malのあっちこっちブログ

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EGYPTへの旅・・・最終章 (MOSCOW)

2010-12-21 21:14:24 | 
この旅の航空会社はAEROFLOTを使った。

もちろん一番安価だったからなのだが・・・

その段階で、帰りのシェレメチェボでのトランジットタイムが14時あることが分かっていたので、VISAを取ってモスクワ市内へ行くことにした。




何年か前にいつものようにザックでの旅行中、成田でザックの紐が切れて出てきたことがあった。
すぐに事故証明書を発行してもらって保険で修理をしてもらったのだが、面倒なのと時間がかかる。
それで、それ以降ゴミ袋に入れたり、ビニール袋に入れたり苦労してはいるのだが、カイロ空港では、盗難防止や汚されたくない人達のために、バッゲージをラッピングしてくれる商売があった。

一個300円なのだが、喜んでラッピングしてもらった。
日本でも空港でこんなサービスがあっても良いと思うけどなぁ・・・
一ヶ所だけタグカードを付けるための「穴」が必要なので、忘れずに。。。


20時過ぎにカイロ空港を出発した便は、早朝の6時半頃シェレメチェボに到着した。
モスクワ市内へは、バスで行こうか、電車で行こうかと迷っていると、明らかに私服と思われる男性がやってきて、どうしたの?って聞いてきた。
聞いてみると、バスは駄目だから電車にしろ、と言う。
電車だと、モスクワ市内の終着駅まで30分で着く。迷わずこっちを選んだ。

混沌と無秩序のカイロから、秩序と重く垂れ込めた空のモスクワ・・・
わずか4,5時間のフライトで、環境が大きく変化して少々戸惑った。

快適な空港エクスプレスでノンストップで終着駅に到着した。


ところが、ここで問題が起こった。
地球の歩き方に書かれている終着駅と着いた駅が違うのだ。
因みにモスクワで英語表記の案内などを見つけるのは、かなり難しい。
本に載っているロシア語表記の駅名と終着駅を見つける作業で結構時間がかかってしまったけど、なんとか分かって地下鉄に乗り換えた。
モチロン、何人かの人に聞いてみたが、この地ではほとんど英語が通じない。
地下鉄で方向違いで行ったりきたりしたものの、何とかモスクワ中心部の目的の駅に到着した。


小雨がぱらつき、用心して着込んできたものの、時間差6,7時間での温度差20度はきつい。
早々にどこかに逃げ込もうと、マックにしようか、どこにしようかと話している内にSUBWAYを見つけたので、そこに入った。
ワールドチェーン店に入るとホっとする。
店の造作からサービズで共通だからだ・・・が、ここモスクワのSUBWAYはちっと違う。。。
英語は通じないし、客に対する思いやりと言うか、凡そサービス精神なんてものは持ち合わせていない感じがする。
全然暖かくない店内で、予想とは違ったオムレツサンドを食べて、クレムリンに向かった。

こんな景色や

あんな風景を見ながら、15分ほどでクレムリンに到着。

外周を歩いてチケット売り場に向かう。

チケットを購入して、いよいよクレムリンの内部に入る。

隣に立っているのは中国人の団体なのだが、まあその騒々しいこと、、、元気なのは彼らだけじゃい。。。


こんな建物や

大統領府があったり・・・

こんな教会や

あんな教会

そんな教会などがあり

大統領府がドーンと構えていたりするのだが、、、

こんなデッカイ鐘があったり・・・
因みにこの鐘、欠けている方だけで11トンもの重さがあると言う。。。

周りに例の団体が陣取っていて、写真を取るのが大変。。。

金の葱坊主がかわいい教会

様々な教会が建っていた。



独特な入り口

ロシア正教はイコンが多いのだが、入り口もまたそうだった。

窓の格子が美しい





内部はどうやら撮ってはいけないらしいのだが、注意を受ける前に、、撮っちゃった。

それなりの方が眠る廟

外観と

入り口

そして、勢ぞろいした葱坊主



手の込んだ入り口

さしずめ、ロシア版なまこ壁か・・・

でも、このフォルムは美しい

モスクワ川のゲート

モスクワ川

さあ寒いからボルシチを食いに行こうぜ。。。

外に出た。

こんなブロンズ像が至る所にある。

スズメって、世界共通なの?

