キース・ジャレットについて書かれた本を読んだことがない。
キースがデヴューしたときからリアル・タイムにお付き合いしているので新しいニュースには接っしているので、音楽を聴いていればよかったからでしょう。
中山康樹氏が書かれたキースについての本は、「キース・ジャレットの頭のなか」という、かなりコンセプトがしっかりしているように思えるタイトルなので買ってみることにしました。
この中山康樹氏、彩流社というところから「かんちがい音楽評論JAZZ編」という、なんとも良くわからない本をだされた方だけれど、その本に関しては既に書いているので、ここではは触れない。
今度の「キースの頭のなか」という本、いくつかの点でとても気に入りました。
先ず中山氏がまえがきで本書の趣旨を明確に書かれているので、そこを抜粋させていただきます。
本書は、キース・ジャレットの経歴を詳細に追うものでも、キースが残した名盤を厳選して紹介するものでもない。キース・ジャレットとは何者なのか。その大いなる謎を解明するための詩論であり、より多角的にキース・ジャレットとその音楽を捉え理解するための補助線として位置付けたい。
ただしキースの解明に、経歴と関係アルバムは必須であるから、もちろんそれが省かれているわけではなく、簡潔にそして事実と考察が書かれていると思います。
何を気に入ったかということを書いてみましょう。
キースのデヴューから知っているからと言って、ずっとキースにべったりと目を向けていたわけではありません。時期的に遠ざかった時もある。又ブートなどでしか、知ることができないことは当時は知りえないわけで、そこらへんがかなり埋まったことは良かったことです。
に本書が良いところそれは、章立てにあります。4章からなっていて、その章の中を小見出しで表現されていますが、大きな章立てを書き出してみよう。
第一章 キース・ジャレットの60年代
第二章 マイルス・ディヴィスとふたつのカルテット
第三章 ジャズ・ピアニストの時代
第四章 再生のとき
他の評論家の方が章立てしても、同じような結果になるだろうと思いますが、各章は明確なテーマで解りやすくまとまっているのです
。
先ず第一章で、とてもうれしいのはこの区切りをゲーリー・バートンとの関係で説明ずけて、この時期のキースの完成を、アルバム「ゲイリー・バートン&キース・ジャレット」と指摘している点です。
デヴューしたキースは初めから、怪物という感じではなく、面白いピアニストとしてのスタートだったと思います。「サムホエア・ビフォー」があるものの“My Back Pages”だけがとても良いというのが実感でした。
それが「ルーター・アンド・ダイチャ」でカッコ良いと思い、バートンとのデュオでその魅力にはまったが「ゲイリー・バートン&キース・ジャレット」というアルバムでした。この本でパット・メセニーの発言が紹介され、バートンの「イン・カーネギー」が「自分の人生を変えた」というように、私にとって、この2作は変わることのない最重要アルバムとなっているのです。
そのバートン共演は当時突然みたいに感じたものでした。その経緯が推測されているのも、長年の穴が埋まったようで大変うれしいところです。
さて第2章、キースはマイルスのグループに入り、アメリカとヨーロッパのカルテットを立ち上げていくことになります。
当時、キースがマイルスのグループに加わってチック・コリアがエレピ、キースがオルガンを弾くというスタイルが一般的に提示されなしたし、音源もそのようなものでした。ケッなんでキースがオルガンなんだよというのが、感覚でそちらの音源をほとんど聞かなくなったのがこの時期でした。
本書でとうじキースがエレピ・ソロを随分とっていたという事実をしり、音源もあるということなのでこれもうれしい知識になりました。
アメリカン、ヨーロピアン・カルテットはもちろんきいていたものの、そんな状態なのでこのころは少し距離があったのは事実でここら辺のところも整いました。
私にキースの偉大さを知らしめたアルバムがECMでのソロ・アルバム「フェイシング・ユー」であり、その位置づけもマイルス・グループと関連ずけられたと思います。(だからマイルスが亡くなるとすぐ追悼アルバムができたのですね。)
