読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『砂の器』『脚本家・橋本忍の世界』

2018年08月28日 | 作家マ行
松本清張『砂の器』(1961年)
村井淳志『脚本家・橋本忍の世界』(集英社新書、2005年)

テレビのワイドショーで『カメラを止めるな』という流行りの映画の剽窃問題が話題になっていたので、上さんとその話をしているさいちゅうに、野村芳太郎が監督をした『砂の器』と松本清張の小説『砂の器』とは全然違っていて、映画は映画固有の表現を使って、素晴らしい作品になっていると、言ったものの、じつは松本清張の小説のほうは読んでいなかったので、暇なので読んでみた。

ちょうど米子に行くときだったので、行き帰りのバスですらすらと読んだ。だいたいあらすじは頭に入っているし、どこが映画と違うのかをおもに気にしながら読んだ。

そういう読み方をしてみると、小説のほうはえらく複雑だということが分かる。そもそも犯人像がいっこうに像を結ばないし、どうみても関川重雄が犯人であるかのような描き方になっている。映画を知らない人だったら、よもや和賀英良だなどとは思わないだろう。それに和賀英良が殺害時に着ていた白い服の処分をした劇団の成瀬りえ子との関係があまりに間接的で、その意味でリアリティに欠ける。

それに和賀英良が特殊な音域の音を出す装置でこの女性を死なせたとか、彼女に依頼をした劇団俳優の宮田を心臓の病気に見せかけて死なせたという話も、あまりにリアリティがない。

逆にそういう意味では映画は実にシンプルであるのに、和賀英良のエゴイズムをいかんなく見せている。映画では、関川重雄の人間像をそのまま和賀英良に仕立て上げたと言えるかも。

やはり脚本家の仕事がいかに重要かということを知るために、今回は村井淳志『脚本家・橋本忍の世界』も読んでみた。

こちらは『七人の侍』『羅生門』『切腹』『白い巨塔』『日本のいちばん長い日』『八甲田山』『砂の器』が取り上げられている。

以前にも書いたことがあるが、学生時代にふらりと歩いていたら、たまたま吹田の豊津というところにある名画座(いまはない)に『七人の侍』がかかっていて、ちょうど開演の時間前だったし、暇だったので、5時間もあるこの作品を何も知らずに見て、その素晴らしさにびっくら仰天こいたという経験がある。それ以来三船敏郎に対するイメージが変わった。(脚本家のことは、あまり関心がなかったのだ。)

そして『砂の器』を見たのはいつ・どこだったのだろうか。その記憶はまったくないのだが、丹波哲郎が和賀英良と父の放浪の様子を語るあいだ、画面には二人の様子が凍てついた日本海や桜咲く山陰路の様子が映し出され、バックには和賀英良がピアノを弾きつつ指揮をする『宿命』が流れる場面を見るたび涙を流してしまうことを思い出す。

いつ・どこで見たのか思い出せないのが残念だが、ユーチューブには上の場面があった。
砂の器  ピアノ協奏曲 「宿命」




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