これが「赤の広場」

レーニン廟

聖ワシーリー寺院と

その対面にある建物

この寺院は一番ロシアで有名かもしれない。



赤の広場のクレムリンの正面で工事をしていた建物の仮囲い。
場所を意識した良い計画だと思う。

結婚式だろうか・・・



そんなこんなと、クレムリンと赤の広場を見て歩いて、ボルシチを食べに行く。

この閉まっている門が入り口なのだが、ここが見つからなくて雨の中を右往左往してやっとこの店を見つけた。

この店で食べた、サラダもビーフストロガノフもボルシチも、、、旨かったことは言うまでも無い。

小雨の中を、若者に人気だと言うストリートを1時間ほど歩き、地下鉄の駅の入り口が分からなくて、あっちの線、こっちの線と行ったりきたりしてやっと電車の駅に到着、
ここでも乗る電車が分からなくて右往左往、若い女性に聞いたらロシアに来て始めて位に通じて、なんとか電車に乗れた。




観光立国のエジプトから、広大な大地を持つロシアに入って、その人々と環境の成り立ちのギャップに悩まされつづけたモスクワの14時間だった。。。。。


終わり。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



EGYPTへの旅・・・25 (CAIRO)Old Cairoとガーマ・ムハンマドアリ

2010-12-19 15:00:09 | 
カイロでは、チョットいいホテルに泊まろうか?なんて話で色々探してみたのだが、経済的と言われる一泊1500円から3000円くらいのホテルから、いきなり25000円を超す高級ホテルとなり、6000円くらいから10000円くらいまでの中級ホテルが全然無い。
あっても、ギザだったり、かなり離れたりでアクセスを考えると、3泊程度だったらここでもいいか・・・ってことで、結局Sara Innにズーっといた。
ただ、2日目からは事実上のプライベートルームに変更をしてもらったけど・・・

ホテルの窓から
                
                入り口前の道路を覗く

こんな感じの道沿いにあった。洗濯物が面白い。。。
           
           炭焼きの店で食べた
ケバブと
           ラムチョップ
           
この店は旨かった。。。



さて、帰国前日にオールドカイロからハーンハリーリまで行くことにした。
まず、オールドカイロまでは地下鉄で行く。
途中、乗換えがあるのだが、これが分かりずらかった。
なんとか、到着、降りると目の前が遺跡だ。

ここオールドカイロは9世紀ごろのエジプトの首都だったが、オスマントルコの侵略で、時のスルタンが奪われるくらいなら、と、街を焼き払ってしまった。
以降800年にわたって、この地は放置されてきたらしい。
                 
遺跡も現在の地表面からは4~5mも下にあった。


                 
階段を下りて路地に入ると

そこは昔のカイロの街になる・・・
                 
                 朽ちた壁もそのままになっていた。

建物の入り口を飾る装飾、これは最近のものかもしれない。
   
   飛び出た梁、木造だ。雨の降らないこの地だから、このまま放置できるのだろう。
観光客が歩く道筋は区画整理されているが、その裏側のやや低くなっている土地には、いわばスラム化された住宅が立ち並び、部外者の人間は危険で入ることが出来ない。
遠巻きの周りには少しずつマンションが建ち始めているが、まさに旧カイロだったところは、いまだに放置されている感じがした。

カイロはこの地で始まり、戦いのたびに放置され、北へ北へと移動して現在の位置になったという。
この地にはローマ時代の水道橋なども残されていた。

ここからハーンハリーリの間に、ひときわ目立つガーマ・ムハンマドアリがある。

高台に建っているので、その姿はカイロから見ることができる。
エジプトのガーマ(モスク)はトルコなどとは形が違うが、このムハンマドアリはトルコ的な建築だった。

歩こうかと思って歩き始めたが、ちょっとカイロ市内とは感じが異なり、安全性に何となく疑問があったのでタクシーでムハンマドアリに向かった。


ここで問題の事件は起こった!

ムハンマドアリは許可された車両以外は全てゲートで止められる。
ゲートからは向かって左側に、幅2mほどの緩やかな階段状の坂道が、およそ300mほど上のチケット売り場まで続いている。

アタシ達がその坂道を50mほども登った時、上から降りてくる小学生のグループとすれ違った。
アタシ達は右側を歩き、彼らは左側を歩いていた。

と、その時

上からジャレ合っていた2人組の内、先頭の体格の良い女の子が追いかけっこをする形で、仲間の列を避ける形でアタシの方に走りこんできた。

下り坂をかなりのスピードで走りこんできたので、「走ったら危ない!」と叫んではみたもののヤバイ!これは止められない、と咄嗟に感じ、その子を避けた瞬間、どうやらその子がPの左足の小指を踏んだらしい。

その瞬間は「痛い!」って反応程度だったのだが、そこから100mほど歩いた時点で、足を押さえたまま動けなくなってしまった。

10分、、、15分ほども押さえていただろうか・・・なんとか歩きだしては見たものの、その足は今日現在も痛む状態が続いている。
直近の話では小指の内側の靭帯が切れている可能性があるようだ。

さて、話をガーマ・ムハンマドアリに戻す。


             


土足禁止なのだ。


               
               トルコよりもシャンデリアは綺麗だと思う


                 
                 天井の装飾は、彫刻と着色だ。トルコではモザイクタイルが張ってある。

大理石の柱
   
   この大理石の模様は・・・あまり好みではなかった。


                  
                  礼拝をする子供たち

そして、記念撮影。みんな人懐っこい。。。

ミナレット(尖塔)。この形もトルコと同じだった。



ガーマ・ムハンマドアリからハーンハリーリまでは地図上の距離で2kmほど。
タクシーは面倒くさいし捕まえにくかったので、Pには大変だったけど歩くことにした。

人っ子一人・・・と言いたいところだが4~5人くらいの人とすれ違っただけでハーンハリーリに到着した。

ハーンハリーリでは、前回ベリーダンス組ときた時に気になっていたネックレスがあったので、まっすぐその店に向かって値段を聞いてみた。
しかし、凡そ1000ドルで、ほとんど安くならなかったので残念だけど諦めた。

