第4幕:「仁義なき戦い(後編)」
(この物語は実際の出来事を基に創作したフィクションです)
登場人物
・ミハイル:大東貿易の社長。ウクライナ出身。日本語に堪能。
・レメヤー:サービスゲームズ社の社長。
・時期:昭和39年(1964年)ころ
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前回のあらすじ
大東貿易が苦労してローヤルクラウンの風営許可を得たところ、ライバルのサービスゲームズ社がすかさずその尻馬に乗って類似の風営機種を作り始めたことを知ったミハイルは激怒し、サービスゲームズのレメヤー社長を高級料亭に呼び出して抗議した。しかし、レメヤーは一向に動じず、大東貿易がローヤルクラウンを作るまでの経緯を問いただしてきた。
レメヤー:おまさんらあのとこじゃ、コピーを研究ちゅうがですか。
レメヤーに痛いところを遠回しに突かれたミハイルの胸中に不安が沸き上がる。しかしここで弱気になったら付け込まれる。強引に逆上して見せるミハイル。
ミハイル:わりゃ、何が言いたいんじゃ! オリンピアは正真正銘ワシらで作ったもんじゃ! ワシらとてやりゃできるんじゃ!
しかしレメヤーはミハイルの剣幕にも一向に怯む様子を見せず、平静を保っている。
レメヤー:おお、不調法があったら堪忍しとおせ。わしらあ田舎もんじゃき、口の利き方をよう知らんがじゃ。
ミハイル:ほうよ。それをワレ、ケチ付けられちゃあ、温厚なワシでも怒るわ。
レメヤーは口では非礼を詫びつつも、依然として落ち着いた様子で続けた。
レメヤー:もちろん研究はメーカーには不可欠の努力じゃき、わしらあもその一環としてローヤルクラウンを見てみたがじゃ。
ミハイルの顔色が変わる。レメヤーはそれに気づいてか気づかずでか、何事もなかったかのように続ける。
レメヤー:キャビネットのフォルムもさることじゃけんど、側面の鋲が打たれてる位置までほとんどわしらあが機械と一緒じゃったき、外から一目見ただけで中の構造まで元ネタが割れましたがよ。
大東貿易のROYAL CROWN(左)とサービスゲームズのスターシリーズ(右)の側面の比較。筐体上部のデザインを変えた結果、背が少し高くなったが、胴部のフォルムと側面に打たれているリベット(赤円内)の配置はほぼ同じ。但し、最も左下のリベットは、スターシリーズ筐体にはない。このROYAL CROWNの画像は「WorthPoint」より。
ミハイルは狼狽しながらも、恫喝では突破できないと悟り、コピーではあるがそのオリジナルはサービスゲームズではなく米国ミルズ社であるとする方向に作戦を変更する。
ミハイル:た、たしかにワシらはいろいろの機種を研究しちょったからのう。ほうじゃ、アメリカのミルズの機械なんぞもずいぶん参考にしちょる。
レメヤー:ほう。ミルズ、ですがか。
ミハイル:ほうじゃ。やっぱりアメリカ製はモノが違うと感心して、大いに見習わせてもろうたんじゃ。
ミハイルは内心これでレメヤーの追及をかわせると期待した。しかし。
レメヤー:そのミルズですがのう。わしらあはミルズにカネ出して金型と一緒に権利を買うちょることはご存知ありゃせんでしたかの。
その事実はミハイルが知らないことだった。逃げ道を塞がれたミハイルは、抗議するつもりで呼び出した相手に逆に窮地に立たされた。ミハイルは、次に続くであろうレメヤーの逆襲に対してどんな落としどころを見つけたものか、必死に考えを巡らせるが。
レメヤー:のう、大東さん。あんたらあが警察から風俗営業の許可を得るまでに味わった苦労はわしらあも良うわかっちゅうつもりじゃ。あいつらあ権力かさに弱い者いじめばあする卑怯者じゃき、わしも大嫌いじゃ。
レメヤーは逆襲に出るどころかミハイルに理解を示す。ミハイルにはまだその意図が読めない。
レメヤー:そんなん相手に大東さんが新しい市場を開拓してくれたことにはわしらあもこじゃんと感謝しちゅうがじゃ。ほじゃき、大東さんにも今までの苦労に見合った見返りがなきゃならんと考えちゅうがよ。
てっきり宣戦を布告してくると思っていたレメヤーの意外な言葉に、ミハイルは困惑しながらも、それがまだどういうものかはわからないが一抹の期待のようなものが芽生えて来る。
レメヤー:そこでじゃ大東さん。わしらあ、オリンピアで大東さんと協業するちゅうアイディアを考えちゅうが、どうかのう。
ミハイル:きょ、協業・・・?
