のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『完全演技者』

2008-03-31 | KLAUS NOMI
まずは先日コメント欄にて教えていただいたこちらの映像をどうぞ。

eyeVio: ウラジーミル・マラーホフ『ラ・ヴィータ・ヌォーヴァ』?マラーホフの贈り物2008

ayumi様、ありがとうございました。
使われている曲は「Wayward Sisters」と「Cold Song」、ともに17世紀の作曲家ヘンリー・パーセルの作曲でございます。
災厄を起こそうとする魔女の呼びかけを歌った、まがまがしさ全開の「Wayward Sisters」。
ほぼ全曲をこちらの3分10秒あたりから聴くことができます。
映像はノミとも曲の内容とも全く関係はございません。自主制作ホラーっぽいですね。

また、上の映像とともに、Sven Bremerさんというドイツの作家がクラウス・ノミを主題にした短編小説をお書きんなった(もしくは執筆中)という情報も教えていただきました。
ノミにインスパイアされるアーティストがいらっしゃるということも、ノミ情報を集めているかたがいらっしゃるということも、のろには実に嬉しいことでございます。
Bremer氏の小説については、目下の所詳しいことが分かっておりませんので、今後ぼちぼち情報を集めていきたいと思っております。
その代わりとうわけでもございませんが、今回は日本で出版されたノミ小説について語らせていただきたく。



『完全演技者 トータル・パフォーマー』

ストーリー等はこちら様が書いていらっしゃるとうりでございまして、特に付け足すことはございません。
ただワタクシにとってひたすら重要なのは、本作の主要登場人物である「クラウス・ネモ」が、そう、クラウス・ノミをモデルとしたキャラクターであるという点でございます。
モデルにしていると申しましても、あくまでもフィクションでございます。
のみならずかなり荒唐無稽なお話でもあります。
実在の人物とその時代に寄託した、一種のファンタジーといってもよろしうございましょう。
まあ『義経千本桜』とか漫画の『日出処の天子』みたいなもんでございますね。

読んでいて思ったことは、この「ネモ」というキャラクターはひとつの「理想的ノミ像」なのかもしれない、ということでございます。
今のワタクシどもは映画やYoutubeのおかげでノミのプライベートの表情ってものを知ることができます。
つまりノミがこの小説の「ネモ」のような人物では全然なかったということを、知っております。
けれども思うのですよ、もしも80年代当時に、あの歌声とステージ上の姿だけでヤツのことを知っていたならば、「ネモ」のような人物を想像したかもしれないと。

尊大なほど落ち着きはらっていて、常に完璧な無表情。
オンステージでもオフステージでも全く違いのない物腰。
私生活は完全に謎に包まれているけれども、実は悲しい過去を背負っている。
そのパフォーマー魂で死さえも欺き、「ネモ」というキャラクターとして生き続ける。

もちろんこれはあまりにも非現実的なキャラクターでございますし、「ネモ・バンド」を構成する残りの2人、「ボブB」と「ジェニファー」(ジョーイ・アリアスとJanusがモデルかと思われます)も、ちょっと現実にはありえないようなキャラクターとして造形されております。
しかしプラスチックのタキシードを着込んでオペラを歌うノミや無表情でロボットダンスを披露するジョーイ・アリアスだけを見ていたならば、そうした、ステージ上と同様に私生活でも「ありえない」人たち、という人物像を、想像したくもなったことでございましょう。
彼らは普通の人間ではなく、根っからの異形の人物にちがいない、むしろそうであってほしい、と。
そして当時タイムリーにノミを目撃した雑誌記者たちはまさしく、そうしたイメージを書き立てたようでございます。

「年齢、性別、素性不明のニューウェーブ」 ソーホー・ウィークリー・ニュース
「人間の基準から判断すれば---ビニールのケープから頬骨まで---彼は完璧に異星人」 同上
「異星から降り立った大天使」 ス・ソワール・ブリュッセル紙
「自然が生み出したちょっとした間違い」 ニューヨーク・ロッカー
「ジェンダーを越えた生き物、地球外生命体の肉体を持った悲しき道化師」 リベラシオン
(引用は全て『ノミ・ソング』パンフレットより)

そして映画『ノミ・ソング』を見るかぎり、ノミ本人の意図はともかくとして少なくとも彼のマネージャーはこのような「異形/謎/近付き難い存在」というイメージを、クラウス・ノミというキャラクターのセールスポイントとして使ったようでございます。

ノミ自身の意図について保留をつけましたのは、このようなキャラクターが本来のノミ(というかクラウス・スパーバー氏)の性格とはずいぶんかけ離れたもののように思われるからでございます。そう判断する理由は映画『ノミ・ソング』内で記者アラン・プラットの語ったエピソードや、ブログに書かれたアン・マグナソンの証言から得られる、人懐っこく親しみやすい人柄という印象でございます。これについては当記事の最後にご紹介いたします。


小説の「ネモ」とノミの間には、実際にはかなりの隔たりがございますけれども、「ネモ」の風貌や衣装は、ほとんどノミそのまんまでございます。
白塗りの顔、黒い唇、ギョロ目、三方に逆立てた髪、プラスチックのタキシード。
作中で歌う曲もほとんど、実際にノミが歌った曲でございます。
「Keys of Life」「Cold Song」「Wayward Sisters」「Total Eclipse」「After the Fall」そして「Death」。

