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SEA side

静けさの中で波の音だけが永遠に響きつづける。
美しいものとの出会いの記憶・・・・。

井上靖の文学 ~ 「自伝的三部作」体験

2006年08月04日 | 音楽・演劇・美術・文学

 このところ井上靖の作品を続けて読んだ。「氷壁」に始まり「あすなろ物語」、続いて「しろばんば」「夏草冬涛」「北の海」のいわゆる自伝的三部作+エッセイで一休みというところだ。

 発端は今年初めにNHKで放映された「氷壁」である。

 普通は、映画や番組がとても良かったから原作を読んでみよう、というパターンだが、この場合はまったく逆だった。むしろ「これが井上文学のはずがない」という思いが原作を当たるキッカケになった。

 結果、やはり原作とは別のものになっていた。
 豪華配役、海外へスケールアップした山岳映像、リベラの心洗われるようなテーマ音楽、と申し分ない要素が揃いながら、肝心のドラマ部分からは原作の心と香りが脱落していた。
 別のタイトルを付け、クレジットで「井上靖『氷壁』より」とでもなっていたのならまだしも、ズバリのタイトルを付けることがよく許されたものだと思う。

 とはいえ、そのことが井上文学へ誘ってくれたという意味では、私にとっては幸運なことであった。というのは続けて読んだ自伝的三部作が、まさに至福の時をもたらしてくれたからだ。

 何より面白い。これまでこのような世界を知らずにいたとは、何とももったいないことをしたものだと思った。

 夏休みに読む本を物色中の方には是非、とお勧めしておきたい。

「エブリシング・イズ・イルミネイテッド」

2006年07月13日 | 音楽・演劇・美術・文学

 
 ジョナサン・サフラン・フォアの作品。 「僕の大事なコレクション」というタイトルで映画化され、今年公開されている。

 アメリカに暮らすユダヤ系青年ジョナサン(作家自身)のルーツ探しの旅が描かれている。アレックスというウクライナの青年が旅の通訳として行動を共にするのだがその英語は怪しく誤った語法や言葉遣いが日本語でも面白く表現されている。
 全体の語り口は異彩を放っており、アレックスが語る旅の顛末とジョナサンがアレックスに送る小説のような文章、ジョナサンがアレックスに当てた返信とで構成されている。 ユーモアにあふれた語りが歴史に埋もれた悲しい出来事を掘り起こしていく巧みな構成と神秘的な物語は表面的な通読では味わいきれない深みがある。

  一方、映画のほうは主人公ジョナサンがコレクション癖を持っているという、これは原作にはない設定。(邦題はそこから付けているが原題は小説と同じ。)しかも十分に分かりやすく、感動的な物語に仕立て直されており、「すべてが過去から照射される」というタイトルが示すテーマをくっきりと浮かび上がらせている手法は見事なものである。
 ある意味では原作を超えた素晴らしい映画化だと思うが、邦題とプロモーションの方向性がちょっと作品のテイストとズレていたのが残念。
 おそらくあまり多くの人は鑑賞していないだろうし、プロモのビジュアルからしてあまり見たいと思わないだろう。公開も小規模だった。

  監督はこれがデビュー作となる俳優のリーブ・シュレイバー。といっても顔が浮かばないだろうが、新作「オーメン」の主役、大使役で出演しているのがこの人。


「クロノス」 ~ キャラメルボックス公演

2005年12月06日 | 音楽・演劇・美術・文学
 
 人気劇団キャラメルボックスの公演だというので、まったく予備知識のないまま「クロノス」という芝居を見に行った。

 ロビーで原作本、梶尾真治著「クロノス・ジョウンターの伝説」が販売されていた。人の名前にしては奇妙な・・・・などと考えていたら、これがタイムマシンの名前であった。
 ただし過去に人を射出すると間もなく、それ以上の力で引き戻すという機械。現在にではなく未来に帰ってしまうわけだ。
 3つの短編の連作になっておりその内の一つが今回の舞台化作品。

 乙一の小説もそうだがタイムトラベルものは切ない要素がからんでくる。距離的な隔たりならともかく、何十年、何百年という時間に隔てられていると愛し合った二人は二度と逢えないか、再びあった時の年齢差は浦島太郎状態になってしまう。
 読者あるいは観客としては何とかしてあげたいと思うが、作者もそこを考え抜いてくれているのが良く分かる。 

 キャラメルボックスは来年、残りの2作を2本立てで舞台化してくれるそうだ。

英語劇 「マクベス」

2005年12月05日 | 音楽・演劇・美術・文学
 週末に日本人の演じる英語劇を見に行った。シェークスピアの「マクベス」。「米語」ではない「英語」だし、それも現代英語ではないので、分からないことを覚悟の上での鑑賞である。

 学生ESSの出し物なので演劇集団ではない。
 演劇は台詞が聞こえることが最低条件だから、舞台の上の発声が客席でどう聞こえるのか押さえておく必要がある。「よく通る声」は必ずしも「大きな声」を意味しないが、アマチュアがそこを誤解すると「叫び声の演劇」になってしまう。

 2時間を越える大作で登場人物も多かったが数人を除いては、声は十分大きいのに結局何を言っているのか、一つの台詞の中の一つの単語も聞き取れない人がいた。
 こちらの英語力がそもそも問題な上に役者としての発声訓練がなされていない問題が重なってしまった。せっかくの熱演なのにやたらと疲れたという印象のみが残った。

