malのあっちこっちブログ

山・旅・料理。。。

気ままに、気張らず、、出来ることを、、、

想い出・・・飛び魚すくい&富士山

2010-04-30 09:07:47 | Weblog
PCに溜め込んだ写真を整理した。



アタシのPCは使い始めて5年くらい経つ。

FMV-BIBLO NB20D/Aというやつだ。

容量の関係と思うが、重くて機動性が悪くて仕方が無い。

Pが「いらないものを捨てないと・・・」って言うのだが、プログラムに入っている

「いらないもの」っていうモノがわからない。

故に、溜め込んだ写真をセッセとCDにバックアップするしかない。



この間、それをやった。

山行の写真、オフ会の写真、旅の写真、日々の写真と心ばかりの整理をした。

そんな時、「飛び魚すくい」の写真が出てきた。

沢山の友人にこの話はしてきたので、ご存知の方も居るかもしれない。

マア、遊びとしては結構面白かった・・・部類に入る。




実はこの遊び、御殿場に住む仲良しご夫婦に教えてもらった。

今は直接お話しする機会があまり無いが、山友のブログに時々顔を出したりするようだ。



この時、このご夫婦は二人で数匹しか獲れなかったらしいが、私達の時は大量で船頭さんが

「もう帰りませんか?」と聞いてきたほどだった。




船尾に陣取った他のご夫婦と私達の4人で100尾を超える飛び魚を掬い上げた。




釣果を2組に分配した1組分の写真がコレである。



その日に予約していた民宿に持ち帰って調理していただいたのが5匹、Pの実家と自分用で25匹くらいを

持ち帰って、残りは船に残してきた。


釣果が出ない時は一時間くらいは遊ばせてくれるらしいが、この時は30分で引き上げとなった。



こんな船で出掛ける。



そうそう、場所は西伊豆の戸田港である。

地域振興の一環かとも思うが、漁港と民宿とがタイアップするような形で行なわれてる。

ただ、出船から帰港まで2時間足らず、9時には終わってしまうので、そのまま帰る人たちも多い。

料金は3年前で、二千円だった記憶がある。かなりリーズナブルな遊びだ。






そのときのPだが、自責の念も込めて、この写真を掲載する。





その当時、低山によく行っていた。

乾徳山か瑞牆山から撮った写真だが、この時の富士山の美しさは忘れられない。






アタシはそれ程でもないのだが、Pの富士山に出会ったときの喜びは図抜けている。

一緒に山を歩いたり旅をしていて、毎回のように富士に出会ったときの反応を見ていると

良く話しに聞く先祖がえりを思い出す。

そのくらい、富士が好きだ。

父親・・・それぞれの人生

2010-04-29 12:31:19 | 日々のこと
アタシの父は昭和20年5月19日に急性肺炎で他界した。

当時、父は寺の住職として市内の小高い丘の上の寺に住んでいた。

戦争も末期となり、頻繁な空襲の中で、寺の白壁が攻撃目標になり易いという申し入れがあり、

その白壁にコールタールを塗ったらしい。

その無理が重なって調子を崩し、寺のあった市が空襲を受けている最中、皆が見守る中で息を

引き取った、と聞いている。

なんでも40歳を過ぎてから出家したらしいので、余程の道楽者かなんかだろう・・・。






今日のシクラメン



一方、P父は御歳72にして娘似の立派な体格をしている。

若い頃はラグビーと山へも行っていたらしい。

この方は無類の風呂好きで、この点も娘と同じである。





明日は咲くか?・・・マーガレット




とにかく時間があれば健康ランド、サウナ、銭湯に行っている。


持病に糖尿がある。

ご承知のように糖尿にはカロリー制限がついて廻る。しかし、この方、外食と買い食いが大好きなのだ。

要するに食べる事が好きなのだ。

これも娘と同じだ。

しかも、外で物を買うとき「一つ」・・・と言う単位では買えない。





ビオラ・・・数ある中で元気に咲いている


何故、一つでは買えないのか?・・・と言う話題は始終会話のタネになるが、優しいのだろうと思う。

孫が二人居て、コンビニなどに買い物に行く。

孫達が欲しいものは一つか二つのモノなのに、おにぎり、やら、そば、やら、うどん、やら・・・

を買い込んでくるなんて事は日常的に起こる。





ナスタチウム・・・冬でも咲いてくれた強いヤツだ



頼まれたり、薦められたりすると断れない優しい父親なのである。



このP父がこの間、糖尿で入院していた。

