金属類回収令は昭和16年から20年まで「すべてを戦争に」のスローガンのもと、改訂しながら工場や家庭から「不要不急」とみなされる物件すべてが回収された。
寺の鐘、学校の銅像、家庭の鍋や鎌、生徒児童の金ボタンや文鎮などが知られている。
昭和19年からは貴金属の白金、つづいて銀の回収も始まり、「強制買上げ、または強制借上げ措置を講じられるべき」となだめ・脅されている。(参考・岡山県史)
談・大正6年生・男
金属の回収は銅の火鉢を出した。
しょうがないので(こめいもんは皆)出したが
どうしても惜しいのは出さなかった。(隠した)
まじめな人は皆出した。・・・が
隠した人が得をした。
業者がええことをしただけで、
回収したものは(目的を果たさず)そのまま役場の裏に残っていた。
鍬やそういう農具はださんでよかった。
寺の鐘、学校の銅像、家庭の鍋や鎌、生徒児童の金ボタンや文鎮などが知られている。
昭和19年からは貴金属の白金、つづいて銀の回収も始まり、「強制買上げ、または強制借上げ措置を講じられるべき」となだめ・脅されている。(参考・岡山県史)
談・大正6年生・男
金属の回収は銅の火鉢を出した。
しょうがないので(こめいもんは皆)出したが
どうしても惜しいのは出さなかった。(隠した)
まじめな人は皆出した。・・・が
隠した人が得をした。
業者がええことをしただけで、
回収したものは(目的を果たさず)そのまま役場の裏に残っていた。
鍬やそういう農具はださんでよかった。