レメヤー:そうじゃ、協業じゃ。のう、大東さん。あんたらあがとこじゃ、オリンピアを月に何台生産できゆうがか?
サービスゲームズはなぜか大東貿易を正面から叩き潰しに来る気はないらしい。ミハイルはこの穏便な空気を壊さないでいる方が得策と考え、相手を下手に刺激することのないよう正直に答える。
ミハイル:たぶん100・・・ いや、当初はもう少し少ない80台くらいかもしれんのう。
レメヤー:まあそんなもんじゃろうのう。けんどわしらあなら月に300は堅いがじゃ。一方で、もともと商社でオペレーターの大東さんなら、販売と運営はお手の物ろう。
ミハイルには協業の意味の見当は付いてきたが、イメージが湧かない。
ミハイル:じゃがサービスの。一つの事業を二つのアタマで動かして、そがいに都合よく動くもんじゃなかろうが。
レメヤー:その懸念はもっともじゃ。ほいじゃき、わしゃ、おまさんらあとわしらあで合弁会社作って、オリンピア事業はそこに統合することを考えちゅう。
ミハイル:合弁会社じゃと?
レメヤー:いかにもタコにもぜよ。わしらあは作った機械をその合弁会社に納入して、おまさんらあを中心に結成する営業部隊がそれを売ったり運営したりするちゅう算段ぜよ。
確かにサービスゲームズの生産能力を以てすれば、オリンピアの展開も早いだろう。しかし、それではローヤルクラウンの在庫問題は解決しない。
ミハイル:うむう。じゃが、ワシらのローヤルクラウンはどうなるなら?
レメヤー:大東さん、こりゃあ互いの得意分野を活かしてオリンピアちゅう新しい事業を発展させようちゅう、げに太い計画ぜよ。だからこそわしらあも自前で販売や運営できるだけの営業所網を全国に持っちょるが、そこはおまさんらあに任せる言うちょるんじゃ。そんためにはローヤルクラウンはオリンピアから引いてもらわんとのう。
確かに、製造をサービスゲームズに頼る方が売れるタマは飛躍的に多くなる。しかしせっかく作ったローヤルクラウンが活かせないのも惜しい。逡巡するミハイルを見てレメヤーは付け加えた。
レメヤー:じゃが、オリンピアと競合しないところでローヤルクラウンを展開する分には、わしらあは何も言う気はないきに、大東さんが好きに作って好きに売ってもらって結構じゃ。
ミハイル:え? ほんまにええんか?