でも、あのネックレス好きだなぁ・・・

こうしてアタシ達の17日間のエジプトのたびは無事(でも無かったけど・・・)終わった。

さぁ、明日はボルシチ食うぞ・・・。。。

EGYPTへの旅・・・24 (CAIRO)国立博物館とハーンハリーリ

2010-12-18 13:52:04 | 
翌日は朝一番で国立博物館に向かった。


泊まっているSara Innからは歩いても10分足らずの距離にある。

この朝一番と言う時間設定が間違いだった。
朝からは団体を乗せた観光バスが来るは来るは・・・この人達は1時間から1時間半でサァーっと潮が引くようにいなくなるのだが、開館と同時に11時頃までは、ワンサカと押し寄せてくる。


入ったもののすごい人でいささか疲れてうんざりしたので、早々と併設されているレストランに逃げ込んだ。
                 

このレストランだが、これだけ世界的にも有名な施設でもあるのに、なんともお粗末なスペースにあった。
尚且つ、レストラン内のトイレに入るのにもバクシーシを要求される、博物館内のトイレでもしかり・・・なんとも、いかんともしがたいシステムだ。

このレストランの唯一の収穫は、名前を忘れてしまったが、チキンのサンドイッチ(エジプトでは全くポピュラーなたべもの)がどこよりも美味しかったことだ。。。

さっきのシステムの話に戻るが、Pは「エジプトは遺産を食い潰している」と言うが、全くその通りで、食いつぶして排泄物を撒き散らしている。

ただでさえ、砂漠にはラクダの、街中には犬、猫、挙句の果てには羊(時々街中を嫌がる羊を引きずっているのを見かける。)の糞が落ちていると言うのに・・・

やがて食べるところが無くなったら、どうするのだろう?

国立博物館にしてもしかり、トゥトアンクアムン(ツタンカーメン)の展示物は目玉だけに日本などの展示方法と左程変わりがあるとは思えないが、それ以外は、ただ並べてあるだけ・・・の倉庫と言う印象が強かった。

アレだけの入場者が年中いるのだろうが、キチンとした仮囲いも養生もなしに埃を撒き散らしながら工事もやっていた。
19世紀の末に建てられた建物だけに色々手を入れてゆかないとならないのは分かるが・・・

なんでも、ギザの方に新しい博物館を建設中と言う。
早く完成して世界に誇る人類の遺産を素晴らしい展示方法で見られることを望んでいる。

帰るときもゲートは混雑だ


一旦ホテルに戻る。
           
最上階とその下の2フロアーがSara Innだ。

ホテルでベリーダンス二人組にあった。
今夕、ハーンハリーリのある施設で、エジプトの宗教的なダンスがあるという。
一見の価値があるから行かないか、と誘われた。本にも書かれているこの踊りは、男性がスカート状の衣装を身に着けてくるくる回る踊りなのだが、踊り手が恍惚として踊るその踊りは中々見ごたえがある、と説明があった。

2時間くらい前に行かないと席が取れないと言う。
何でも見学を開放しているものの、あくまで神聖なものなので、飲食はモチロン、立ち見もさせないらしい。

夕方、タクシーでハーンハリーリに向かう。
タクシーメーターで6、7£Eなのだが、メーターの付いているタクシーがメーターを使ってくれるとは限らない。
メーターを使ってくれるか?と聞いて、OKとか言っておきながら、使わずに走り後で高い金を請求する。全く詐欺同然の行為がまかり通る。
二人組がタクシーに乗るときの乗り方を教えてくれた。
タクシーを止め、メーターで良いか確認する。良いと言ったらメーターのボタンを押させ最初の表示が0.25を表示するのを待ってから乗り込むのだ。
周り中でクラクションが鳴ろうが、後ろでガタガタ言ってこようが関係ない。
きっちり確認してからじゃないと、大体20ポンドくらいは払う覚悟がいる。

さて、この踊り
最初は演奏者たちが紹介を兼ねて自分たちの楽器を使ったソロ演奏がある。


                   



                   


このカスタネット?オジサン、自分のキャラを十分熟知していて、なんとも言えない仕草で舞踊る。
                   


なんともカワイイ?
                   


