが置いてあるのを確認して心を和らげたのち(パブリックな場所でヤツの姿を拝むのはなかなかいいもんでございます)ワールドミュージックのコーナーへとふらふら漂って行ったわけでございます。
何故ワールドミュージックの方へ寄って行ったかと申しますと、ノー・スモーキング・オーケストラの初来日に合わせて
もしや彼らのライヴ盤が入荷されていないかと期待したからでございます。

来日。来日。チケット買っちゃったもんね。うわあい。
彼ら見にトーキョーまで行くんだもんね。うわあい。ウンザウンザ。
のろよお前ワーキングプアなのにそうやって遊んでいていいのかね。
いいの。どっちみち将来は野垂れ死にをする予定なのだからせめてそれまでは楽しく過ごすのさ。

閑話休題。

結局彼らのCDは置いてなかったんでございますが、がっかりする間もあらばこそ、以前から買おう買おうと思ってそのままになっていた『クーカ』と『仮面舞踏会』、発売年にずいぶん開きのあるこの2枚が奇しくも同時に”当店のお勧め”扱いになっておりましてね。
こりゃあ何かの縁ってもんだ、と思ってこの機会に購入したわけでございます。

『クーカ』は72歳のアコーディオニスト、コルティさんのソロデビューアルバムでございます。
時に弾むような、時に唄うような深みのある音色は、粋で優しく暖かく、耳に心に心地よく、一日中でも聴いていられる一枚でございます。
ちなみに”クーカ”とはコルティさんの愛犬のお名前で、当アルバムには同名の曲が収められております。
ライナーノーツの写真でお見受けするクーカちゃんは可愛らしいむく犬なんでございますが、曲のほうなジャズ風味のクールなナンバーでございます。

『仮面舞踏会』は、民族音楽やジプシー音楽の要素を取り入れて作曲された『ペルシャの市場にて』や『ルーマニア民族舞曲』といったエキゾチックな雰囲気のクラシック曲を、最強のジプシー・バンドと称されるタラフ・ドゥ・ハイドゥークスが演奏しているものでございまして、曲の方にしてみれば「里帰り」とでも申せましょうかね。
ライナーノーツにはタラフのプロデューサー、ステファン・カロ氏のインタビューが載っておりまして、楽譜の全く読めない彼らがクラシック曲の演奏にまでこぎつけるのがいかに大変だったかを語っておられます。
この苦労話がのろにはかなりツボでございまして、声を上げて笑ってしまいました。
しかしご苦労のかいはあったことと存じます。
正装の紳士淑女の前で奏でられたのであろう曲が、躍り出したくなるようなガチャガチャジプシーサウンドに生まれ変わっておりまして、痛快でございます。

ちなみに彼らは『耳に残るは君の歌声』という映画に、ロマの楽団として出演しておいででして、主人公のスージー(クリスティーナ・リッチ)が彼らの集落を訪れて、歌を歌うシーンがあるんでございます。
スージーはもともとはロマの出身だったのですが、訳あって「イギリス人」としての教育を受けて育ったので、タラフたちの奏でる自由で活気のある旋律を口ずさむことができないんでございます。
彼女が歌うのはいかにも端正な西洋音楽の一節で、ロマたちにとっては全く聞き慣れない旋律なもんですから、それまで楽しげに演奏していた彼らは黙りこくってしまうんですね。
しかし1人、また1人と、彼女の歌声に合わせて楽器を奏で始めて、しまいには西洋的な旋律がすっかり陽気さと哀愁のごたまぜになったジプシーサウンドに取り入れられてしまうんでございます。
音楽だけでなく彼女自身が受容されていくさまを優しく端的に描いた、素敵なシーンでございました。

このアルバム『仮面舞踏会』もまた、単に東欧のジプシーバンドが西欧文化の産物であるクラシックの曲を演奏してみた、というだけのことではないことが、お聴きいただければお分かりになることでございましょう。(↑リンク先で数曲視聴できます)
ジプシー音楽に種を宿して西欧の文化の中で実を結んだ音楽を、タラフが刈り入れ、呑み込み、糧とした上で、彼ら自身のサウンドとしてどりゃーーっと出して見せた、そんな演奏でございます。
とにかくうきうきするような音でございまして、いつ聴いてもいいんでございますけれども、一杯ひっかけてグラスの横っ腹をを爪でチンチン叩いたりしながら聴くのがまあ、最上かと存じます。

今調べて分かったことでございますがパーセルのオペラ『ディドーとエネアス』の一節、「私が土のなかに横たわるとき ...」でございました。即ち、おお、クラウス・ノミの『DEATH』でございますよ。ううむ、気付きませんでした。なにせこの映画観た当時は、ノミのことも存じませんでしたからね。
この映画、関西ではミニシアターのみの公開でございましたが、たいそう秀作でございます。お話もキャストも音楽も大変よろしうございます。
ちなみに映画の善し悪しとは全然関係のない話ではございますし、のろは映画を見てはすぐ泣いてしまう方なんでございますが、開演5分で泣いちまった作品は後にも先にもこれだけでございます。今の所。