ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

海の災難

2017年05月29日 | 家族とわたし
先週末は、メモリアルデーを最後に控える3連休。
一日目は、自宅に友人家族を招待し、二日目は、大好きな友人夫婦の家に招かれていて、三日目はのんちゃんとお味噌作りをする。
なんて盛り沢山な連休だことよと、夫もわたしも、かなり前から楽しみにしていた。

これまでずっと、ずっとずっと、我が家に呼んでご馳走したいと思っていたスコットとバニース、そしてエフィさんが、うちに来てくれる。
別にその日のために、ということでもないけれど、畑や前庭を整えたかったし、家の中もそこそこ綺麗にしておきたかったから、なんとなくいつもバタバタと動いていた。
そこに、前川前文部科学省事務次官の記者会見をめぐる騒動が起こり、彼の言葉から大きな勇気をもらった気がして、用事が済んでから記事をまとめるという毎日が続いた。
だからだと思う。
わたしは、海(カイ)の変化に気がつかなかった。

大食漢の海の食欲が落ちたのは、確か木曜日の午後からだったと思う。
そして、なぜか、一直線にダダダッと走り、どこかに行ったかと思ったらまたダダダッと戻ってきたり、
ダンボール箱で作った出入り自由の猫家に潜り込んでは、そのまま長いこと出て来なかったり、空(クウ)が近づくのを嫌がったりした。

翌日の金曜日も、あまり食欲は無さそうで、けれども外には行きたがったので、とりあえず猫ドアは出入り自由にセットしておいた。
戻ってきてはチョイ喰いし、また外に出て行く。
でも、早足で部屋の中を動き回るのは、その日も続いた。
夕飯の時間になって、海を呼んでも、彼は戻ってこなかった。
これは困ったことになった。
そう思った。
何よりも楽しみにしていた餌の時間が、どうでも良くなってしまったなんて考えられない。
それとも、戻りたくても戻れなくなってしまっているのか…。

食欲が落ち、暗い場所を好み、動きが唐突で激しい。
まさか、もしかして、狂犬病にかかってしまったのではないか…。
うちの周りには、野生動物がウロウロしている。
どうしよう…。

夜中の1時に、海は戻ってきた。
そして、餌を全く無視して、ダダダッと一直線に、わたしの寝室に向かい、わたしのベッドに潜り込んだ。

よかった。
まずは無事に帰ってきてくれた。

書きかけの記事の続きをまとめながら、ふと、自分は一体何をしているんだろうと思った。
そしてあることを思い出した。
3歳だった長男が、体調を崩した時のことだった。
その時のわたしは、音楽教室の講師をしていた。
優秀な生徒たちをたくさん抱えていて、コンクールやコンサートの準備に追われていた。
同居していた夫の両親は、幼児と赤ん坊の世話もそこそこに、あちこちに飛び回っているわたしに不満があった。
わたしはわたしで、ようやく形になって現れてきた仕事の成果に興奮していた。
そして、秘密裏に、誰の賛同も得ないまま、離婚の準備を進めていた最中でもあった。

長男の咳が始まってから数回、かかりつけの小児科に連れて行ったが、風邪ですねと言われ、薬を飲ませた。
けれども、咳はどんどんひどくなっていくばかり。
様子を見ていたつもりだったけど、結局は仕事の都合がつかないまま、かといって両親に頼むのは嫌と、自分の感情を優先した。
両親が泊りがけの旅行に行くのを、なんでこんな時に?と不満を募らせながら、怒りにかまけて、しんどそうな長男を仕事場に連れて行き、教室の椅子を並べて寝かせながらレッスンをした。
その翌日に長男は倒れ、違う病院に連れて行くと、重度の肺炎と肋膜炎を発症し、「あと少し遅れていたら危ないところでしたよ、何してたんですか」と言われた。
その時の後悔と、自分自身に対する怒り。
我が子を失うところだった恐ろしさ。

わたしはどうして、こんなにも一所懸命に、夜もろくに寝ないで、記事を書いているのだろう…。
家族の様子がおかしい、気持ちが塞いでいるような感じがする、元気がない…。
夫にせよ猫にせよ、わたしにとってとても大切な家族のことを、ちゃんと思いやる余裕も持てないほどに、どうしてわたしは熱中しているんだろう…。
そういう思いを心の隅っこに押しやってまで、これはするべきことなんだろうか…。
などと自分に問いながら書く記事は、いつもの倍以上の時間がかかってしまった。

気がつくと、また夜中の3時になってしまっていて、慌てて寝床に行くと、海はまだ布団の中に潜っていた。
いつもなら、わたしが寝支度を始めるとサッと出て行くのに、彼はそのまま動かないようだったので、彼の横にそっと潜り込んだ。
ずっと様子がおかしい海を心配している空もやってきて、彼は布団の上に丸くなった。
海は、布団の中から、すぐ横に寝ているわたしを見上げていた。
いつもはうるさいほどにゴロゴロと喉を鳴らすのに、ただひたすら、静かに、わたしの顔を見上げていた。