まぁ好き勝手やって、2年に一回くらい入院するので、年中行事と言えば言える。

入院してすぐに病院から電話が掛かってきた。

「お父さんの携帯番号教えてください」と言っている。

脱走である。

サウナか、食事かなのだろう。




ネモヒラ・・・今が盛りで、どんどん芽をつける、可愛いヤツ



また、この方非常に寂しがりやでもある。

一人で病室にいるのなんて耐えられない。

娘にも泊まってゆけ、なんて言うらしい。



つい一日か二日前、伊豆の花屋さんから電話が掛かってきた。

「頼まれていたサツマイモの苗が今日入荷したんですが、お取しておきますか?それとも次回の入荷にしますか?」

P「次の入荷はいつですか?」

花「15日です。」

P「その苗は、どのくらい日持ちするものですか?」

花「一週間というところです」

P「頼んだのは何本ですか?」

花「百本です。」


P「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



サツマイモの苗一本にどのくらいのサツマイモができるか知っていますか?

伊豆に来た事のある友人達は、その畑?みたいな場所が、どのくらいのスペースかはイメージできると

思うのですが、、、

せいぜい10本あれば十分すぎる数だと思う。

でも、恐らく5本とか10本単位で売っているだろうサツマイモの苗を、その最小単位で頼む事が

できなかったP父なのである。

花壇を潰して畝を作り、サツマイモの苗を植えれば、秋から冬に掛けて伊豆の町々で焼き芋やさんが

一軒増えるに違いない。




テッセン・・・二日前に咲いたばかり

リハビリで散歩(八重桜)

2010-04-28 08:07:11 | 日々のこと
快晴の月曜日、郵便局に行く用事があったので、少し遠回りをしてみた。

昨日のハイクで張った筋肉をほぐしながら歩きたかったからだ。。。




何か用事で出掛ける時って、自分は最短距離を頭の中で描く。

男って、割とこういう思考を持っている人が多いと感じているが、どうだろうか?



その点、女の人はどんな思考を持って目的地へ行こうとするのだろうか?

1・行ければいいで、適当・・・・・・派?

2・思い込みで、ワンウェイ ・・・・・派?

3・緻密で、最短距離・・・・・・・・・派?

貴方はどっち?



アタシの身近に居る方は<1>ですが、、、なにか?


時々<2>に変貌する時があるが、これが怖い。

自信を持って<北>と指す方向が<南>であることが多いからだ。。。




まあ、そんな男の習性を意識しながら遠回りをしてみた。

距離にして3~400mも歩いただろうか、目の前に



八重桜が咲き誇っている場所に出た。



実はアタシは住んでいる街には、駅前から続く桜並木がある



その季節になると、桜祭りなる催しが開かれ露店が出たりする。

春秋の盆踊りも行なわれる。駅前にあるスーパーの駐車場で櫓が組まれる本格派だ。

こうして考えると日本人って祭りが好きな民族だと思う。





話を戻す、駅前の桜並木だが、これは全てソメイヨシノの桜並木だ。

勿論、いまでは全て葉桜となって、落実が道路を染めている。

だから、もうこの地区には桜は咲いていないと思っていた。








でも、さくらは



咲いていた。



ここは大手企業の専用グランドだった。

野球場とテニスコート、クラブハウス、専用駐車場・・・

なにより、その行き届いた手入れに驚いた。

グランドは下より、植栽、駐車場に至るまで徹底して手が入れてあった。

フェンスの外からでも十分楽しめたが、せめて平日だけでも開放されたら地域住民にとって

素晴らしい憩いの場所となるだろう・・・って感じた。












動物(犬)を飼っていないアタシには散歩をするという習慣がないが、たまには遠回りも楽しい・・・

って感じることができた月曜日だった。

健康診断

2010-04-27 08:37:38 | 日々のこと
山友の健康診断のブログを読んで、アタシも自分の恥を晒す事にした。

去年は色々な事情があって受診しなかったが、一昨年は評価Aだった。

つまり、全てがAだったということだ。。。



元来、健康優良で育ってきたアタシは、健康にはそこそこ自信がある。

何よりの証拠には、少々傷んだものを食べても、身体の調子に変化は無い。



このことを、ただ胃腸が強いだけ!と、言う人がいるが、、、なにか?