レメヤー:もちろんじゃ。ほいでもこの話が飲めんちゅうなら、わしらあは独自に機械作って独自に販売運営するだけじゃき。そうなりゃおまさんらあとは戦争になるじゃろうが、月産80台と300台がケンカして勝負になるろうか、良く考えとおせ。
ジュークボックスでは津上製作所との戦いに勝てた大東貿易だったが、それはウォッカやピーナツベンダーでかねてから付き合いのある飲み屋の存在が大きかった。しかし、オリンピアで目指す市場にはそのような味方はいない上に、今度の相手は自分たちよりも強い力を持つ同業者で、まともに喧嘩しては旗色が悪いことは明らかだ。おまけにローヤルクラウンのコピーは咎めないと言われれば、ミハイルに選択の余地はなかった。
ミハイル:ええじゃろ。わしらのオリンピア発展のために、力を貸してつかあさい。
ミハイルは、レメヤーを刺激しないよう下手に出る言葉を選んだが、オリンピアの主役は自分たちだという主張は忘れなかった。この言葉を聞いたレメヤーは、手を叩いて仲居を呼び出した。
レメヤー:おねえさん。こんな小さい盃じゃ埒明かんき、枡を持ってきとおせ。ふたつ。
仲居が枡を持ってくると、レメヤーは一つをミハイルの卓に置かせた。
レメヤー:わしらあとてオリンピア立役者の大東さんと好んで戦争したいわけじゃないがやき、わかってもらえて今日はまっことえい日じゃ。ほいたら、固めの盃じゃ。
二人は枡に次いだ酒を飲み干した。
レメヤー:ところで合弁会社の名前じゃが、大東さんの尽力に敬意を表して「株式会社オリンピア」でどうがじゃ? もちろん製品名も「オリンピア」で決まりじゃとわしゃ思うちょるが。
レメヤーは最後までミハイルを持ち上げ続けた。こうして株式会社オリンピアの設立は決まり、大東貿易とサービスゲームズのそれぞれの役割も定まった。
(次回第5幕:「仁義なき戦い(エピローグ)」につづく)
方言参考:はだしのゲン(中沢啓治)、とろける鉄工所(野村宗弘)、おーい竜馬(小山ゆう)、仁(村上もとか)
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第5幕:「仁義なき戦い(エピローグ)」
(この物語は実際の出来事を基に創作したフィクションです)
登場人物
・ミハイル:大東貿易の社長。ウクライナ出身。日本語に堪能。
・社員:大東貿易の社員。
・レメヤー:サービスゲームズ社の社長。
・社員D:サービスゲームズの社員。
時期:1965年頃
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ミハイル:諸君、重大な発表をする。サービスゲームズは、ワシらと「株式会社オリンピア」ちゅう合弁会社を作ることを提案してきよったので、ワシはこれを飲んだ。サービスゲームズは作ったオリンピアを合弁会社に納入し、その販売と運営を合弁会社の主にワシらで構成する営業部隊が行うちゅう枠組みじゃ。
一同に驚きと不安が混じったざわめきが起きる。
社員:社長、それは我々がサービスゲームズの支配下に入るということですか。
ミハイル:ワシらとサービスゲームズはあくまでも対等じゃ。大東貿易ちゅうくらいじゃけえ。
社員:ダジャレ言ってる場合じゃないですよ。サービスゲームズは何と言っているんですか。
ミハイル:この話が飲めんようなら戦争じゃと。
社員:上等じゃないですか。津上製作所みたいにやっつけてやりましょうよ。
ミハイル:そういきんなや。津上は機械づくりのプロじゃが、客商売は素人じゃった。じゃけんどサービスゲームズはワシらを上回る営業所網を全国に持っちょる同業者じゃけえ、津上ん時とはわけが違うんじゃ。それに月産80台のワシらが月産300台以上のあいつらとまともに競争して、どれだけ戦えるちゅうんじゃ。
社員:社長は悔しくないんですか? ローヤルクラウンはどうなるんですか?
ミハイル:ワシとて100%満足とはいかん。じゃが、サービスゲームズはワシらが機械をコピーしたことを咎める気はない、オリンピアと競合さえしなければ、今後もローヤルクラウンを好きに作って好きに売ったらええちゅうんじゃ。
サービスゲームズの意外にも寛容な態度にどよめきが起きる。
社員:この話で、我々にどんなメリットがありますか?