3時間ほど寝て、気がつくと、海はもういなくなっていた。
海は、わたしの部屋から姿を消しただけではなく、家の中から姿を消してしまった。





そして、わたしのベッドのシーツには、海のよだれのあとが点々と残っていた。

空は、唇の奇形で口角が無く、よくよだれを流すのだけど、海はこれまで、よだれを出したことなど全く無かった。
やっぱり狂犬病にかかってしまったのかもしれない。
言葉にすると絶望してしまうので、ずっと口に出してこなかったけど、行方不明になっている海が、近所の子どもやペットに危害を加えるかもしれない。
夫によだれのことを伝え、近所にメールをしてもらった。

お客さまを迎えるための料理をしていても、掃除をしていても、海のことを思い、話しかけていた。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。
気がつくと涙がハラハラと流れていたりして、こんなんじゃ目の周りが腫れてしまう。
しっかりしないと。

もう会えないのかな。
きっと苦しんでいるんだろうな。
食いしん坊なのに、お腹を減らせてるんだろうな。

スコットたちが、
「猫ってよく、待遇のいい人の方になびいて、じゃあねってどこかに行っちゃうことがある」などと言って、慰めてくれた。
そういや、一番最初の家猫になってくれたキキも、ちょうど一年が経った頃、道を挟んだ向こう側から、「母ちゃん、さいなら」と言ってどっかに行ったっきり、二度と帰って来なかったっけ。
もしかしたらそうかもな。
海の毛の模様はちょっと特別で、けっこうハンサムだったからな。

そんな風に話を作ろうとしたのだけども、やっぱりすぐに、もっと現実的で本物っぽい、認めたくない方の彼の姿が思い浮かんできてしまう。
何が「覚悟はできてる」だ。
何が「何かが起こったら仕方がない」だ。
何が「それを承知で外に出すことにした」だ。

全く、何にも覚悟なんかできてなかったし、仕方がないなんて思えない。
自分たちが決めたことで、海や空に大きなリスクが付いて回ること。
そのリスクの中には、死に至ることだってあること。
まだ、たったの3年弱しか生きていない仔たちの、もっと楽しめたかもしれない日々を奪い取るかもしれないリスク。
わたしはそのリスクと、彼らが裏庭で、目を輝かせ、身体中の筋肉が歓喜しているように走る姿を、天秤にかけたのだ。

海とは付かず離れずの、けれども仲良しの空は、この奇妙な状態に混乱していた。





夫もわたしも、ジタバタしても始まらない、待つしかできないと自分に言い聞かせながら、来てくれたお客さまと楽しく食べ、楽しく話をした。

「見つかるように祈ってるよ」と言って車に乗り込んだ三人を見送ってからすぐに、夫の携帯に電話がかかって来た。
「今、三毛猫が外にいるのを見つけたんだけど、海はどんな猫だったっけ?」
「茶系のタビーだから、残念だけどその三毛ちゃんは海じゃない」

もう帰って来ないかもしれない。
そうつぶやいてしまうと、悲しくて辛くて、涙が止まらなくなってしまった。
だからフェイスブックに書き込んで、気持ちを落ち着かせようと思った。
たくさんの人から、見つけるためのいろんな情報や慰め、そして励ましの言葉をもらった。
本当にありがたかった。

そして再び、夜中の3時ごろに、海は突如、地下室と台所をつなぐ猫ドアから姿を現した。
えぇ?!
ずっと今まで地下でいたの?!

彼は小走りに、わたしと空の前を通り過ぎ、餌場に一直線に向かって行った。
そんな海を見て、わたしはもう、彼の名前を呼びながら、そして空を抱っこしながら、おいおいと泣くしかなかった。
なんてこった。帰って来てくれた。いや、ずっとどこにも行っていなかった。
鼻水をズルズルさせながら、餌をガツガツ食べている海のそばに行き、もりもり食べている海の背中を優しく撫でた。

その時、わたしの視界の端っこに、赤いものが見えた。
え?なに?
床に頭をつけて、海のお腹の辺りを見てみると、皮がすっかりめくれて、中の組織が見えている。
なんてことだ!
彼はこんな大きな傷を負っていた。
だから彼は、自分が弱っているのを知られたくなくて、いつもわたしたちの間を小走りに駆け抜け、見つからない場所に身を隠していたんだ。
それにしても一体どうやって、ここまで自力で癒せたんだろう。
かなり出血したはずなのに、家の中のどこにも、特にわたしのベッドにも、一滴の血の跡も無い。
とにかく朝まで待って、休日でも診察してくれる動物病院を、夫と二人で探した。
ペット保険に入っていないし、これほどの大きな傷だと、きっと外科手術になるだろうから、救急なんかでやってもらったら、少なくとも2000ドルは払わなければならない。
今すぐにでも連れて行ってやりたい。
けれども、此の期に及んでもなお、こんなことを考えるのは情けないが、できたら費用の額を減らしたい。
そうこうしているうちに、夫が、前々から評判を聞いていた、ホリスティックの動物病院の獣医師に、メールで相談に乗ってもらうことを思いついた。
連休の真っ只中だから、連絡がつかない可能性もあるけれど、ダメ元でやってみると、すぐに返事がきた。
「様子を聞いた限りでは、別にこのまま放っておいても大丈夫だと思う」
今度は、夫が撮った傷の写真を送った。