20数年前、健康診断の便潜血反応で精密検査となった。

健康には自信があっただけに、ちょっとビビった。

内視鏡検査を受け、ポリープが見つかり、その場で切り取り病理検査に回された。

後日、受診者全員が同じ日に呼び出された。待合室で待っていると、ナースが来て、

「これから名前を呼ぶ方は診察室にお入りください。先生から直接お話があります。」

「名前を呼ばれなかった方は、その場にお残りください。検査結果をお渡しします。」

この言葉で待合室は水を打ったように静かになった。



そして、一人づつ名前を呼ばれて診察室へ入って行った。



幸いにもアタシは名前を呼ばれず、その後の健康診断でも便潜血反応で陽性にはなっていない。

どうやら、その当時の便潜血反応検査では、歯茎からの出血と便潜血との見分けがつかなかった時代らしい。



今は検査水準も向上しているはずなので、そんな事もないと思えるだけに山友のことが心配である。





っで、今回の健康診断だが、なんと「肥満ちゃん」の称号をもらってしまった。





Aだらけの中でCが三つ。

1は視力。確か2年前は両目で検査した結果が0.8以上だったのでA評価だったと記憶している。

まあ、元々近視で乱視だから矯正していたわけだし、今はそれに老眼が入って良いバランスを保っているわけで、

片目づつ物を見るなんて事はしない訳だから、どうでもいい話・・・でもある。




問題は二つ目三つ目の「肥満度」と「BMI度」である。

BMI度は分るけど、肥満度って言う呼び方はなんなんだ、、ったく失礼な。。。



まあ、とにかくこの肥満度ってやつが、参考基準値-10~10%に対して、ナント16.3%あったらしい。

某山友が、アタシの肥満は内臓脂肪だと言っていたが、この数値、一年で減らせるだろうか?




BMIの基準値が18.5~24.9に対して25.6。

これは有酸素運動と食事制限でクリアーできるが、にくたらしい肥満度が問題だ。。。






綜合検査の所見でも、減量に努めろ・・とか、食生活の改善・・とか、生活習慣の改善・・とか、

カロリー過多・・とか書いてある。



そんなことは分っているし、できれば苦労しない。

なんでもアタシの標準体重は69.2kgらしい。

32歳で70kgを超えて以来、特殊な状況下以外で70kgを切った事が無いアタシがこの標準体重で

健康なのだろうか?



そんな独り言をつぶやきながら、日々努力を怠っている毎日である。

蕎麦粒山(誰も居ない破線コース)