 外に出るとキャンパスの銀杏並木が雨に濡れていた。今年は黄葉が遅いので半分ほど散った状態。地面が落葉でカバーされ、枝に残った黄葉がアーチ上に続いて、視界は雨に潤んだ夕暮れの大気の中で黄色に染まっていた。

 芝居の中以上の夢見るような光景は現実の中にあった。

「眠れる砂漠」 ~ 学生演劇に「感動した!」

2005年12月02日 | 音楽・演劇・美術・文学
 先週末、ある大学の学園祭で学生演劇を見た。タイトルは「眠れる砂漠」。
 大変に良く出来ていた。パンフレットも普通配られる「ビラ」どころではない全8ページのカラーコピー版、と熱が入っている。

 何回かの公演が組まれているわけではなく、ただこの日一度だけの公演のために学生達はすべてをかけている。

 解説を読むと原作にかなりの改変が加えられているらしい。そこで、ネットで原作に当たってみた。両者を比べると大きな二つの変更点がある。
 一つは原作の冒頭で殺されてしまう預言者が上演版では復活し全編にわたってかなり重要な役を果たしていること。もう一つはラストの結末が180度異なることである。

 改変によって原作ではやや弱いかなと思われた部分が補強され、さらに原作にはなかったテーマが付加されている。もちろん原作のよさがベースにあればこそであるが、味わいが変わることなく魅力が増している。

 学生達、なかなかやるじゃないか。おじさんは「感動した!」のであった。

小説版「どろろ」

2005年11月30日 | 音楽・演劇・美術・文学

 数年前、書店で偶然に見つけた。ファンであるからには買わないわけには行かない。読み始めたらこれが面白い。克明に記述してあり、戦国の歴史の一コマに確かにこういう話があったのだと思えてくる。

 全三冊の大作で活字離れ世代には辛いかもしれないがファンならば是非、とお勧めしたい。ただしなかなか書店でお目にかかることはないと思うので取り寄せになりそう。まとめてロードショー一回分ほどの値段。鳥海 尽三 著、学研M文庫、2001年発行。

 第一巻 百鬼丸誕生
 第二巻 妖刀乱舞
 第三巻 崩壊大魔城

どろろ ~ 実写ではなく実演

2005年11月26日 | 音楽・演劇・美術・文学
 手塚治虫の「どろろ」実写版映画化が話題になっていますが、昨年ある劇団が舞台化して新宿の紀伊国屋ホールで公演しています。映画以上に制約の多い、舞台での実演ですから脚色の手腕が問われます。

 タイトルが「新浄瑠璃 百鬼丸」となっていることからも分かるように人形をうまく使っていました。どろろの設定は原作とは離れて、子供ではない男性でした。

イスラム美術の華

2005年11月16日 | 音楽・演劇・美術・文学

 「イスラム美術展~宮殿とモスクの至宝」が世田谷美術館で開催されている。

 約120点ほどだが見ごたえがある。大作から小品までどれも密度が濃い。アラベスク模様が余白を残さずびっしり埋め尽くした、とでもいうような印象の濃さである。ケルトともアールヌーボーとも違うイスラムの装飾芸術が美しい。
 
 コーランの教本が展示されているが、この配列された文字のオブジェのような美しさは陶酔ものだ。

 他方で、この地方の歴史の中に絶えず繰り返されてきた戦いのことをを思う。これら貴重な人類の文化が戦火にさらされるのはたまらない。多様な価値観がお互いの存在を尊重して共存する道を閉ざそうとする宗教があるのだろうか?

プーシキン美術館展

2005年10月24日 | 音楽・演劇・美術・文学
 東京都美術館で始まったばかりだ。全部で75点が出品されている。
 ルノワール、マティス、ゴーギャン、ピカソなど有名画家の作品が一堂に会しており、美術史がたどれる構成になっている。

 ただ誰でもが知っている極め付きのの名作がないのと、版画作品が1/3を占めていることで全体的に地味な印象だが、穏やかで味わい深い作品が多い。マティスの「金魚」は中でも異彩を放っている。

 ゴッホも一点だけ出品されているが珍しい模写作品で、いわゆるゴッホ・タッチとは一味違っていた。



きみにしか聞こえない ~ 切ない系 乙一

2005年10月11日 | 音楽・演劇・美術・文学

 お勧めにより読んでみました。

 K川書店のスニーカー文庫。読者層を若向けに絞り込む必要があるのかどうか。若者の読書離れ抑制効果はあるかもしれないが、逆によほど品揃えが豊富な書店でないかぎり探すのが困難で、これも図書館で借りてきた。大人にも読ませたい作品になっている。

 あとがきに作者自身が書いているように、どこか既視感のあるストーリーも含まれている。すでに他界した知人や自分自身の過去・未来の姿に遭遇する物語は乙一作品に限らず「切ない系」要素を含んでいるようだ。
 タイム・パラドックスを考えていくと辻褄の合わない部分に考え及ぶが、切なさの前にはあら探しのように映ってしまう。

 3編が収録されており、いずれも違うテイストを楽しめる。3作目の「華歌」にはその後の作品につながる倒叙型のトリックが出てくるが、本作の場合かならずしもそうである必要はなかったように思った。