この太鼓?は、そのリズム感で圧巻だった。
                   


そして踊りが始まった。
                   



                    


ただクルクル回っているだけではない。
                   
回りながら、衣装を剥ぎ、踊り方を変え、その作法に則って踊っている。

曲と言うか、一ダンスは20~30分程度かかるのだが・・・
                   
その間、回り続けているのだ。

演奏者も大変なら、踊り手も大変である。
最初の演者はここで終了。スタンディングオベーションを受ける。
                   
その上、このスカート状の衣装

重い、見るからに、重い。
                   
重くないと回転によって綺麗には見えないのだろう。

一枚ずつ剥がしながら・・・
                   
上に持ち上げたり、

片手で回したり
                   
縦にしたり横にしたりと

大変な重労働である。

2ステージ目の主演者のオジサンは、お腹がかなり出ていて回転中に下がってきた。
そして、見たくも無いお腹が見えてしまった。

神聖な踊りなんだろうが・・・

こんな感想を持つこと自体、神を冒涜?!?!?している?


それにしても、この踊り、まっこと一見の価値あり。
エジプトに行ったら、ぜひとも2時間前に並んでご覧あれ。。。

EGYPTへの旅・・・23 (ギザ)ピラミッド

2010-12-17 13:22:52 | 
ガイドこそしないが、目的地から目的地へ移動する手段が待機してくれるのは効率がいい。
個人ベースで動いたら2日は必要なところかと思うが、1日で十分回ることが出来た。


メンフィスからギザに向かう。

ギザ市内は歩いていないので良く分からないが、カイロ以上にゴチャゴチャしているように感じた。
やがて、真正面にピラミッドが見える場所の裏手に車は止まった。

表に出ると、そこにシェーキーズがあった。
3階建ての建物で1Fがケンタッキー、2Fがシェーキーズ、3Fは客席、そして屋上がある。
ここが、ピラミッドが見られる一等地と言うことでミーハーのアタシ達は入った。



確かに一等地だ
             
             スフィンクスと目が合った

カフラーとメンカウラーのピラミッド

マンションのすぐ裏がクフ王のピラミッドだ

住むのに良い場所なのか悪い場所なのか・・・


                  
シェーキーズを出てゲートを入って、同じアングルから

             スフィンクスはどの王のために居るのか
             
聞いてみた・・・

が、答えない
           
           スフィンクスの前には神殿が建っていた様だ

何を考え、何から守っていたのだろう・・・
毎晩、必ず歩き回っている・・・と、Pは言っていた。
                 
                 初めてのチュー

スフィンクスの向こう側って、ほとんど見る事が無い
                  
                  道なきところを歩いてゆく

ギザ市内

最初にクフ王のピラミッドに向かう。手前には神殿なのか祭殿なのか・・・
                        
                        クフ王のピラミッドには確か小な王妃のピラミッドが二つあった。
その一つにクライミング禁止と書いてあった。

まあ、登りたい気持ちは分からんでもないが・・・
                        
                        なんでも静止を振り切って登って撃たれた奴も居るとか、いないとか・・・

上は想像以上に風があって、バランスを崩して落ちた奴も居るらしい
                    


いま、登ることが許可されているのは、Pの上に見える入り口までなのだ
                    
                    やはり、登りたい・・・のだ

基部は磨かれた石が残っていた。この状態で葺かれていたのだろうか?





なんでも磨かれた葺き石は盗まれたのだとか・・・
石は下から上に積み上げてあるはずなので、いったいどうやって盗んだのか?

                 カフラーに来た
                 



              

   


メンカウラーに向かう。小さいけど王妃のピラミッドを従えていた。

一部修復中だった

カフラーのピラミッド

メンカウラーの盗掘口


               

                         

三つのピラミッドを見終わって、帰りはラクダに乗ろうか、と、ラクダ引きと交渉する。
そしたら、いきなり50£Eと言ってきた。
あのなぁオマエさん、俺たちゃぁなぁ・・・今日一日、ホテルからホテルまでで50£Eなんだぞ・・・ここからゲートまでのわずか数百メートルで50も取るのか?と逆に説教をしてしまった。
そしたらズーーっと、いくらなら乗るのか、と付いて来てゲートまで200mくらいでも、まだ乗れとうるさかった。

EGYPTへの旅・・・22 (サッカーラ~メンフィス)マシュラバ~カイロ

2010-12-16 13:13:40 | 
三日目のマシュラバでもプールサイドで過ごしていたのだが、どうしてもダイビングかシュノーケリングをしたいPに連れられてホテル付属の例のワン公のいるショップに行った。
話は簡単にまとまって宿泊客は5%ディスカウントのところ、交渉上手なPは10%を勝ち取った。

車で20分ほどのブルーホールというスポットで2時間ほどシュノーケリングをして遊んだ。
珊瑚と色とりどりの魚が織り成す世界は良かった。
しかしP曰く、「沖縄の方がもっときれい」とか・・・人事ではなく沖縄の珊瑚を大切にしなくちゃ・・・って思った。

このショップで一つの発見があった。
ホテル名も書いてある色んなツアーのパンフレットで料金も書かれているのだが、それによるとシナイ山ツアーは一人120£Eと書いてある。
アタシ達はチェックインと同時にホテル代とツアー料金を支払っていたのだが、それは一人200£Eだった。
こういうときのPは強い。
「これはここのパンフレットよねぇ?」から始まったクレームは一方的にホテル側の負けで200£Eの返金があった。
今後旅行される方は十分注意してくださいな。。。