2010-04-26 13:08:13 | ハイク
好天が予想される日曜を選んで裏奥多摩へハイクに行った。



ハイクと言っても、この2~3回はロングが多いので4時起き。

7時25分のバスに乗りたいので、5時12分の電車に乗った。

この時間のバスでも1台では乗り切れず、臨時が用意された。



今日の目的は、川乗橋からの蕎麦粒山への破線コース。

バスを降り、林道を歩く。取り付きは左なので見ながら歩くと・・・



「あった!」注意していないと見落としてしまいそうだ。

歩き始める準備をしている脇をバスの乗客が通り過ぎてゆく、百尋の滝は川苔山に行く人たちだろう。




目の前に登山道?らしい道があった。山の斜面と何が違うのか?恐らく路面の固さ、だけだろう。






しかし、尾根に乗ると明瞭なルートが出てきた。

快晴のこの日、疎林から望める山々の景色がとてもいい。



ここの登山道の雰囲気はかなり良い。。。



歩き始めて早い時間に、山の肩の向こうに真っ白な富士山が見えた。



青空がまぶしい。。。




やがて、笙ノ岩山に着いた。



高度差では三分の二、距離では4割と言うところか・・・



三つドッケ(天目山)も綺麗に見える。



振り返ると、大岳山も



右には川苔谷の向こうに川苔山が





気持ちよく尾根を歩いていたのだが、





笙ノ岩山(1254m)を過ぎ、緩やかに下り、登り返して1280mの尾根に乗った頃から

踏み跡が不鮮明になった。

ほぼ真っ平な尾根を進んでゆくと、突然尾根が切れて斜面になった。地形図を出して方向を確認し、

樹林の隙間から蕎麦粒山を確認すると確認できた、が、ルートが無い。

戻って尾根道を探すも見つからない。

山も見えているし、斜面も十分行動できそうだったので、北へ向かって尾根を下り登り返すと

そこに尾根道があった。

再度、地形図を確認すると、もう少し戻ったところから左に向かって尾根が分かれているようだ。

見通しが利く、広いところこそ迷い易い・・・という山の常識にまんまと嵌ってしまった。




道草を食ったので先を急ぐが、ここからが長かった。道迷いでモチベーションも下がったが、

それでも長かった。



この鳥屋戸尾根は長沢背稜とはほぼ直角に交わる形で、ピークには後ろから忍び寄るような格好で入る。



山頂で、この日初めて登山者と出合った。

飯能方向だろうか、霞んで見えた。




長沢背稜を東に進む。





石尾根と良く似た尾根だ。


しばらくこんな尾根道を楽しんでいると、Pが

「人が歩く為にこの広さって、チョット贅沢じゃない?」って言った。

「何の話?」とアタシ。

「この尾根の幅が人が通るにしてはチョット広すぎないかなぁって・・・」

あのなぁ~お前なぁ・・・さすが、このお方、大物中の大物である。





そんな長沢背稜も日向沢の峰を通って踊り平で終わる。



ここからは勝手知ったる川苔山や本仁田山への道、ひたすら鳩ノ巣駅に向かって進む。

春先の強風による影響は色んな形で現れていると思っていたが、この川苔山への登山道の被害は甚大だ。





この一ヶ月の間に奥多摩や陣馬で見たどんな被害よりも酷い。

根こそぎ倒れた木が道を塞ぎ、大きく迂回しなけばならない場所もあった。




途中、膝にきていたが、後半は持ち直して無事鳩ノ巣の集落に到着。

真正面の山の山桜が綺麗だった。



線路の写真を撮って、本日の山行は終了。





このコース、かなりお気に入りのコースとなった一日だった。

旅 ・ おまけの話。。。

2010-04-25 04:31:04 | 
三月に関西・四国・中国を廻った時の話。



香川でUDONツアーをしたことは、既にブログには書いたが、その時、「旨いチャーシューが

あるんや・・・」って、連れてってもらった店が、、、



「焼豚P」・・・

イヤイヤ、これって店の名前じゃなくて駐車場の表示なんだけど、、、これにはウケた。

幸いにも焼き豚はまだ出来てなくて手に入らなかったが、残念でもあり、喜びでもあった。



その夜の友人宅での宴会では手料理と刺身盛り合わせと寿しを御馳走になったのだが、その寿しの中の

太巻きが凄かった。



一体全体何種類の具が入っているのだろうか・・・

玉子・サーモン・まぐろ・いさき・赤身・白身・飛子などなど。。。

こいつは正直すごかった。



UDONツアーの合間にしだれ桜を見に行った。



なんでも個人のお宅の敷地内に植わってあるものだそうだが、有名であるくらいだから敷地内に

納まっているようなチャチな桜じゃあなかった。



今回の旅は行く先々で友人宅にお世話になったのだが、岡山ではホテルを取った。

香川から岡山について、さあどこに止まろうか・・・と、駅構内にある案内所に行くと、

今日の岡山は混んでいると言う・・・テント・シュラフを持っていればどこでも寝ちゃうけど、

そういうわけにも行かない。

「ももたろうセンター」なる案内所を紹介されたのでそこに行ってみた。

安い部屋を・・・と、探してもらっている時、ふと脇を見ると



こんな猫が、稲穂と鯛と打ち出の小槌を持って立っていた。

なにか意味があるんだろうなあ・・・?

豊作?目出度い?お金が儲かる?・・・おいおい欲張り過ぎだって。。。



宿も決まり、荷物をデポして倉敷に向かった。

もう何度目の倉敷だろうか?