ミハイル:サービスゲームズの生産力を以てすれば、ワシらが撃てるタマの数は最初から4倍近くになるけえ、ワシらの販売益も運営益も4倍になるだけじゃのうて、オリンピアの普及も一層はようなる。ローヤルクラウンだけではこうはいかん。
社員:でも、サービスゲームズはなぜこんな提案をしてきたんでしょうね。
ミハイル:サービスゲームズは、ワシがこの話を蹴ることを恐れているんかと思うくらい、最後までワシを持ち上げちょった。おそらく、今後7号の商売をして行く上で警察と接点のあるワシらと喧嘩したくなかったんじゃろうのう。ローヤルクラウンを見逃したのも、それで仁義を切ったことにしたいんじゃろ。
社員:なるほど、よくよく考えれば悪い話ではなさそうですね。
ミハイル:ほうじゃろう。じゃけえ、これからはサービスゲームズを下請けにして儲けさせてもらうつもりでみんながんばってや。
社員:サービスゲームズを下請けか。なんか痛快ですね。
社員の得心を得たミハイル。一方、サービスゲームズでは。
レメヤー:大東貿易は、オリンピアで協業するわしらあの提案を飲んだぜよ。これでわしらあが作ったオリンピアを勝手に売ってくれる手足ができたがじゃ。
社員D:我々に経験のない7号市場の開拓に手を焼くことがなくなったということですね。
レメヤー:ほうじゃ。それだけじゃのうて、まだ海のものとも山のものともつかないこのオリンピアが例えヒットしなかったとしても、損失は太東貿易と折半できるがじゃ。まっことありがたいことぜよ。
社員D:しかしローヤルクラウンまで譲らなくても良かったんじゃないですか? ロイヤリティくらい取っても良かったと思うんですが。
レメヤー:販路を持たないあいつらあじゃあどうせ売れんき、ロイヤリティなんぞ取ってもたいした儲けにゃならんぜよ。
社員D:そうですかね。よほど安ければ買う人もいるんじゃないですか?
レメヤー:わしらあのコピーを型から何から全部新規におこして月産80台じゃあ、赤字承知のダンピングでもせんことにゃ安うできる余地なんぞありゃせんが。
社員D:それにしても、もう少し締め上げても良かったようにも思うんですが。
レメヤー:おんし、わかっちょらんのう。交渉ちゅうんは相手に利益があると思わせるのが上策じゃ。わしらあにとっちゃこんまいローヤルクラウンの利益を放棄するちゅうただけで、あいつらあ涙を流さんばかりに喜んで従ってきたがじゃ。
社員D:ローヤルクラウンと言うエビで鯛を釣ったってことですね。
レメヤー:そういうことじゃ。わしらあにとってはメリットの大きいこの話も、あちらあは別に損をしたと思っちょらん。これが交渉の極意よ。
社員D:なるほど。でも、オリンピアが大ヒットしちゃったらちょっと惜しい気はしますね。
レメヤー:そうなったらわしらあで独自にオリンピアを販売運営すればいいだけじゃ。別にわしらあがやっちゃいかんとは決めちょらんきにの。
こうして株式会社オリンピアは立ち上がったが、なぜかその活動の詳細は後世にあまり多くは伝わっていない。初代のオリンピア機こそ株式会社オリンピアの名で頒布されたフライヤーが残っているが、その後に発売された「ニュー・オリンピア」と「オリンピア・マークIII」は、筐体にこそ株式会社オリンピアのエンブレムが掲示され続けたが、タイトーは「太栄商事」、セガは「セガ・エンタープライゼス」としてそれぞれ独自に販売、運営を行っていたように見受けられる。
オリンピア機が現場で稼働したのは1960年代後半から1970年代後半の10余年に過ぎなかった。その後の回胴式遊技機は新要件機の「ジェミニ」(関連記事:「アメリカンパチンコ」・ジェミニ)に引き継がれ、以降現在のパチスロに至る。
1968年、タイトーはローヤルクラウンを米国に向けて売り出そうとしていたが、広く普及したという話は聞かない。現存するローヤルクラウンは、海外のコレクターからセガ製、またはミルズ製と誤解されているケースも見られる。
最終回「オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(5):ファクトチェック」につづく。
方言参考:はだしのゲン(中沢啓治)、とろける鉄工所(野村宗弘)、おーい竜馬(小山ゆう)、仁(村上もとか)