カイロに帰る便を予約しようとインターネットカフェに入ってエジプトエアーにログインして予約を試みるが満席で予約が出来ない。
10時間かけてバスで行く方法もあるが、日程から時間がもったいない。
あまり相談したくないレセプションに話してみると、すぐに代理店の奴がやってきた。
レセプションにここまでなら買うと値段を言ってしまったのが間違いだった。
ぴったりその値段で時刻表にない増発された便を取れると言う。
交渉すると、数が少ないから無理だと言う。高いのならバスで行けと・・・足元を見られているから強気だ。
まあ仕方ない、と今回はそれでOKした。
空港まで車代が200£Eだと言うので、乗ってきたときのオヤジのビジネスカードを出して彼を呼んでくれ150£Eだからと言うと、今度は向こうがしょうがない・・って感じでこれは150£Eで話がついた。
代理店の奴のピカピカの乗用車で140~150kmのスピードでぶっ飛ばして空港へ向かった。
          
                  
         



勝手知ったるカイロ空港、今度は迷うことなく市内行きのバスに乗れた。
二人で持ち込み荷物代も含めて5£Eだった。

降りたところが目的地らしいことが分かったけど、いきなり地獄のカイロの交通事情の真っ只中で右も左も分からず右往左往。
腕にプロトレックをしていることに気がついて方位を確認して、そっちへ向かおうと思ったとき、Pがビジネスマンに聞いていた。彼は最初に「ウエルカム エジプト」と言ったんだそうな・・・気障な奴だね、まったく。
ま、でも教えてもらった方向は方位があっていたので、そちらに歩いて行く。

エジプト、特にカイロの道路横断は命がけだ。
車は絶対止まってくれない。故に走ってはいけない。人を轢きはしないので、自信を持って悠然と歩くのだ。
できれば・・・だけど。。。

カイロについて宿を探すのは大変だと思ったので、マシュラバでSala Innと言う経済的な宿を予約しておいたので、そこに向かう。

迷うことなく着き、チェックインをする。
通された部屋がドミトリーでベッドが7つ8つ・・・
これはプライベートルームじゃない、と抗議すると、プライベートルームだと言う。
理由はその日その部屋で寝るのはアタシ達だけだから・・・
まあ、それで二人で80£Eくらいだったので、良しとした。

そんなこんなの話をフロントでやっているときに、「あっ、英語話してる!」って入ってきた日本人の二人連れが居た。
聞くと、なんでもベリーダンスをやっていて、その衣装や、お稽古やらで3年連続でエジプトに来ていると言う。

しかしながら、この英語が話せないと宣言している彼女たちのバイタリティはすさまじい。
彼女達の提案で翌日ピラミッドを見に行くことにしたのだが、その交渉からすべて彼女達のペースで進められた。
結局、一人50£E、一車200£E(3000円)でサッカーラからメンフィス、ギザと回ってもらった。