ここの棟方志功館と浜田庄司などの焼き物が展示してある建物がいい。



35~6年前には駅前に「ピルゼン」と言うJAZZが聞けるショットバーもあった。

ここのマスターとは、青春のある時期、新宿のcatという店で同じ空気を吸っていた。


そんな想いのある大原美術館前で



マスクをかけた怪しいオヂサンと焼〇Pの記念写真。

このあと、香川のおぢちゃんのオススメで焼きたての「むらすずめ」を買いに行く。

あんまり興味が沸かなかったアタシは、ショーケースの中に居たふくよかなこちらの方に



興味があったので、そちらをパチリ。

あとで良く写真を見たら、右側に写っている茶道具がなかなか見事だった。



この旅では、行く先々で桜の開花時期と重なり、思わぬ至福に預かる事が出来た。

旅の最後に寄った醍醐寺でも見事な桜にお目見えできた。



駅に着いたときには、霙のような雨が降り始めていたのだが、朝食を摂っている間に雨は上がり、

醍醐寺で見始めた頃には陽も射しはじめるという幸運に恵まれた。



湯治の旅ならイザ知らず、旅行で雨ではテンションも下がってしまうが、今回は友と酒と天気に恵まれた

記憶に残る良い旅だった。

ある日の散歩・グルメ編

2010-04-24 10:21:26 | グルメ
我が家は一年365日の内、家で朝食を食べる限りパン食である。

基本的に平日は、パンと珈琲とヨーグルト。

休日は、これにイモリンベー(じゃがいも+りんご+ベーコン)を塩コショーでソテーしたものが付く。

この日は、金曜に健康診断をしてからPと待ち合わせの時間までに買い物をしたチーズを出した。



瓶詰めのジャムはお手製のママレードとイチゴジャム。

ベーグルにクリームチーズをのせてジャムで食べる。

トマトは買ってきたヤギのチーズが良く合う。

この日はベーコンがないのでソーセージでイモリンソー。

朝はあまり食べられないPと、朝からガンガンいけるアタシとではペースが異なるが、こんな休日メニューが

大好きな二人である。





朝食後、歩いて15分ほどの所にあるイベントスペースで、イタリア展なる展示即売会のような、

催しがあると言うチラシが入っていたので、行って来た。



会場には、ワイン・パスタ・オリーブオイル・食器・小物と置いてあった。

ワインは最低価格が1570円~・・・

今の時代、ワインは安い価格で沢山の種類の中から気に入ったものが選べるので、この価格設定からでは、

興味がなく、買わなかったが、沢山の人が複数のワインを買い求めていた。

結局、1時間ほど見て廻ったがトマトソースの瓶詰めとパスタグラノーラとクッキーを焼くお皿を買って、

締めて1500円ほどだった。



期待はずれで、多少意気消沈してブラブラと歩いてゆくと



驚いた、この町に萱葺き屋根の家が残っているなんて・・・

見ると、塩とかタバコを売っていたらしい。昔は専売品だったものだ。

これに酒類販売はついたら、鬼に金棒・・・の時代だったはずだ。

いまでは、この裏に東名高速(後ろに見えている)が通り、この地区はマンションよりも戸建が多い

いわば高級住宅地になっている。



坂道を緩やかに登ってゆくと前から入ろうと思っていた店が見えてきた。

丁度昼時だったので、入って注文した。



ハンバーガー(HB)、コールスロー付と



ダブルチーズバーガー(DCB)だ。



当然、DCBはPが注文した。

曰く「ダブルチーズ」だからチーズが2種類入っていると思ってた、まさか、ハンバーグが

ダブルだとは思わなかった・・・とか。。。

ある日の昼ごはん(カタヤキソバ考察)

