いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
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天皇は靖国を参拝しない。 Tenno doesn't worship at Yasukuni

2014-08-18 19:50:07 | 日記
 (1)昨年の8月15日終戦記念日に靖国参拝を自粛した安倍首相が、昨年末に突然に靖国参拝をして中国、韓国の強い反発を買った。
 安倍首相が言うように単純には極めて国内問題であり、他国の干渉など受けようもない靖国参拝の余計なお世話の話だが、中国、韓国はかっての旧日本軍によるアジア侵攻、植民地支配を煽動した軍事政権の首謀者(prime mover)が連合国側の軍事裁判でA級戦犯として裁かれ靖国神社に合祀されていることを取り上げて、首相の靖国参拝に強く反発している。

 (2)終戦記念日(8月15日)にA級戦犯が合祀されている靖国神社を参拝することは、戦争主導者、首謀者への立場、役割に対して「特別」の思い、畏敬の念を表す直接的な行動としてとらえられるものだ。
 今年の安倍首相は11月のAPECでの中国、韓国両首脳との初めての首脳会談を模索しており、当然のように今年も8月15日の靖国参拝は見送った。

 (3)首相と同じ様に靖国参拝をすれば中国、韓国からの反発が必至なのが天皇の立場だ。天皇は78年にA級戦犯(14人)が靖国神社に合祀されて以来、それまで参拝していた靖国参拝を現在まで2代にわたって行っていない(Tnno doesn't worship at Yasukuni)。

 「天皇」としての立場上の意思、見解(原爆投下、沖縄地上戦も含めて一般国民に多大な戦争被害を与えた)が受け継がれてはっきりして示されているものと理解できる不参拝行動だ。

 (4)中国、韓国にとってはこの天皇の靖国不参拝の意思、見解がありながらの安倍首相(歴代首相)の靖国参拝には、言葉には出さないが当然、国内的にも自重、自粛すべき整合性のある行動であることを示したいところではないのか。

 国内的には天皇は象徴性として現在は政治とは一線を画しているから、首相の判断、意思、行動を制約するものではないが、かっては国家統帥権のある天皇の戦争責任論もある中でA級戦犯が合祀された靖国神社への参拝をそれまでとは区別して合祀後は行わない意思、見解、行動には強い天皇の主張がともなうものだ。

 (5)このこと自体は中国、韓国にとやかく言われるような問題ではない極めて純然たる国内問題で高く評価されるものであるが、比較してパラドックス(paradox)として首相の靖国参拝の恣意性、意図、目的を旧日本軍のアジア植民地支配による被害性と合わせて、問題を鮮明に浮きぼりにする比較効果のあるものとなる。

 8月15日には「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は現閣僚3名を含めて靖国参拝をして、これまでも安倍首相はじめ歴代首相に同日参拝を申し入れてきた。
 しかし、政治的に直接かかわらないとはいえ、象徴天皇として国民の象徴的立場にある天皇が2代にわたってA級戦犯が合祀された靖国参拝を行わない「事実」をどうとらえ、理解しているのか。

 (6)国会議員の会グループは、これはこれで問題は置いといて首相は堂々と靖国参拝を行うべきだでは、つじつまが合わない。
 首相の靖国参拝を進言する国会議員の会グループは、天皇の靖国参拝を「あれ」以来行われないことをどう説明するつもりなのか。

 首相には靖国参拝を進言しておいて、しかし天皇はA級戦犯が合祀された靖国神社を参拝しない事実に向き合わないのは、この問題の説得力と説明力を欠くものだ。
 69年前の8月15日に先代天皇は当時の国家統帥権者として日本の戦争終結を宣言した。

 (7)その後も先代天皇の戦争責任論は随所で語られてきて、自身も多大な戦争被害を受けた一般国民へ思いいたるところもあったのではないのか。
 それが天皇の2代にわたる靖国参拝の不実行であり、首相もその「思い」を斟酌(しんしゃく)しての対応が求められているのではないのか。

 天皇が靖国参拝ができての環境づくり、整備がされての首相の参拝であり、過去の日本のアジア植民地支配の責任の取り方だ。

 

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