サッカーラの入場券売り場を入ると、博物館がある。

この博物館を見て、また車に乗り込む。そして、今度は階段のピラミッドの駐車場まで運んでくれる。

階段のピラミッド

この建物から入ると

                     こんな遺跡があるのだが
                     
早い話、四方砂漠なので、どこからでも入ることが出来る。

修復中だった。

至る所遺跡だらけだ。遠くにダルシュールのピラミッドが見える。

崩壊したピラミッド
          
          ここにあるものは最も古いピラミッドなのだ

遠くに屈折のピラミッドが見える。
              
              記念撮影

黄砂と言うか
                 
                 カイロ市内のスモッグかもしれない。

修復中のピラミッドなのだが

本当に吟味した正しい修復なの?って聞かざるを得ないような工事をやっている気がする。




サッカーラを後にメンフィスへ向かう。目指すはハンサムなラムセス2世。。

このお方、ナント15mもある。
                 
                  なにか意味のあるモノらしいが・・・

それにしても、ハンサムじゃまいか・・・

じーーーっと見つめる。

元気な元気なお二人さん。。。

庭にはスフィンクスがあった。

             ここでもラムセス
             
しかし、それにしてもハンサム君である。


どこぞの独裁国家の国家元首が描かれた肖像画が必要以上に若く、美しく描かれていたけど、あれと共通するのかなあ・・・

EGYPTへの旅・・・21 (Dahab)マシュラバ・リーフでのんびり

2010-12-15 13:50:36 | 
シナイ山からは午前中に戻ってきたと思うのだが、定かではない。

シャワーを浴びて、食事に出かけ、4時前後にベッドに入った。

そして、気づいたときは、、翌朝の6時前だった。

ナント14時間も寝ていたことになる。。。

この年になっても14時間も眠れるなんて・・・シアワセな事だ。。。



目覚めて、窓からの眺めを見ようとして、期せずしてサウジアラビアから昇る朝日を見ることが出来た。

昨日はシナイ山、今朝はアラビア半島から・・・巡りあわせがいい。
14時間の睡眠も無駄ではなかったと言うわけだ。。。

スッキリ目覚めたので散歩に出ることにした。


昨日はマシュラバの中心部へ向かって遊歩道を歩いたので、今朝は反対側へ向かった。
10分も歩くと
        
もうレストランもショップもなく、何処までも延びる遊歩道と建築中の建物しかない。

建築中と言ったって、あまりにも簡単で、床と柱には配筋されていたけど、、
こんなのを見ちゃうと逆に「大丈夫かいな?」と心配になってしまう。




早朝の風は少し涼しいくらいで気持ちがいい・・・

時折、ジョッギングをしてる人が通り過ぎるくらいだ。

遊歩道に写る影が
              
              長~く延びて絵になった。。。

場所を変えてブログ用にこんな写真も・・・




夜は賑わう海岸線だが
                 
                 早朝には人っ子一人居ない。



ホテルに戻り、朝食を済ませてからはプールサイドでノンビリする事にした。


                    
                    エジプトに来て以来、延び続けた髭が、、、

身体の緊張をほぐそうと泳ぐことにした


日記を書いたり、お茶を飲んだりして時間が経ち、昼時になったのでさっきの散歩中に出合ったシナイ山に一緒に行ったイギリス女性が薦めてくれたレストランに行った。

イギリス人が薦めた店なので・・・

まあ、彼らが食べそうなモノを注文した。

ピザと
                 
                 バーガーなのだが・・・・・

んまぁ、、、こんなもんか。。。



ホテルに戻ってくると、ダイビングショップの前で
                
                大きな図体をしてるのに・・・
このワン公、このショップの前で毎日こんな格好で寝そべっていた。


日は高くなったのだが・・・

人っ子一人、、、いない。




昼がいまいちだったので、夜は最初に行った店に行くことにした。

昼とは雰囲気も変わって、キャンドルでいい感じだ

地元のステラビールを頼んで

またまたカラマーリのフライを注文したけど・・・なにか?

EGYPTへの旅・・・20 (Mt.SINAI)シナイ山へ登る②

2010-12-14 11:42:42 | 
さあ下山開始だ・・・

大行列ができた。

なぜかTV撮影も入っている。

モーゼが出てきて山を割ってくれたら早いんだけどなぁ・・・なんて不遜な事を思った

少し下ると休憩所があるのだが、すごい人だった

人種の坩堝だ。。。

空は晴れ上がり、このシナイ山を含むシナイ半島の山岳地帯が見えてきた
                 暖かくなってきた
                 
周りで一斉に脱ぎ始める、面白い。
西洋人は半袖、半ズボンが多くなる。
常々西洋人と東洋人とは体感温度が2、3度違うと思っている。

日本では決して見ることの出来ない風景に圧倒される。

ツアーでなければ人が居なくなるまで、山頂で座っていたかった。
                           フェロモンをかぎつける蟻のように・・・

山々は何処までも厳しく・・・

黙々と歩く

画面中央のガイドは登山道を外れてショートカットをしてゆく連中に、仁王立ちになって、その危険性と山の崩壊とを大声で説き続け彼らが登山道に戻るまで立ち続けていた男だ。
彼の気迫と、その思いに皆が整然と従うようになった。
思いは通ずるんだなぁ・・・

もっともアタシも怒鳴られた一人だけど、、、なにか?

また彼は写真に写っている韓国人のダウン症の子の手を引き、おぶり、最後はロバに乗せて一緒に降りて行った。


我がメシュメッシュ隊も連なって降りる、フランス人とヲジサンを除いて・・・
            
             切り立った崖

その下に切られた登山道を歩く
           
           登山道の溜りに寝そべるラクダたち・・・

ハッキリ言って、人間の方が肩身が狭かった。

振り返る。
下るにつれて人数はまばらになってくる。

遠くにワジが見える

ベドウィンのなんだそうな・・・
            
            草木一本無い脆く険しい山
            
やがて向こうにトゲトゲのブナ山と登山口のある谷間が見えてきた         
なんでも「ブナ」とは「寝る」と言う意味のようだが、この山からはとても想像できない。聞き間違いかなぁ・・・

登山口の聖カトリーナ寺院に向かって下る。

この険しい山の向こうにカトリー山があるらしい。

聖なる山としてシナイ山に登ったが、山として考えたら、この2800mを超えるカトリーナ山の方が魅力的だったかもしれない。
モチロン、そっちを登った人達も居た。

やがて道は平坦となり前方に聖カトリーナ寺院が見えてきた。

そして到着。

聖カトリーナ寺院とその裏山。


降りてから誰しもがトイレに向かう。
だがトイレの数が圧倒的に足りない、女性側は長蛇の列だ。
男性側は誰も並んでいない。入ろうとすると、ガイドらしい人が男性は使えないと言う。
別の男がそのガイドに向かって何を言っているんだ、みたいな感じで言い合う。
しばし、その脇で状況を眺めていたが、やがて入れと言うので入った。当然、チップと言うかバクシーシは払うのだが・・・