2010-04-23 07:57:32 | 日々のこと
基本的に麺類の好きなアタシは、麺と名がつけば何でもいいか?って言うとそうではない。



蕎麦は冷たいものが良いし、UDONは香川に限る。

そして焼ソバはカタヤキソバが一番スキだ。



カタヤキソバに酢をタップリ掛けて食べる、こいつぁ止められない。

あそこの餡かけが旨い、ここの餡かけが旨いと良く食べに行ったが、まさか自分で作ろうとは

思わなかった。



何故か?カタヤキソバを売っているのを知らなかった・・し、旨そうじゃなかったからだ。


しかし、リクエストされれば出来ない・・とは言いたくないので、カタヤキソバを買い求めた。

残念ながら、注文者に食べていただくチャンスはなかったが、自分で食べる事にした。

イカだのエビだのを入れて作りたかったのだが、食材が大量に残ると後が面倒になるので、

使える野菜と常備品の豚バラを入れて作ってみた。



餡かけを作るだし汁の量が難しくて、少なくなってしまい失敗作だったが、中々どうして

良い味にできた。約束通り酢を一杯掛けて食べた。


奈良・なら・奈良

2010-04-22 07:17:45 | 
奈良に行くと必ず歩く道がある。

転轄門あるいは焼門前から東大寺と大仏池の間を通って、まっすぐ二月堂に向かってゆく道だ。

この坂道は絶好の二月堂のビューポイントに当たるため、絵を描いている人や写真を撮っている人が沢山いる。

今回は夕暮れ時だったためにそういう人たちは既に去った後だった。



鴟尾が夕日に金色に輝いていた。



この坂から見上げる二月堂は、本当に絵になる。




夕暮れの二月堂に上がってみた。



暮れなずむ平城京が美しい・・・



沢山のカメラマンが、ワンチャンスのその瞬間を望遠で狙っていた。

一人物思いに佇む旅行中の女性がいた。



奈良に来ても逆にあまり寄らない場所がある。

東大寺南大門だ。

まあ、いわば観光のメインルートと呼んでもいい場所だけに、いつも人が溢れているイメージがある。



今回は時間も時間だったし、平日ということもあって人が少なくて幸いした。

こんな事をやっても、笑われることなく行過ぎた。

脚の位置が違っていても、そこは初体験ゆえに許されよ・・・



しかし、この南大門、とてつもなくデカイ。

大仏殿も勿論大きすぎるが、この門もデッカイ。

仁王像も体高は7mほどもあろうか・・・

どんな工法でこれらの建物を建てたのか・・・?

見ているだけでも、決して飽きる事は無いのだろう。。。






東大寺と言えば、それに対抗する興福寺も大寺だった。

今その一部を復元中ではあるが、その元敷地内には県庁を始め、沢山の建築物があるため、その広大であった伽藍は

想像するしかない。

この興福寺の五重塔は高さが50mあり、確か今の日本では一番高い。

故に割りにどこからでも見ることが出来るが、周りに現代の建築物があるため、その天平の佇まいを想像できない。

そんな五重塔が美しく見える場所がある。





池越しに眺める五重塔は美しい。

この場所は奈良ホテルの北側にある荒池越しに撮ったものだ。



今回はさくらの開花時期とも重なり、より情緒的な写真を撮ることが出来た。



池に浮かぶ鴨も絵になる。




この道を南下して福智院北と言う交差点の手前に、とある喫茶店がある。

甘味も扱っているし、軽食も摂れるので便利だし、なによりこの場所まで歩人が少ないので、

比較的空いている。

この店の最大のオススメは、窓越しに入る光線だ・・・

気取って言ってるんじゃない、本当に良いのだ。但し、真ん中にある大テーブルに座る必要がある。

今回は店に入った時案内の人が居なかったので、案内される前に座ってしまった。



頼んだパフェも



出てきた珈琲も



落ちている花びらさえも・・・奈良、、、って感じませんか?




昨晩は、ならまちにあるフレンチで夕食を食べた。



予約をして行ったのだが、久し振りにゆったりした時間の経過の中で食事をする事が出来た。

大和棟の民家を上手に改装して使っているのだが、しつらえ、サービス、雰囲気、料理、盛り付け・・・

どれをとっても価格以上のお値打ちだった。



奈良を歩いていると、古い民家を改装して店舗として使っている店を良く見かける。



このお店は自転車屋さんではない。

一泊3500円くらいの宿泊施設だ。貸し自転車も併設していてこんな看板を出しているのだろうが、

結構な手間が掛かったサインだと思う。

このお宅、中室(ナカムロ)さんと言うらしいが、珍しい姓でもある。


こんな彫り屋さんもあった。



滋賀県の女子高校生が修学旅行で奈良に来て、奈良の中学生を見て「元気だなぁ~」と感じた・・・らしいが、

だから、この彫り物は、、誰が、誰のために彫って、っで、どうしたいの?って思った。



締めくくりは、奈良のスィーツにしたい。

ならまちに「佐久良」という葛きりを食べさせてくれる店がある。



ここも古い家屋を改装して使っている。

すれ違えないほど狭い店舗と、その奥に10畳ほどの座敷があって、そこに4席ほどの座卓がある。

掛け軸、テーブルクロス、座布団、トイレに至るまで手入れが行き届いていて満足できた。

もちろん、ここの葛きりは旨い。

奈良・山の辺の道(北部)

