SEA side

静けさの中で波の音だけが永遠に響きつづける。
美しいものとの出会いの記憶・・・・。

映画「一枚のハガキ」

2011年08月31日 | 映画(ア行)

 新藤兼人監督99歳にしておそらく最後の作品。自身の体験をベースに脚本を書いている。

 こんなひどい話があって良いのか、というほどの不幸が戦争によってもたらされたある一人の女性を、ユーモアさえ湛えながら描き出す、巨匠円熟の味わいがある。

 最後の作品での最後の叫び。実際、登場人物はそれぞれに、どこかのシーンで悲痛な叫び声をあげる。それは戦争の理不尽に向けられている。

 100人のオジサン部隊が召集され、生き残った6人の中に監督は入っていた。運命は上官が引いたクジによって決められたのだ。

 クジによって運命が決められるということ自体が理不尽であり、それで生き残ってしまったことがさらに自分を苦しめることになる。せめてそれを後世に伝えることが、自分の義務であり、くじで亡くなった同僚への供養でもある。監督としてはどうしても生きているうちに撮りたかったテーマなのだ。

 豊川悦司、大竹しのぶが主演。一応悪役に当たる大杉漣も、悪い人どころかとても良い人である。

 いま生きている人は自分の命をしっかり生きなくてはいけない、という希望が湧いた。

映画 「ツリー・オブ・ライフ」

2011年08月26日 | 映画(タ行)

 万物を創造した神の意思を人間はどう読み解くかというテーマが、厳格な父の元で育った三兄弟の長男の視点から描かれる。

 次男の死亡、という突発的な出来事を契機に彼の精神的な思索の旅が始まる。映画はあるストーリーを語るというより、宗教的かつ哲学的な映像モニュメントのような風貌を帯びてくる。

 宇宙を創造した神の行為の中に感情は無い。生まれたものはやがて死ぬという一種の無常観が支配する世界だ。人間の一生もその一部に過ぎない。しかし、人間はそこに意味を求める。そして言う。「 神は与えて奪い、そして癒す」と。
 人の死は悲しいが残されたものは自身の生を生き、死者が去った現実を受け入れていく。

 神はけして語ることがない。何度か現れる神々しい光こそが神なのか、それともその中に神がいるのか?姿を見る事もできなければ、真意を尋ねる事もできない。神は人間の前で常に沈黙している。

 壮大な宇宙の存在の本質を丸ごと描き出そうとする野心的な試みに大震災の光景が重なって見えた。

Not for sale

2011年08月25日 | 日常生活・事件
 お盆休みに故郷で同期会に顔を出した。30人ほどが集まった。

 高齢にもめげずバンドをやっているという友人がCDを持ってきていた。くれるのかと思って聞いたら1000円でいいよ、というので一枚もらった。

 帰宅して就寝前に、山口百恵の後にこのCDを鳴らしたら、あまりの落差に愕然、とても下手だ。

 しかし友人があの年、あの顔でこのボーカルをこなしていると思うと、なぜかとても癒され、ヘタな歌もある意味では味があって病み付きになるかもしれない・・・とも思えた今年の夏の思い出であった。

 後でCDジャッケットをよく見ると Not for sale ではないか!!1000円も取りやがって・・・。まあ、頑張りに対するカンパと思うことにしよう。

映画 「未来を生きる君たちへ」

2011年08月24日 | 映画(マ行)

 残虐行為がまかり通るアフリカの難民キャンプに勤務する医師と、デンマークに残されたその家族の物語。長男は学校でひどいイジメにあっている。その学校へ、母をなくし父親と転居した少年が転校して来る。

 この二人の少年を主人公に、「憎しみが何を生み出すか」という重いテーマを見せてくれるのはデンマークの女性監督スサンネ・ビア。アフリカとデンマークの景観が鮮やかな色調で再現される。

 同じ北欧でも他国に対する偏見があるらしいことが分かる。厳しい社会、あるいは世界の現実と少年たちは向き合っている。暴力が支配する恐怖の中で毅然と生きるには、それを恐れていないことを相手に分からせないといけない。
 その時の態度のあり方が問題となる。

 物語はある悟りへと到るが、そのためにはあまりに重い代償が必要だったのだ。

映画「コクリコ坂から」

2011年08月03日 | 映画(カ行)

 少女が父親を待ち続けるモチーフにフランス短編アニメの秀作「岸辺の二人」を思い出した。

 本作の場合は少女が他へ思いを繋げることが出来た幸福感が溢れる。

 予告編でストーリーに関わる重大な秘密がすでに明かされてしまい、あんまりだとおもっていたらさらにその先が用意されており、心配は無用であった。

 東京オリンピック前の海辺の町(湘南?)を舞台に、ストレートで胸キュンの青春ストーリーが語られ大人には懐かしさがかきたてられる。

 学校が舞台になるので登場人物は多いが、基本的に顔の造作が同じで、メガネや髪型で識別することになるのだが、ヒロインは髪形を変えるので別人かと思ったらヒロインだったりする。

 冒頭で挿入歌がやたらと大きく響き出し、画面の絵より前面に出てきて違和感があったが、次第に音も馴染んでいった。

映画 「黄色い星の子供たち」

2011年08月02日 | 映画(カ行)

 ホロコーストをテーマにした秀作。

 舞台は1942年のパリだ。ナチスの脅威を逃れて周辺各国からフランスへ移り住んでいる外国籍のユダヤ人が多数いる。

 パリがナチスの制圧下にあったとはいえ、フランス本国内に強制収容所があり、フランス政府がユダヤ人廃絶のためナチスに加担していた事実を初めて知り、衝撃を受けた。むしろ子供は対象外にしようというナチス側に対して、残された子供の面倒を見きれないという理由で反対するのはフランス政府なのだ。

 しかし一方で、対象となる23,000人のうち約10,000人をかくまったのはパリ市民の勇気であった。

 メラニー・ロランが演じる収容所に派遣された赤十字看護婦の視点で描かれる。同じ収容者ながら現場で医療行為に携わる医師役のジャン・レノも素晴らしい。

 考えたとおりに進行していく物語を止める事ができないもどかしさを感じながら、子供たちの姿に自分の家族をダブらせると涙が出た。