goo blog サービス終了のお知らせ 

蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

偏見から解放される頃

2012-09-29 | 人生

わたしは、若い頃、足を踏み外すほど、遊び呆けなかった。
さぼったり、遊んだりもしたが、とりあえず、自分の足元がぐらつかない程度。
小心者といえよう。

そこで、遊び友達の、遊び友達にも接した。
彼らは、ものすごく遊んでいて、足元に、何もない人たちだった。
彼らは、死守するものがない、と、当時、高校生のわたしは、感じた。
わたしは、共感するものがなかった。
人生のタイプが違う、というか、わたしは、自分がサボりだったにもかかわらず、サボリ人間は嫌いだった。
自分はまだ高校生のくせに、同じ高校生の遊び呆ける彼らを見て、目標は、ないのか?と思った。

どんなにイケメンや、かわいい子でも、ただ外見だけ良くても、そういう子には、こころは、動かなかった。
ドキっともしなかった。
これは、ちょっと病気に近かったかも知れない。

遊ぶだけなんて、虚しい。
勉強や義務があって、それを果たす一方で、休憩したり、遊んだりする。
わたしは、そういう考えだった。

若い頃は、若い時期そのものが、遊び一色の時期かも知れない。
それを、シラけた顔で、定位置に戻っていくわたしは、嫌なヤツだったかも知れない。

でも、わたしには目標があった。
中学生の同級生たちは、すでに、もう、将来の職業の目標を定めている子もいた。
わたしは、そんなことは、まったくできず、すごいなあ・・・と、
進路を決めた同級生を驚きの目で見る、女学校時代の梅ちゃん先生のようだった。

遊び呆けるといっても、彼らは、今、思えば、じつに、普通だ。
善良な市民だ。
不良なんかじゃない。
自分とは、少し、コースが違っただけだ。
そもそもコースなんていう、選択方法、コースを設けること自体に問題がある。
今のわたしなら、そんなコースを設けず、彼らと、和気藹々と遊べたと思う。
残念だ。

彼らの中には、絵が上手な子や、心根の優しい子や、いろんな長所を持っていた子がいた。
でも、当時の、わたしの見る目のフィルターを通してみると、あまり、こころに、ひっかからなかった。
なぜなんだろう・・・
偏差値教育に、毒されていたのだと思う。
小さい頃から、この、偏見に満ちた価値観を刷り込まれると、修正するのは、並大抵ではない。

自分の足で立てるようになった、このごろ、ようやく、その凝り固まった数値から解放されたように思う。
楽しく、笑って、しゃべって、ありのままの自分を素直に解放することの楽しさ。
いろんな付随するものをとっぱらって、素の自分で、接することは、素晴らしいと気づいたのは、
つい最近ではないだろうか。


でも、基本的には、アリとキリギリスでいえば、わたしは、アリだ。
先のことを考えて、遊ぶ。
かなり小市民だ。

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ人気ブログランキングへ