SEA side

静けさの中で波の音だけが永遠に響きつづける。
美しいものとの出会いの記憶・・・・。

映画 「ヤコブへの手紙」

2011年01月28日 | 映画(ヤ行)

 主要登場人物3人、上映時間75分の簡素なスタイルながら、心を揺さぶる北欧発の秀作。

 フィンランド寒村の牧師館が舞台。他に人が住んでいるのかどうか分からないような過疎の村だ。そこに郵便配達夫は毎日のようにやってくる。年老いた牧師の生存確認も兼ねているかのようだ。

 盲目の牧師の元へ、恩赦で釈放された女囚が補助を請われてやってくる。彼女の心のすさみ様も凄い。そこからスタートする危うい日常に、牧師に救いを求めて毎日届いていた手紙が・・・。

 北欧の寒気の中に一条の光が射すまでをじっくり描くような作品だ。救っているものが実は救われていることもある。それぞれの「気づき」が描かれる。

映画 「山形スクリーム」

2009年08月08日 | 映画(ヤ行)
 竹中直人の監督作品。

 監督デビュー以来の竹中作品は抑制された禁欲的な表現が特徴だったが、今回はそれをかなぐり捨てた竹中ワールド全開の怪作に仕上がった。

 役者としての竹中の異常性は他が正常な時にこそ、そのおかしさが際立つのだが、今回はすべての役者が竹中調の濃いキャラクターを持つ異常な世界だ。徹底した演出というべきか?

 落ち武者の怨霊+ゾンビ系のホラー映画だが、むしろホラー風味のコメディと呼ぶべきだろう。落ち武者伝説をネタに観光客誘致を計画する村で、歴史研究に訪れた女子高生グループが遭遇する怪しげな体験が描かれる。

 屋台の親父に4つ注文すると「二つで十分ですよ」と返される、「ブレードランナー」ネタなどパロディも・・・。

 成海璃子、沢村一樹、EXILEのAKIRA、由紀さおりなど出演は豪華だし、三浦春馬などのカメオ出演もあるが、「怪作」ゆえ好き嫌いはあるだろう。

 カルト作品になるか?

映画 「闇の子供たち」

2008年09月03日 | 映画(ヤ行)

 重い題材の重量級作品だ。

 NPOと日本ジャーナリストの活動を通して、タイの子供たちの置かれた過酷な状況が描かれる。

 臓器移植と幼児売春がリンクした社会的な闇の世界だ。警察までもが裏では繋がっている。買う人がいるから売ることを考える。買い手はもっぱら外国人だ。

 一方でNPOの活動も盛んだ。これも名目や目的は様々だが、外国からタイに入り込んでくる。これを快く思わないタイ人もいるわけだ。

 江口洋介の主人公はタイに暮らす日本人ジャーナリストで、彼の目から臓器売買の実態をルポするというのが主筋になる。「悪を暴く正義」という視点に組し、主人公に感情移入していると足元がぐらついてくる、という部分が本作の複眼的な視点だ。

 ある部分で正義の人が、他のどの部分でも正義の人か?というミステリーがラスト近くの仰天の中身だ。
 ただ同じように子供を売り物にした二つの罪悪が、相互にはまったく関係ない独立した事象であると、この主人公は思っていたことになるが、卑しくもジャーナリストがそんな鈍感なものなのだろうか?

映画 「やわらかい手」

2008年06月05日 | 映画(ヤ行)


 出だしはきわめてシリアス。全体のトーンとしてはハートフル・コメディ。こめられたテーマは初老の女性の自立と恋。

 舞台は風俗産業のエロティックショップだが、その部分はむしろコメディとして笑える。性のみが売り物の殺伐とした職場のはずなのに、ショップオーナーの人間性がジワッと出てきて映画全体の温かいトーンが作られる。

 マリアンヌ・フェイスフルは「あの胸にもう一度」での衝撃が永遠に胸に刻み付けられてしまった。その彼女の上を過ぎ去った時間が現在のたたずまいの中に感じられて好ましい。美しさは毅然としたその心のありようにあるのだ。

 ショップ・オーナー役をアラン・ドロンが演じるのは無理があるだろうなぁ。

 ※週刊のムーヴィー・メルマガを創刊しました(無料)。メール受信登録はこちらから出来ます。


映画 「4分間のピアニスト」

2008年05月30日 | 映画(ヤ行)
 ゴツゴツした異物感が胸に残る。

 俳優も監督も知らないドイツ映画の、しかし傑作だ。結局人間同士は分かり合えないのだという事実に突き当たる。コミュニケーションの不在ではない。コミュニケーションの不可能がそこにはある。

