SEA side

静けさの中で波の音だけが永遠に響きつづける。
美しいものとの出会いの記憶・・・・。

映画 「ウィッカーマン」

2008年10月31日 | 映画(ア行)

 ニコラス・ケイジ主演のリメイク作品。

 ある島で怪しげな信仰集団が一つのコミュニティを形成しており、不況の年に豊穣を祈って生贄に供される少女がいるらしい。

 島で行方不明の少女の捜索を依頼されやって来るのがニコラス刑事(笑)だ。しかし、本当に生贄として必要なのは・・・という「衝撃のラスト」が待ち受ける運びだが、豪華配役が泣く、と言いたい出来に終わっている。

 元作品はカルト化しており、名作の呼び声が高い。1973年の製作だが、日本での公開は1998年といういわく付きの作品、しかもオリジナル版は102分らしいが現在86分の短縮版しか見ることが出来ない、という正真正銘のカルトだ。

 こう聞かされると探し出してでも見たい。そして、名作と駄作の違いは何なのかを見極めたくなる。

映画 「アキレスと亀」

2008年10月30日 | 映画(ア行)

 アキレスは「トロイ」でブラッド・ピットが演じた俊足の戦士。その「アキレスと亀」の哲学的な命題が冒頭にアニメーションで提示される。

 芸術家の一生ものだが、3人の俳優がその画家・真知寿(マチス)を演じる。惨めで悲惨な一生ではあるが、可笑しさがあり、「面白ろうてやがて哀しき」風情で描かれる。北野監督の独壇場だ。ラストはチャップリン映画のよう。あの坊やがこんなになったんだなぁ、としみじみする。

 伊武雅刀と大森南朋の親子2代の画商なる存在がかなり批判的に描かれる。真知寿親子も2代に渡って画商に振り回される。多分画家としての才能は素晴らしいものをもっていたのだろう。が、画商はけして褒めない。何か欠けているものを常に指摘しつづける。そこまで行ったと思ってもまだ何か足りない、「アキレスと亀」のたとえだ。

 「監督・ばんざい!」で失速気味だった北野監督の復活ばんざい!

映画 「告発のとき」

2008年10月29日 | 映画(カ行)

 イラクからの帰国後、行方不明になった息子を探す父親の話。トミー・リー・ジョーンズ主演のポール・ハギス監督作品。

 ミステリーのように展開するが、さにあらず。優れた反戦映画になっている。

 アメリカでは現在でもまだ、息子を戦争に取られる母の苦悩が存在するのだ。スーザン・サランドンは出番は少ないながらその母の哀切を画面に漂わせる。

 父親自身も元軍人であり、軍のことは誰よりも知っている。その彼が現在軍で何が起こっているのかを徐々に知っていく。

 テーマとしては同じトミー・リー・ジョ-ンズが主演した「ノーカントリー」に近い。古い人間にはもはや理解できない世界がそこにはあるのだ。しかしそこに身を置く息子も、実は悲痛なメッセージを発したことに気付かされる。

 アメリカでは何かが狂い始めている、という「SOS」がこの映画の告発なのだ。

 父親とともに謎に迫る女性刑事役にシャ-リーズ・セロン。

映画 「ファン・ジニ 映画版」

2008年10月28日 | 映画(ハ行)

 TVドラマも放映されており、その再編集による劇場公開かと思っていたら、監督もキャストもまったく別の独立した作品だ。ドラマ版は未見。

 ヒロインの波乱万丈の物語だ。山あり谷ありというより、身分的には貴族の娘から芸妓へという、山から谷へ一直線の転落人生であるが、そこは中々したたかだ。貴族だっただけに気品と美貌と言う武器がある。

 主役のソン・ヘギョは、映画スターとはこんな人のことを言うのだと思わせるような絵に描いたように綺麗な女優さんだ。
 韓流ドラマらしい登場人物に振られた役柄と物語のうねりが見ていて飽きない。

 ヒロインの転落を仕組んだのは、実は身分差を越えたかなわぬ愛を成就させるための男の仕業であった事が分かるが、男の贖罪が二人の愛をさらに強いものにしていく、という屈折した愛憎が見所となる。

映画 「シッコ」

2008年10月27日 | 映画(サ行)

 マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー作品。今回はアメリカの医療保険制度がテーマになっている。

 これまでのムーア作品、「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」に比べると断然良い。これはまったく逆意見の人もいると思う。
 独善的、あくが強い、毒に満ちているといったムーア作品のコクが、今回は薄まっているからだ。

 より一般的で、身近なテーマであるがゆえに、その矛盾に監督と同じ立場で驚き、憤ることができる。

 アメリカとキューバ、フランスなど両極端を見せてくれる。では、日本はどうなのか?と考えると、ここでもひたすらアメリカ化の道を歩んでいるような気がしてならない。

 救急車は事前に予約しないと保険が適用されず馬鹿高いものになる、なんて知ってました? 予期できないから「救急」なんですけど。

映画 「イーグル・アイ」

2008年10月24日 | 映画(ア行)