2010-04-21 08:54:47 | 
分りにくいといわれている北部の山の辺の道も歩こうと考えてみたが、時間的にあまり寄り道を

していることが出来そうに無い。

観ながら歩く・・・と言う行動で、時間が無いのは致命的だ。



それなら歩くを主にして、観るを従に置こうと決め、帯解から奈良まで歩く事にした。

当初の考えでは、帯解駅から弘仁寺、正暦寺、円照寺、白亳寺と歩いて新薬師寺や入江泰吉写真館を見て、

春日大社の原生林を歩いて二月堂を下り、転轄門を廻って帰る・・・なんていうコースを考えていた。





何年か前からJR奈良駅は改装が進められていた。

あの古い駅舎が奈良には良く似合ったのだが残念だ。

遷都1300年に合わせているのだろうが、この工事まだ終わっては居ない。



カラフルなホームで電車を待つ。

奈良~京終(きょうばて)~帯解(おびとけ)と2駅で着く。

古都、奈良の地名は、正直読めないし、いちいちその理由が知りたいと思うものばかりだ。



こんな道標に従って歩いてゆくと、バス停があった。

なにげに見ると・・・



「・・・・・・・・・・・・」

これでも路線バスなのだろうか?

走っているのだろうか?

走る必要があるのだろうか?

・・・・・公共サービスというものの限界を感じた。



今日の目的は歩く事、でも路線上にある円照寺は寄り道してゆく事にした。

大和三門跡寺院の一つである。残る二つは中宮寺と法華寺である。

門跡寺院とは皇室またはそれに準ずる方々が代々門主を引き継がれてきた寺院と言う事で、

ここ円照寺は境内の参詣は出来ない。

華道の山村御流の家元でもある。



良く手入れされた石畳の参道を緩やかに登ってゆくと、やがて門前に至る。

しかし、ここから先は入る事が出来ない。

遠目から拝見させていただいた。



非常に良く手入れされているのが感じられた。

境内の小砂利にも、しっかり熊手で刷毛目がつけられていた。






参道途中に山越えでのショートカット道があったので、そっちに向かった。

藪の道を登ると、竹林の間に無縁仏の集合地があり、きちんと手入れされていた。

恐らく円照寺で手入れされているのだろう・・・

林業に従事されているらしい人が作業をしていたので、道路から離れないように裏山を下ってゆくと



崇道天皇八嶋陵の前に出る事が出来た。



ここは天皇陵と言う事で宮内庁によって比定され、厳重に管理されている。



さあ、先を急ごう・・・

車が通る街道は歩く人にとっては鬱陶しい。

この辺りまで来ると、とにかく北へ向かって歩けば奈良市内には黙って着く。

車道を離れ、カラスの鳴き声を聞きながら鹿野園町、南紀寺町を歩いてゆくと奈良教育大学のある

高畑町に着く。

ここを右に取れば、新薬師寺や白亳寺に向かう事ができる。

まっすぐ進めば春日の森、左に下ればならまちに入る。



奈良という街は、あまりにも史跡・遺跡が多すぎて紹介しきれないものが沢山あると思う。

だから、奈良に来たら歩いてみないとその良さが分らないと思っている。

2年前の冬、白亳寺に来た事がある。

帰りにまっすぐ下ってゆくと



あの宝蔵院流十文字鎌槍の宝蔵院覚禅坊胤栄の墓である。

「バガボンド」でお馴染みの名前だ。

宝蔵院と言えば、奈良国立博物館の敷地内に宝蔵院跡地と言う石柱を見た記憶がある。







墓地の一角、竹に囲まれた苔むした場所にそれはあった。

無数の地蔵仏が置いてあった。

新免武蔵が関が原に参戦したのは、17歳の頃、それから10年後として1610年頃の話になるから、

丁度400年の時間が過ぎたことになる。

幾多の人がここを訪れ、胤栄の冥福を祈って寄進していったものだろう。