読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『マルクスのアソシエーション論』

2018年08月19日 | 人文科学系
大谷禎之介『マルクスのアソシエーション論』(桜井書店、2011年)

「2018年に読んだ本」のベストワンになりそうな本である。いや、たぶんベストワンになる。これ以上の本が出てくるとは思えない。

私が常々抱いている問題意識は、こうである。

資本主義の矛盾というのは、生産手段の資本家による私的所有とその生産手段を使用して行われる労働の社会化であり、それが生み出す剰余価値の資本家による私的所有にあるのだから、生産手段を労働と同じように社会化すれば、この矛盾はなくなる。しかし、ソ連の経験が、生産手段の社会化とは国有化ではないということを示したのだとすれば、生産手段の社会化とはどういう状態を意味するのか?

また資本主義では生産調整は市場が行う。もちろん資本主義では市場があるから生産調整が調子よく進むという意味ではなくて、市場に商品が投入されることによって、売買され、需要と供給の具合によって、生産調整が可能になるという意味である。しかし資本主義では、生産手段が、つまり生産が私的であるがゆえに、利益率の高いところに生産が集中し、それが過剰になって恐慌が生じることになる。

だが市場がなければ物事は始まらないし、進まない。とすれば、生産手段が社会化されたとして、生産調整はどのようにして行われるのか?市場がなかったら、社会主義になっても市場がなければ、生産調整が非合理的になり(ソ連の現実がそうであった)、欲しいものが足りなかったり、いらないものが大量に在庫として残ったりということになるだろう。しかし市場と社会主義は両立するのか?

私は10数年来、こうしたことを考えることから遠ざかっていたが、この先もそう長くはない年齢になってくると、学生時代から生きる指針として立ってきた立場に立ち戻りたいと思うようになった。

小学5年か6年のときに、社会科の授業で、世界の国を一つ選んで紹介するというプログラムがあった。私はたまたまポーランドを担当することになった。当時のポーランドは「社会主義」の国である。人口や首都や、主要な工業製品や農産物のことの他に、国有化された工場、集団化された農場の理念をまとめて話した。それ以来、いわゆる社会主義的な理念を理想と思うようになっていた。

ソ連の崩壊と東欧諸国の崩壊が、上のような問題意識をもう過去のものと感じさせていたが、上のような理由から、もう一度しっかり考えてみたいと思うようになった。

この本は、上のような私の問題意識に答えてくれる内容を持っている。もちろん一回読んで完全にストンと腑に落ちるものばかりではないが、大筋において、私の考えは間違っていないと感じられたし、そして資本主義が懐胎する未来社会の姿はどんなものかも概念的にイメージできるようになったことが嬉しい。

この読書体験で私にとって圧巻だったのは、第3章の「アソシエイトする」とはどういうことか、において、マルクスがドイツ語のassoziiertという過去分詞をどの名詞につけているかのまとめから、さらにこの過去分詞には「結合された」という他動詞の過去分詞だけではなくて、再帰動詞(フランス語での代名動詞)の能動的な「結合した」という意味があることをドイツ語文法書や、またフランス語の場合には朝倉季雄の『フランス文法事典』を参照して明らかにしたところだ。

もちろんこうした言語学的な解説は簡単に済ませてもいいのだが、この本の主題からはアソシエイトということが重要なキーワードとなっているので、それが「結合された」という意味なのか「結合した」という意味なのかということは、いい加減に済ますわけにはいかなかったということだ。

そういうところにもきちんと目配りをした著者の解説が私の心にストンと落ちてきた。何度も読み返してみたいと思っている。

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