 加えて、予定調和的な幸せな結末はやってこない。ハリウッド映画の絶対に描かない世界だ。それでも、絶望的なラストに微かな希望を見出すことが出来るのは、ヒロインが自分で生きる手がかりを模索し始めたことが分かるからだ。

 ヒロインと刑務所内でピアノの指導に当たる老女の2人の物語、心は開かれるかに見えてまた硬く閉ざされてしまう。その硬質の屹立した個性が闇の中に輝きながらぶつかり合う。2人に絡む看守が一般人の代表だろうが、人間の嫌な部分を見事に体現している。

映画 「夕凪の街 桜の国」

2007年08月06日 | 映画(ヤ行)
 今日は広島の原爆記念日だ。

 その広島、いや「ヒロシマ」がテーマの作品。

 被爆後13年たった広島を描く「夕凪の街」と現代の首都圏に住む家族を描く「桜の国」の2部構成。

 画調もキャストも一変する。両方に共通した登場人物は被爆しながら生をまっとう出来た藤村志保のみ。第2部は水戸に養子に出ていたため被爆しなかったその息子・旭の家族を描いているが青年期を伊崎充則が、現代を堺正章が演じている。

 このキャスティングにも通じると思うが、画調だけでなく第1部はシリアス、第2部になるとややコミカルと劇のトーンも変わる。

 第1部は、多くの人が死んだ中で自分だけが生き残ってしまった罪悪感を麻生久美子が熱演している。井上ひさしの「父と暮らせば」に共通するテーマと言えるかもしれない。

 今朝のニュース番組でも、街頭で「8月6日が何の日か知っていますか?」と若者にマイクを向けていた。ほとんどが答えに窮する中で、ただ一人正解を出したのがもっとも派手なメイクの女の子であった。

 「原爆は風化してしまったのか?」これが第1部と第2部の間に横たわるテーマである。

 第2部のヒロイン、田中麗奈演じる石川七波は少なくとも風化させたいと思っている。被爆者である母が死に、祖母が死んだことで彼女の中の「原爆」はもう封印されたのだ。

 その封印した過去とどう折り合いをつけていくことが出来るのか、それが第2部で描かれてる。

 この映画は予告編がとてもよく出来ていて、本編を見なくてもどんな映画か良く分かるのだ。それでも本編を見てしまった私は、その翌日原作のコミックを購入することになる。

 その原作についてのコメント、映画との比較などはまた次回。

映画 「善き人のためのソナタ」

2007年07月31日 | 映画(ヤ行)
 「人は知らないうちに誰かに守られている」
 これは邦画「幸福な食卓」に出て来る台詞だ。壁崩壊直前のベルリンで、監視する者とされる者の間にこの奇跡のような物語が舞い降りる。

 そこで守護霊のような役割を果たしたのが冷徹な監視者だったのだ。

 劇中で、ベートーベンのソナタ「熱情」を聞いたレーニンのエピソードが語られる。これを聞くと気持ちが優しくなって革命を成就できなくなる、と語ったとか。
 「香り」に置き換えると「パフューム」のラストシーンだ。(ともにドイツ映画)

 ここで監視される側の舞台作家によって演奏されるのが「善き人のためのソナタ」だ。盗聴するヘッドフォンから流れてくる調べが監視者の何かを解かす。音楽を担当したガブリエル・ヤレドの楽曲が美しい。

 ここに描かれるのが戦後も80年代の話であることに驚かされる。戦争中のスパイ戦がそのまま続いているかのようだ。これまで語られることの無かった壁の向こう側の事実に、少しずつ光が当てられ始めた。

 もし違う街に生まれ育っていたならば温かい家庭を持てたかもしれない監視者の孤独と不幸が悲しい。自分の持っていないものに気付き、それに限りない憧れを抱く男は、なおかつ無表情ながら深い湖のような澄んだ瞳を持っている。

