仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

帰る家がある

2023年06月05日 | 浄土真宗とは?
読むお坊さんのお話

帰る家がある-必ず連れて帰ってくれる阿弥陀さま-
蓮谷 啓介
布教使 大分市・妙蓮寺副住職

不急のことばかり
 みなさんは、蓮如上人の「白骨の御文章(ごぶんしょう)」をご存じのことと思います。その一番最後に、「たれの人もはやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり」(註釈版聖典・千204ページ)とあります。
 蓮如上人は、誰もが早く命の往(ゆ)く先を阿弥陀さまのお浄土であると聞き受けてくださいとお示しくださいました。それは、縁次第では今にも命を終えていかねばならない私たちに、後生の一大事は二の次(つぎ)三の次がない、ただ今私の大問題であるとの仰(おお)せです。
 ところが、私たちは健康で元気で人生がうまく運んでいる時には、「命の往く先」にあまり関心がないのかもしれません。「死んだらおしまい」ともよく耳にします。そんな私たちにお釈迦さまは、「世(よ)の人(ひと)、薄俗(はくぞく)にしてともに不急(ふきゅう)の事(じ)を諍(あらそ)ふ」(同54ページ)と『無量寿経』にお示しになられました。そこには、急がなくてもよいことを争って、欲に追い回されて少しも安らかな時がないとあります。
 確かに、働いてお金を稼ぐことは大事なことです。衣食住が足りていることなど、世の中には大事なことはたくさんあります。しかし、それらは「死」を前にした時、すべて色あせ、その価値を失い、私の生死(しょうじ)の苦悩には何一つとして間に合いません。死を前にした時、私たちはいったい何を想(おも)うのでしょうか。それはどうやら健康で元気な時とは変わっていくようです。
 ある時、近くの公民館に音楽家の方が、お話とコンサートに来られました。その方は、全国のホスピス病棟を歌のボランティアで回られたそうです。その際、「あなたは命を終える時、もし歌が聞けるとするならば、いったいどんな歌が聞きたいですか」と尋ねて回られました。すると全国で最も多かった答えは、童謡の「ふるさと」であったというのです。
 故郷(ふるさと)とは、友達と駆けずり回った懐かしいあの山、あの海、あの川のことです。地方の方であれば田畑のある風景、都会の方であれば、電車が走り、家が多く建つ風景が故郷でしょう。そして何よりも、あの生まれ育った実家のある風景。そこには、父や母や兄弟が、そして祖父や祖母がいて、けんかしたり笑いあったりした懐かしい家がある。それが故郷の中身です。
 そうすると、私たちはいよいよたった独り、死を前にした時に、いったい何を心に想うかといえば、それは「ふるさと」を想うということです。つまり健康で元気な時にあったような「無関心」でも「死んだらおしまい」という心でもなく、私たちは「帰る場所」を想って命を終えいくということです。
"さあ帰ろう!"
 「ふるさと」の歌詞には「こころざしをはたして いつの日にか帰らん」とあります。帰郷する者の中には、人生に掲げた目標を成し遂げたと意気揚々と帰る人もいるでしょう。一方で、夢や仕事のことなど、志半ばで意気消沈して帰る人もいます。しかし、故郷は手ぶらで帰っていける唯一つの場所です。
 親鸞聖人は善導大師のお言葉を受けて、「帰去来(いざいなん)、他郷(たきょう)には停(とど)まるべからず。仏(ぶつ)に従(したが)ひて本家(ほんけ)に帰(き)せよ」(同411ページ)と示されました。本家とは阿弥陀さまのお浄土のことです。そして帰去来(さあ帰ろう)の「帰る」とは、家や故郷に向かう時に使う言葉でした。
 お寺のご門徒の中には、病院や施設など、長く家を離れて暮らされている方や、故郷を離れて子ども夫婦がいる都会で暮らされている方も多くあります。すでに親を見送り、お連れ合いやお子さんに先立たれた方も多くいらっしゃいます。
 そんな私たちに親鸞聖人は、「なごりをしくおもへども、娑婆(しゃば)の縁尽(えんつ)きて、ちからなくしてをはるときに、かの土(ど)へはまゐるべきなり」(同837ページ)「浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候(そうら)ふべし」(同785ページ)とおっしゃられます。
 誰もが死にたくはないし、この世を離れがたい思いを抱えながらも、必ず命が終わる時を迎えなければなりません。しかし、今ここに「南無阿弥陀仏」と阿弥陀さまがずっと先手先手にご一緒くださって、必ずお浄土に連れ帰ると告げてくださいます。
 あの懐かしい方々が先に往って待っているお浄土に、このたび帰らせてもらう。お念仏のお心を今聞いて、後に帰るお浄土を想う。家に帰るのは後ですが、後に帰る家のあることが、今の安心となっているのです。
(本願寺新報 2017年12月01日号掲載)

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