要するに女性トイレが圧倒的に不足しているので、男性トイレも使わせている。そのため、西洋ではそこに男性を入れることに抵抗があって男性は駄目、と言ってたようなのだが、それじゃあ、その辺の聖なるカトリーナ寺院の壁に向かってしちゃっていいの?
って思った。

確かに女性がズラーっと並んでいる脇でおしっこするのは、とっても気恥ずかしいけど、この状況では致し方ないだろう。。。

EGYPTへの旅・・・19 (Mt.SINAI)シナイ山へ登る①

2010-12-13 11:12:20 | 
最初にお断りしておく。

この項を書くに当たってシナイ山の写真の整理をしたら、夜明けから下山までの3~4時間で116枚の写真があった。

刻々と替わる夜明けを撮り続けていたら、こんな枚数になってしまった。

本当は、この伝説の地で味わった夜明けを時間の経過と共に伝えようと思ったけど、この瞬間瞬間はその時その場に居た人で無いと感じ取れないことも多いので、整理して50枚に止めた。

移り行く夜明けの光線と、生きるものを拒絶するかのような不毛の山々、この険しい自然がお伝えできれば・・・と思っている。







さしずめ日本なら人々が寝ようとしている23時にレセプションに迎えが来た。
車には先客が3~4人いた。
次のホテル、次のホテルと客を詰め込み、結局補助席まで使ってシナイ山に向かう。

マシュラバを出る時に一回、途中で二回、聖カトリーナの敷地に入るところで一回、登山口で一回と計5回もの検問を受けて入山する。

我々をガイドするジモティは「メシュメッシュ」と言う名前か合言葉を全員に共有させ、暗闇の中でも、人ごみの中でも大きな声でその存在を教えてくれる。

メンバーの中に東洋人のおじさんとフランス人のおばさんの二人連れがいたのだが、東洋人は言葉が通じないのか、フランス人はお国柄か、三人ともメシュメッシュとははぐれて帰りのバスまで別行動だった。

相当数の登山客が登ってゆく。

登山口の標高は1500m、シナイ山の標高は2285m標高差785mはマアマアの歩きになる。
そのせいか、登山道は至る所にラクダが居る。
当然、ラクダの糞だらけである。

ここは動物園か?って思うほど獣臭が漂うこともあった。

最初は元気に歩いても、その内バテテしまうお年よりも多いし、聖なる山に高齢を押して登る人達も多いだろう。
日本だったら、さしずめ籠?、、、いやいや馬?、、、いやいや、やはりゆっくりでも自力で登るのだろうか・・・

我がガイド君はサンダル履きでスイスイと歩いてゆく。慣れたものだ。

このラクダたち、山頂直下まで居る。

人とラクダ、当然人がはじき出される。
う~ん、どんなもんかねぇ・・・

5時前には頂上に着いたが、風の強い山頂を避けて直下の溜りでみんなで待つ。
ここには食べるものも飲むものも何でも売っている。

良い場所を取ろうと、カナダから来たショーンと一緒に山頂に行く。

半袖のファイントラックに薄手の冬用長袖、フリースにウィンドブレーカーで居たのだが最初にショーンが毛布を借り、ついでアタシ達も借りた。

なにしろ山頂では厳かな気分も、ロマンティックな気分も、あったればこそ・・・
「ブランケット、マットレス、ブランケット」と連呼する貸し子がズーっと叫んでいるのだ。





やがて、空が白んできた。

                  回りも見えるようになる
                  
刻一刻と

明るくなる

空の濃淡が薄くなり、太陽が見え出した。

どんどんハッキリしてくる

周りの山々も

                  見え出してくる
                  
あと少しだ

周りが見えてくると、見たことの無い景色に気を取られる

                  山頂に居る国際連合が一斉にシャッターを押す
                  
やがて

太陽が

顔を出した

                   疲れた顔のPだが元気だ
                   
隣がショーン

完全に日の出となり、

                   人々が動き始めた
                   
山頂の祠

そして、後ろの山々






下の方にワジ(涸れた川床)が見える

                   朝日を浴びる
                   



サア下山開始だ



                                    続く

EGYPTへの旅・・・18 (Dahab)マシュラバ・リーフ

2010-12-12 19:44:09 | 
ルクソール空港での騒ぎの後、静かな時をボーディングエリア内で過ごして、2355発のフライトでカイロに飛んだ。

カイロからは朝一番の6時の便でシナイ半島の先端、シャルムエルシェイクへ飛ぶ。
ここからバスで1時間ほどのダハブと言うアカバ湾を北上した場所に行く。

このダハブにマシュラバ・リーフと言うキレイなダイビングスポットがある。
そこで宿を探すつもりだ。


当然のようにカイロ空港では空港内で過ごすつもりだ。
今回の旅では2泊目となるので、慣れたものだ。

エアコンディション完備、水洗トイレ完備、静寂、清潔・・・贅沢な仮眠所なのだ。
機内からはブランケットをお借りして、準備も完全。アタシはA型?なので中々寝られないのだがO型?のPは熟睡する。