 最後まで直接には語り合うことの無かった両者の心の触れ合いが、じわりと観客の胸に忍び寄る。

 2006年のアカデミー外国語作品賞受賞。

映画 「弓」 ~ 現代の神話

2007年04月17日 | 映画(ヤ行)
 小さな船の上のみが舞台の男と女の物語。と言えば、南海の孤島を舞台にした「流されて」のようだが、男女は老人と孫娘のようだし、老人は釣り客を舟に連れてきて食いつないでおり、まったく社会から途絶しているわけではない。

 その主役二人には台詞がない。ただ耳元で言葉を伝えているシーンはある。他の役者の台詞で「口がきけるのか?」と言っているくらいだからほとんどしゃべらない、という設定なのだろう。

 そのサイレントに近い二人の世界に外の若者がやって来て・・・・、という物語が起承転結鮮やかに語られる。

 どこの国のいつ頃の話かも定かではないが、それがどうであれほとんど不都合のない骨太の骨格がある。
 ただ、平穏な二人の生活に暗雲をもたらすデジタルオーディオ機や若者が耳にピアスをしていることからも紛れもない現代の話だし、拾われた孤児と思って見ていた少女は老人に拉致監禁された被害者らしいことも分かってきて、実は極めて現代的な問題を内包していることに観客は気付かされる。

 主筋を解き明かせば単純な三角関係の話で、基本的にはどちらかに傾いてもう一人は泣きを見ることになるわけだが、本作に関する限りその神話的といっても良い話法で、限りない祝福が恋人たちに与えられ、同時に悲しい思いをする人もいないという至福が訪れる。

 悲惨だったり、陰湿だったり、ギラギラした現代の日常を描きながら、いつかそれが崇高な高みに上り詰めている事を確認できるところにキム・ギドク作品を見る喜びがある。

 「弓」が人を射る武器であると同時に、たえなる調べを弦楽器から引出すものであることに改めて気付いた。

映画「ユメ十夜」

2007年02月14日 | 映画(ヤ行)
 夏目漱石原作の映画化。漱石はこんな前衛的な作家でもあったのだ。

 10のエピソードからなるオムニバス作品。「こんな夢を見た」で始まるところは黒澤明の「夢」と同じだが、こちらは個性派作家による映像博覧会の趣。

 エントリーした監督も俳優陣もとにかく豪華なので見たいと思う人は多いかもしれないが「映像ファン」ならともかく、単なる映画ファンにはお勧めしない。

 文芸タッチあり、ホラーあり、ミステリーあり、コメディありで、分かるか分からないかは別にしてそれなりに楽しめる。
 個人的な一押しは松尾スズキ監督の「第六夜」・・・・運慶、仁王を彫るの巻。世にも珍しいものを見せてもらったという感じで大いに笑った。でも「分相応」というテーマは明快。ラストに、その夢を見たのがなぜか石原良純であった、という訳の分からない落ちがつくところまで含めてとても面白かった。

 「第七夜」だけがアニメ。天野喜孝作品は初見、あまりに美しいイメージに見とれてしまった。「第四夜」は山本耕史が漱石に扮して、過去のトラウマにまつわるエピソードがミステリータッチで語られるが、シュールなイメージと色彩が美しく長編で見てみたい。

 「第一夜」は監督の実相寺昭雄も脚本の久世光彦も昨年他界しており、これが遺作とも言うべき作品。濃密な時代色と光、音、画面の傾き加減が独自の映像世界を構築している。これは久世演出のテレビ作品「センセイの鞄」で好演した小泉今日子の主演。

映画「ゆれる」~ 完璧な間

2006年08月01日 | 映画(ヤ行)
 またまた凄い映画が出て来た。娯楽として見るには重いが、良質な作品を求める目の肥えた観客が多いということか、大変な混雑だ。

 西川美和監督は前作の「蛇イチゴ」に続き家族をテーマに描いている。ややコミカルな要素もあった前作に比べて、今回は兄弟の心の葛藤が一分の隙もない息詰まるような描写で迫ってくる。とくに兄役・香川照之の演技は圧巻。

 面会室でのガラスを隔てた弟役オダギリジョーとの二人芝居は表情も台詞も心理の流れを表現し尽くして素晴らしいし、なにより、ほとんど完璧な間が長く張り詰めた緊迫のシーンを作り上げている。ここでは手持ちのカメラが「ゆれる」。

 7年の経過が字幕で示された後、ややテンポが落ちるのが気になるがラストの微妙な邂逅の意味は観客の想像に任される。

 必見の作品。将来、「名作」と呼ばれるだろう。