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久々にいい夫婦の話し
ハインリヒ7世妃 マルガレーテ・フォン・ブラバント
1276~1311/在位 (神聖ローマ皇后)せず (ドイツ王妃)1308~1311
ハインリヒ7世は、フリードリヒ2世の死後続いていた “ 大空位時代 ” 中
不気味に力をつけてきたハプスブルク家の台頭を押さえようとした貴族諸候たちから
選挙で選ばれたドイツ王です。
ハインリヒ自身も反ハプスブルクの急先鋒でありました。
ブラバント公ヨハン1世の公女マルガレーテとは、ルクセンブルク伯時代の
1292年に結婚しています。
ふたりの結婚は長年に渡って両家に諍いををもたらしていた
リンブルクの領土の問題を解決するためのものでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/3d/2c26942b48a9ce5d6509527c4c94dbf5.jpg)
完全に政略結婚のおふたりですが、仲はとてもよかったそうです。
ハインリヒは、1310年、教皇をフランスの支配下から奪回してローマで戴冠するために
イタリア遠征に向かいます。
この遠征にはマルガレーテも同行しました。
ところがマルガレータはブレシアの包囲中に病気になり
半年もしないうちにジェノヴァで亡くなってしまいました。
結局、当地のサンフランチェスコ教会に葬られました。
ハインリヒは、戴冠を果たした翌年の1313年に、高名な彫刻家ピサーノに命じて
彼女のためのモニュメントを制作しています。
政略結婚で哀しい目にあう王妃が多い中
夫婦が仲睦まじかったという話しを聞くとホッとしますね。
特に時代が古くなればなるほど、横暴な王様は多かったようだし…
マルガレーテのお子様のうち、王子ヨハンはボヘミア王になり
その息子が神聖ローマ皇帝カール4世に即位します。
ふたりの王女のうち姉のマリーはフランス王シャルル4世妃になり
妹のベアトリクスはハンガリー王カーロイ1世妃になりました。
ふたりともあまり幸せな結婚ではないようでしたが…
ところで、あまり関係ないかもしれませんがブラバント公家がとてもアクティブに
イングランドにもフランスにも絡んでいっているのがすごいので
家系図のせときます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/51/e5d559420490444e83c5af7076ad7eb1.jpg)
(参考文献 池田良生氏『神聖ローマ帝国』 Wikipedia英語版)
ハインリヒ7世妃 マルガレーテ・フォン・ブラバント
1276~1311/在位 (神聖ローマ皇后)せず (ドイツ王妃)1308~1311
ハインリヒ7世は、フリードリヒ2世の死後続いていた “ 大空位時代 ” 中
不気味に力をつけてきたハプスブルク家の台頭を押さえようとした貴族諸候たちから
選挙で選ばれたドイツ王です。
ハインリヒ自身も反ハプスブルクの急先鋒でありました。
ブラバント公ヨハン1世の公女マルガレーテとは、ルクセンブルク伯時代の
1292年に結婚しています。
ふたりの結婚は長年に渡って両家に諍いををもたらしていた
リンブルクの領土の問題を解決するためのものでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/3d/2c26942b48a9ce5d6509527c4c94dbf5.jpg)
完全に政略結婚のおふたりですが、仲はとてもよかったそうです。
ハインリヒは、1310年、教皇をフランスの支配下から奪回してローマで戴冠するために
イタリア遠征に向かいます。
この遠征にはマルガレーテも同行しました。
ところがマルガレータはブレシアの包囲中に病気になり
半年もしないうちにジェノヴァで亡くなってしまいました。
結局、当地のサンフランチェスコ教会に葬られました。
ハインリヒは、戴冠を果たした翌年の1313年に、高名な彫刻家ピサーノに命じて
彼女のためのモニュメントを制作しています。
政略結婚で哀しい目にあう王妃が多い中
夫婦が仲睦まじかったという話しを聞くとホッとしますね。
特に時代が古くなればなるほど、横暴な王様は多かったようだし…
マルガレーテのお子様のうち、王子ヨハンはボヘミア王になり
その息子が神聖ローマ皇帝カール4世に即位します。
ふたりの王女のうち姉のマリーはフランス王シャルル4世妃になり
妹のベアトリクスはハンガリー王カーロイ1世妃になりました。
ふたりともあまり幸せな結婚ではないようでしたが…
ところで、あまり関係ないかもしれませんがブラバント公家がとてもアクティブに
イングランドにもフランスにも絡んでいっているのがすごいので
家系図のせときます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/51/e5d559420490444e83c5af7076ad7eb1.jpg)
(参考文献 池田良生氏『神聖ローマ帝国』 Wikipedia英語版)