そして第3章がスタンダーズのトリオへの移行に移ります。2章のマイルス・グループでのエレピのロング・ソロが、ある意味ピアノ・トリオの発生原因になることは、JAZZの演奏転換ではよくあることです。そのスタンダーズのアルバムVol,1Vol,2が出た時の私の態度は、この本でも書かれている熱心ファンの方でした。
フェーシング・ユーとインパルス盤をベースに、なぜキースがスタンダードなんだでした。ですから私この2枚をいまだに持っていません。
ですからスタンダーズを納得できたのは「星影のステラ」であり「STILL LIVE」が出た後だったのです。
ライヴ演奏のアルバムが必要だったことは本書に書いてあるがごとくで、既存メロディの存在とインプロヴィゼーションの緊張性を極大にすることが、キースにとって目的だった訳でとても納得できました。
一寸抜き書きです。
つまるところスタンダーズとは、創造的な継続を維持しようとした場合、自ずとライヴ・バンドになるしかなく、また新作はそのライヴにおけるライヴ・レコーディンしか基本的にありえない状況化でのみ機能する性質のバンドだった。
そしてマイルスが亡くなったすぐ2週間後に、封印されていたようになっていたスタジオ録音でマイルスへの追憶アルバム「バイ・バイ・ブラックバード」が出るわけでお、ここからが「」再生のとき」というテーマで第4章に転換していきます。
ここの章では少し中山氏とは受け止め方を違えます。
まず前章のスタンダースのトリオが必然的にライヴの上に成り立つトリオだったという前提で、最初の同時録音の3作品を「終わりからの始まり」という小見出しにまとめたことは見事だと思います。
ところがアルバム「バイ・バイ・ブラックバード」のスタジオ録音が無意味な、もしくはそれまでの道筋を変える意図的なスタジオ録音と決めるのは無理があるでしょう。
そしてこの演奏の密度を凡庸なものととらえる発言も違うように思います。
「バイ・バイ・ブラックバード」は本来ならば作り出せない一瞬の緊張感をスタジオで作りえた(それがマイルスの追悼だから)稀代のアルバムだと思います。
2章でふれるようにマイルスへの尊敬のストレートな気持ちの表れである演奏は、凡庸ということなく、素直な歌心に満ちているし、このトリオのその後の読売ランドでの野外ライブでもこの選曲が大きな感動を呼んだものでした。
このアルバムを転機とよぶならば、それはある意味当たっているかもしれません。
このアルバムの“Butch And Butch”などの追悼ながら解き放たれたバップ・イントロは、ある吹っ切れを生んだのかもしれません。
中山氏はこの第4章をキースの回帰、もともと望んだJAZZ的な位置への回帰というような視点でとらえているようです。
基本的にキースの変化を私も認めているのですがそれが「バイ・バイ・ブラックバード」とは思いません。感覚的には氏では4章の初めにしたこのアルバムは3章の最後にしたほうがよかったのではと思います。
現存している人を評した最終章は大変難しい構築だと思います。基本的に氏の表現したことに意を唱えるつもりはありません。たぶん表現の仕方なのだろうと感じます。
スタンダーズのライヴ・アルバムがこの後時系列に発売され、そして並行してソロのコンサート・アルバムが変化をしていく中に、実はわからないなかに氏のいう「再生のとき」が始まったとおもうのです。
スタンダーズの録音もパリの録音後でもTOKYOの「Yesterdays」も緊張を維持していますし2001年の「Always Let Me Go]は苦悩する影も感じました。
私的な区切りというのであれば、2005年のカーネギー・ホールのソロ・コンサートでの完全な満足を境に、聴衆とそれに対しての共有をもって音楽を作り上げているのではと思えるこの頃にあるのでしょうか。
アルバムとして如実に感じるのは「リオ」であり、ここの所の日本におけるコンサートの雰囲気にそれを感じます。
感想を書き終わると、またまた批判になっているみたいになりましたが、決してそうではない。最近のとらえ方も同じ、ところがその感じる部分と表現がちがうぐらいと思います。
キースのことをまとめて考えることがありませんでしたから、40何年もたって、つらなりとして捉えられたと感謝しています。
さて本書の帯の一節
「キース・ジャレットはどこに向かっているのか」
その回答は本書では提示されない。
本書で書かれるように未来の「どこかに」用意されているのだが、まずは今年の5月それはそこに「ある」だろうと楽しみにしたい。