本日は、阪神大震災24周年の日。
24年前の本日、午前5時46分。阪神大震災は発生しました。
私は、東住吉区中野の実家で寝ていました。
震度2-3クラスの地震の揺れで目が覚めました。
地震かと思って目が覚めました。
そして、地震の揺れが収まり、地震は終わったのかと思った途端、経験したことのない大きな揺れ。
家が、シーソーの上に載せられ、地面に落ちた時の衝撃の揺れでした。
これ以上揺れたら、家が壊れる。手に汗握り、揺れを小さくなるように念じました。
しばらくしたら地震の揺れが小さくなり、一気に力が抜けました。
当時、11000名いた神戸大学生。うち下宿生を中心に890名が建物の下敷きになり、うち39名が亡くなりました。
六甲道駅近くでは、大規模火災が発生、全国から駆け付けた山口組の組員による「ご本家」への延焼食い止めのための必死の消火活動で、長田区のようにはなりませんでしたが、
建物の下敷きになって動けなくなった神戸大学生が助けに来た仲間に「俺のことはほっといて逃げてくれ」と叫んで、生きたまま焼け死んだ話は有名です。
テレビで、阪神大震災で子供を亡くした母親が、1日前にもどりたいと言っていました。
でも、こんな阪神大震災。日本霊能者連盟の霊能者の皆さんは、全員わかっていました。
弘法院恵正先生は、藤井寺市の自宅で、仏壇の花立が倒れるイメージがしてならなかったといいます。
此花区の永龍先生は、木造の自宅が倒壊するイメージがして、前日に、マンションへの引っ越しを完了させました。建物は倒壊。
中井涼平先生は、当日は、地震が来るのをわかっていて、朝ごはんに火を使わないようにしました。
神戸の鈴なりの明慶先生は、地震で死ぬ人がわかったので、その人に上手に言って、神戸から離れさせました。地震では亡くなりませんでしたが、その人は、3日後に、交通事故で死亡。
ひょうたん良先生は、3日前に神様から連絡があり、親類縁者・祈祷客すべてに、神戸に大地震が来るので、神戸に近づくな大阪にいとけと電話をかけまくり。
電話を受けた人で、お店経営者は、すべて、臨時休業に。
こんな感じです。
ちなみに、地震発生時、愛人宅にいて、県庁から連絡がつかず、自衛隊出動が大幅に遅れる原因となった貝原知事は、多くの犠牲者の霊によって処分。交通事故死しました。
ひょうたん良先生の大地震お知らせサービス
阪神大震災クラスの多くの人がなくなる地震が来る場合、事前に、神様から連絡が入った時点で、
ひょうたん良先生から、〇〇に大地震が来るから近づくな。〇〇に逃げろという電話が直接入るサービスです。
料金 1年間2万円。
お申し込み reisoudan@infoseek.jp
お振込み 三菱UFJ銀行 難波支店 普通5234066パソコンショップケーブル
お住まいの場所(市・区単位)と電話番号(固定と携帯)メアドをお知らせください。
お住まいの場所とお仕事の場所が離れているときには、お仕事の場所も。
http://www.reinou.jp
-----------------------------------------
追伸 当ブログのコメント欄に、
阪神大震災24周年記念日というタイトルについてかみついてきた人がいました。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1268266252
ここでのアンサーでも書いてあるように、記念日に、良いも悪いもありません。と言うのが私の考えですが、
かみついてくる人がいたので、24周年の日 と改めました。
連絡手段が電話であるが故に、市外局番が大阪市内と同じ06の兵庫県尼崎市民は、布団を被って自宅待機が良いのか、移動中のリスクを考慮しても大阪市内に逃げた方が良いのか迷ってしまいますね。
個人ブログですがあまりにも配慮に欠けた表現じゃないですか?