わたしには、写真の傷が、実際よりもうんと小さく思えたが、とりあえず会話には加わらなかった。

「やはり大丈夫だと思う。よかったら火曜日に診察しましょう」

え?ほんとに?あと二日もこのままにしておいていいの?
わたしはちょっとパニックになって、とにかく夫にも、海の傷をちゃんと見てもらおうと思った。
長さ7センチメートル、幅2センチメートルの傷を見た夫はすぐに、獣医師に再度連絡をした。

「やっぱりこれから救急外来に連れて行きます」

そしたらまたすぐに、
「それならうちに来なさい。僕が診ます。1時半に病院まで来てください」

もう本当にありがたく、また申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、彼をケージに入れて、車で約20分ほどのところにある病院に向かった。



医者と我々二人と一匹以外、誰もいない病院に入った。
まずは体重を計り(太っているので餌を減らし、彼自身で調達するようにしなさいと言われた?!)、体全体のチェックを受けた。
そして手術室に移動して、海はまず、目と口を塞ぐマスクをはめられ、吸入麻酔をかけられた。
傷を見てもなお、医者は「もうすでに治癒の過程に入っているから、このまま放っておく方がいい」と言う。
夫はうなづき、わたしは首をかしげる。
「もしどうしてもということなら、ホッチキスで留めてもいいけど、糸での縫合はまず必要がない」

散々迷って、やはり何もしないのではなく、ホッチキス留めをお願いした。

一体海はどうやって、ここまで治したのだろう。
ただただ隠れて、たった独りで、何も食べず何も飲まず、眠り続けていたのだけれど…。

家に戻ってからは、今度は地下ではなく、一階か二階の、やはり見つかりにくいところに隠れてじっとしている。
餌は、いつもよりは少ないが、とりあえず食べてくれるようになった。


連休三日目の昨日は、のんちゃんと一緒にお味噌作りをしたのだけど、海はその間ずっと、台所のシンクの下の棚の奥にこもっていた。




生きててくれてありがとう。
戻ってきてくれてありがとう。
でももう、うちの中にとどめておくことはできないのだから、君や空にはまた、大きなリスクを抱えさせることになる。
君もわたしたちも、そのリスクに伴う苦しみや痛みや悲しみを、一つ経験した。
もう二度と、あんな思いをしたくないのは山々だけど、どんなことが起こるのかなど、誰にもわからないし予測もできない。
でも、今回は、何かから逃げようとして、あるいはただ単に急いでいて、フェンスを越える際に誤ってお腹の皮を割いてしまったのではないかと思うので、
せめてその部分の尖ったところを、何か柔らかいものでカバーしようと思っている。

次の診察は来週の火曜日。
海は今、ソファの後ろの、夫のギターのソフトケースを巣のようにして、丸くなって眠っている。



おまけ写真

お味噌作りの準備完了


生き生きと息づいているオーガニックの玄米麹

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3 コメント

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Unknown (ひでまろ)
2017-05-31 07:21:08
戻ってくてくれてよかったです!
うちの猫は3日ぐらい帰ってこなかって戻って
きてから病気で亡くなってしまいました。
本当に戻ってくてくれよかったですね!
ひでまろさんへ (まうみ)
2017-05-31 11:42:47
ありがとうございます!
ほんとにほんとに、最悪の事態にならずに済んで、よかったと思います。
ひでまろさんは、とても悲しい思いをされたのですね。その時のひでまろさんの気持ちを思うだけで、胸がキュッと痛みます。

外遊びを経験させてしまった以上、また回復したら外に行きたがると思います。
夫と二人、よく考えて、少しでも危険が減るような対処をしたいと思っています。
ひでまろさんへ (まうみ)
2017-05-31 11:43:08
ありがとうございます!
ほんとにほんとに、最悪の事態にならずに済んで、よかったと思います。
ひでまろさんは、とても悲しい思いをされたのですね。その時のひでまろさんの気持ちを思うだけで、胸がキュッと痛みます。

外遊びを経験させてしまった以上、また回復したら外に行きたがると思います。
夫と二人、よく考えて、少しでも危険が減るような対処をしたいと思っています。

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