それだけに---こういう小説では通例のことなのかもしれませんけれども---、このキャラクターのモデルが実在の人物であることについて、どこにもひと言も触れられていないのが、ワタクシとしてはちと残念でございました。
ノミのことを知らない人がこの作品を読んだらまず間違いなく、「クラウス・ネモ」なるキャラクターは作者による完全な創作物だと思ってしまうことでございましょう。
無理もございません。
全身タイツにプラスチックのタキシードを着こみ、髪を三方に逆立て、真っ白い仮面のような顔に黒いルージュをひき、ソプラノでポップスを歌う男性が現実に存在するとは、思いません、普通は。
本編の前なり後ろなり、あるいはカバーにかけられた帯にでも、ひと言でいいからノミの存在に言及してほしかったと思うのは、ノミファンであるワタクシのワガママでございましょうか?
しかし、作中でも音楽シーンのイコンとして、あたりまえに実名で登場するデヴィッド・ボウイに対して、「この作品はフィクションであり、実在のいかなる組織・個人とも一切関わりのないことを付記いたします」という一文のもとにその存在をかき消されてしまっているノミ。
らしいといえばらしいんでございますけれども、ちと切ないではございませんか。

まあそんなわけで不満が無いわけではございませんけれども、面白い作品であったと思います。
そもそもは(失礼ながら)ノミがモデルであるというだけの理由で手に取った作品ではございましたが、主人公のキャラクターにも好感が持てましたし、小さな謎が所々に折り込まれたプロットも最後まで楽しんで読むことができました。
そして「ネモ=ノミ」ではないことは承知していながらも、「ネモ・バンド」に受け入れられて彼らと生活を共にする主人公が、ワタクシはちょっぴりうらやましかった。
心に残った一文もございました。

「私は生まれながらに誤った枡目に置かれたチェスの駒なんだ。正しい位置にまで自分で動いていかなければならない。生きているうちに行き着けるかどうかはわからないが、生きている間に少しでもそこに近づこうとしているだけだ」 p.159

「クラウス・ネモ」の台詞でございます。
「普通の人」という基準からなぜかズレている人間の、自分自身と社会に対する違和感、居心地の悪さを表現しているようで、印象的な一文でございました。


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映画『ノミ・ソング』より、記者アラン・プラットの証言1
After talking him a while,you realize overwhelming feeing that "What a nice person",and y'know,"What a nice guy".
It was just nice to sit in his apartment which was an ordinary little place and watching him ordinary guy.

彼と実際に話してみたら、僕はすっかり感じ入ってしまった。「何て気持ちのいい人だろう、何ていい奴なんだろう」って。彼のアパートメントはこぢんまりとした、ごく普通の部屋だったし、そこでごく普通の人として振る舞う彼と一緒にいるのは実に楽しかった。

映画『ノミ・ソング』より、記者アラン・プラットの証言2
I went with my girl friend and her daughter who was 6 ... Klaus Nomi was really looked like Sunday-going-to-Marsian-church-outfit... And he was standing there in a kind of cocoon of his own... totally unapproachable....little girl just go over to him and just like said, "Hi.Are you from outer space?"And he said"Yes"."Yes I have, as a matter of fact" And they sat down together and had a lovely little conversation. She was asking this questions like "What was it like on Mars?" "What 's the weather like?" and he was just answering as nice as possible way...

ガールフレンドと、彼女の6歳の娘と一緒に、ノミのステージを見に行った。ノミときたら日曜日に教会に行く火星人みたいな格好をして、ひとりぼっちで立っていた。なにしろ彼は近寄りがたい雰囲気を発していて、誰も声をかけられなかったんだ。でも6歳の娘はぜんぜん平気で、彼の所へ近づいて行ってこう尋ねた。「ねえ、あなたは宇宙から来たの?」ノミは答えた。「うん、そうなんだ。実を言うとね」それから2人で腰掛けて、微笑ましい会話を交わした。娘は「火星ってどんな感じ?」とか「お天気はどうなの?」と尋ねる。ノミはそんな質問に、この上なく優しく答えていたよ...

PAPERMAGでのアン・マグナソン(および”toni”の証言)

---I ... saw him often in the neighborhood, he was so happy to be greeted or told how good the last show was,so I never saw diva behaviour. (by toni)
---you're right - Klaus was a sweetheart - the diva stuff happened later - probably encouraged by those (ahem) managers!(by ann magnuson)

---家の近所でよくクラウスを見かけたっけ。挨拶に声をかけたり、この間のショーは良かったねって言うと、彼はすごく喜んでた。ディーバっぽい、お高くとまった態度なんて、私は見たことなかったな。(トニより)
---まったくね。クラウスはsweetheart(素敵な人、優しい人、愛すべき人)だったもの。...ディーバじみた態度になったのはあとになってから。...たぶん「マネージャー」とか称する連中に、そそのかされたんだと思うわ。(アン・マグナソン)


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もちろん「彼はエゴが強くて...」という証言もございますし、決していわゆる”Mr,Nice guy"ではなかったと思います。
しかし残された映像や証言からは、ヤツが基本的にサービス精神旺盛で人と一緒にいるのが好きな、人当たりのいい人物であったということが、忍ばれるのでございます。