7時過ぎシャルムエルシェイク空港に到着。
砂漠の空港・・・向こうに岩山が見える
                   
                   国際空港なのだが閑散としていた・・・

空港の前は整然として、バスと数台のタクシーが止まっていた。

洗面所から出てくるPを待って外に出たとき、建物の周りには一人も居なかった。
個人旅行者は居ないのだろうか・・・

寝不足と疲れと少し前の口喧嘩で何にもしたくなくなって縁石に座り込む。
心地よい風が吹いている。
と、例によってタクシーの客引きと一人のオヤジが搭乗者を探す紙を下げてやってきた。
もう対応も面倒くさくなっていたので日本語でまくし立てると、さすがに彼らも話しにならないと見えて離れていった。
このあとどうしようか、バスを探すか、タクシーと交渉するか、、、そんな話をしたり、もう一度本でアクセスや方法を検討したりしていると、先ほどのオヤジが戻ってきた。
どうやら本当にキャンセルにあったらしい。
何処まで行くのか?と聞くので、ダハブと言うと乗ってくれないかと言う。
じゃあいくら?と始まった交渉は意外とすんなり二人で50£Eで決まった。

但し、空港の中には入ってこないので駐車場の先の道路で乗れ、と言う。
それも後ろから乗れと言う。
多分、空港の中に居るタクシーだとか、乗り物の斡旋みたいなことをしている人達の目を避けたいのだろう。
分かった、と言うことでオヤジが先に出て行き、2~3分後に反対方向に歩き始めた。
バスの止まっている駐車場を抜けて道路に出ると、その先にオヤジのマイクロバスが止まっている。
後ろから近寄り後ろのドアを開けて転がり込むように乗り込む。
オヤジの奴、「Good job」なんぞと言って親指を立てる。

多少の不安はあったものの悪そうな親父じゃないし、慎重に本のルートと走っている道を比べながら砂漠を突っ走った。

こんな風景の中を道路が通っている
                  
                  赤い岩山や

黒い岩山
                  
                  草木一本生えていない


                                
                    ところどころに緑の岩盤が帯状に入っている



やがて下りにかかって海が見えた。
オヤジがホテルに寄って人を乗せると言う。
街外れの休暇村のような大きな施設で親子らしい二人を乗せる。この施設の周りには店らしいものがないのでマシュラバまで行くのだろう。
来る途中の車の中でオヤジにはダハブの数キロ先にあるマシュラバに行って欲しいことは話してあった。

下りきると、そこはリゾート地だった。
先ほどの親子連れをダイビングショップで降ろして、アタシ達を目的のホテルの前まで連れて行ってくれた。
約束の料金と5£Eのチップを渡す。カードを寄越して帰るときには電話しろと言う。
どうやらピックアップサービスをやっているようだ。
通常料金は空港まで一人75£Eだという。
今回はオヤジのポケットマネーになるんだろう、、、だから破格値だったわけだ。

目指すホテルに入る。部屋は満室で無いと言う。
どうしようかとPに聞くと、見つかるまで一軒づつ当たってゆくと言う。

ザックを背負い、手荷物を持って次のホテルへ歩く。

ほどなく次があったので、聞いてみると部屋はあるという。
見せてもらうが暗いのでパス。だってリゾートだから。。。

また歩く、チョット入り口が引っ込んだスフィンクスがいるスフィンクスと言うホテルがあったので入った。
改装したてで部屋はあると言う。
見せてもらう。マアマアじゃないか。。
どうしようか、決めようよ。。
こんな感じで決まって、海の見える部屋はあるかと聞くと、あるけど30£E増しだと言う。
「オーケーダン」って感じで決めてしまった。

                   


このマシュラバには3泊の予定だ。
シナイ山は週のうち登れる日と登れない日がある。明日は確か登れない日だったので今晩のツアーを予約した。
23時集合だと言う。

やっとの思いで荷物を解く。

シャワーを浴びると人心地がついた。

まず飯を食って、それから寝よう・・と言うことになり出かけた。
ここは海に沿って遊歩道が通り、その両側にレストランやショップが並んでいる。
しばらく歩くと良さげな場所を見つけ入った。

アカバ湾を背に座る。
ここのレストランはほとんどが座る形を取っている。
腰掛ける席はあまり無い。
日がな一日、海風に吹かれながら本を読んだり、インターネットをしたり、話したりしながら食べたり飲んだり、あるいは居眠りしたりしている。
対岸にはサウジアラビアが見える。

                      
                      フレッシュジュースを頼む。

食事はチキンカレーと
                   
                   カラマーリのフライ
どちらも美味しかった。

エジプトに来てズーっと言わばエジプト料理を食べ続けてきたので、観光地で無国籍料理が食べられるのがありがたかった。

さあ、今夜はシナイ山だ。
すこし英気を養おう。。。。。