 D・J・カルーソー監督が「ディスタービア」に続いて再びシャイア・ラブーフ主演で撮った作品。

 そして再びヒッチコック作品をなぞった、ファンにとってはお楽しみ倍増の作品、と言いたいのだが、今回は少し作りが粗い。

 前半の見せ所のカーチェイスも迫力があるといえばそれまでだが、追う車と追われる車と巻き込まれる車の、どれがどうなっているのかさっぱり分からない。目は途中で追うのをあきらめてしまった。 

 テーマはコンピュータ管理社会におけるコンピュータの暴走であるが、「2001年宇宙の旅」とは違い対人間のアクション映画として描いている。

 本来、人間はコンピュータの計算結果を判断の参考にするに過ぎないのだが、ここではコンピュータが自分の判断に従わなかった人間に対して報復しようとする。暴走というよりそのようにプログラムしてしまったミスではないかと思える。

 あのような筋書きをコンピュータが考え出す時代が本当にやってくるなら、当たる映画の脚本はコンピュータが量産してくれるだろう。

映画 「三本木農業高校、馬術部」

2008年10月22日 | 映画(サ行)

 山の中の清流がキラキラ光るような印象の作品。

 高校馬術部の盲目の馬(といっても片方のみ)と担当部員の心の交流が描かれるが、動物の演出にはまったくあざとさや作為がなく、劇的な作りこみが感じられないところが弱点のようで、どっこい、だんだんその表情が見えるような気がしてくるから不思議だ。

 部員同士の葛藤、家族と進学の問題などをうまく絡めて、子馬の出産と別れ、ラストの障害競技出場へと物語が向かっていく。

 青森の農業高校を舞台にした、いかにも素朴なストーリー展開と描写ながら、いつの間にか心惹かれ素直な感動へと導いてくれる。

映画 「宮廷画家ゴヤは見た」

2008年10月21日 | 映画(カ行)

 久々のミロス・フォアマン監督作品。

 スペインの画家ゴヤの眼を通して「中世の闇」が描かれる。主人公二人はともにゴヤの絵のモデルとなっており、彼らがいかなる運命をたどるかが主筋となる。

 「異端審問」に翻弄される主役たちを、ゴヤは脇から眺めるという構成であり、同じフォアマン監督の秀作「カッコーの巣の上で」のような感情移入型ではなく客観的に時代を検証するスタイルを取っている。

 ハビエル・バルデム扮するロレンソ神父が異端審問を復活させるのだが、冒頭でその対象になりかけたゴヤを、救うことになるのも彼なのだ。ゴヤはそのことを知らない。

 ナタリー・ポートマンが細い裸身を晒して演じる悲劇のヒロインは哀切きわまりない。時代の暗黒が世を覆っていたのだ。ロレンソ神父も悪役には違いないが一人の弱い人間として時代に翻弄されながら、最後は毅然と死を選択する。

 ハビエル・バルデムの風貌を見ていてオリヴァー・リードを思い出した。

 邦題は確かに作品のスタイルをよく表現しているが、どうも「家政婦は見た」のようで安っぽい。原題は「GOYA'S GHOSTS」である。

映画 「サッドヴァケイション」

2008年10月20日 | 映画(サ行)
 青山真治監督作品。

 まったく独立した作品として鑑賞可能ながら過去の「Helpless」「EUREKA ユリイカ」と響きあいながら三部作をなすユニークな構成になっている。

 圧巻は、三部作としては初登場になる石田えりの大きな母性だ。男にとっての胎内回帰の場、いつか帰っていくところで限りない包容力を持って迎えてくれる存在だ。そこから脱出したいものにとっては厄介な存在になるかもしれないが。

 誤解が生んだ復讐劇と家族の再生をじっくり見せてくれる。

 舞台は北九州、若戸大橋の袂にある小さな運送会社だ。従業員はすべて訳ありらしい、そんな彼らの吹き溜まりのようになっている。時代劇なら長屋の風情だ。三部作流れの登場人物以外も皆、何らかの物語を抱えているらしい事がわかる。

 それぞれを主人公にしたスピンアウト・シリーズも製作可能だろう。 

映画 「レオポルド・ブルームへの手紙」

2008年10月14日 | 映画(ラ行、ワ行)

 これぞ映画、という映画ならではの語り口と表現が味わえる作品。

 二つのまったく別のストーリーが交互に描かれ、この二つはいつ、どこで交わるのだろうか、と思ってしまう。

 タイトルにもあるとおり、二つの世界は手紙で結ばれているらしい。そう思わせておいて実は・・・の展開である。

 冒頭に刑を終え出所する男(ジョゼフ・ファインズ)が出てくるが、その再出発のエピソードがその内の一つだ。彼が一心に書いているものは少年からの手紙に対する返事のようなのだが、送り先は彼を担当した弁護士で、手紙というよりは何かの物語(小説)らしいことが分かってくる。

 出所の模様を描く部分が不思議な構成で、途中で色調がセピアトーンに変わる。ここからが実は本の中身を描いているらしい。

 二つの世界は一つ。過去の自分とどう折り合いをつけて再び人生を歩き始めるかが描かれた感動作だ。

 脇役ほど豪華な配役だ。出所して男が働く食堂にはサム・シェパード、デニス・ホッパー、デボラ・カーラ・アンガーらの顔が並ぶ。