goo blog サービス終了のお知らせ 

SEA side

静けさの中で波の音だけが永遠に響きつづける。
美しいものとの出会いの記憶・・・・。

映画 「ブンミおじさんの森」

2011年03月30日 | 映画(ハ行)

 これまでのどんな映画とも違う、不思議なタイの映画だ。映画を見たというよりは、2時間の不思議な体験をしたと言った方が良い。

 この世とあの世の間、現実と夢の間で境界線が風にそよぐように揺れる。その時、こっち側に立っているつもりでもあちら側に足を踏み入れているのだ。

 ブンミおじさんの夕食の食卓には、死んだ妻も、行方不明になり今は猿になっている息子も生者と同じように座る。病気で死が近いおじさんの立ち位置からはどちらの世界も眺められるということなのだろう。

 映画を見ていて眠くなることはないのだが、この映画だけは例外だったと知人が言った。半信半疑で臨んだが、それが理解できた。

 画面から流れる続ける自然音や何か分からない響きが、体の深いところに作用するようで、いつの間にか映画と同じ現実と夢の間に鑑賞者である自分自身がいる。その夢うつつでの鑑賞がこの作品に限っては、むしろ正しい向き合い方なのかも知れないと思える。

 ラストでは、生者であるおじさんの妹と僧になっているその息子の体にも離脱が起こる。ここにいる自分とは違うもう一人の自分がいる。どちらが本当の自分なのか、もう分からなくなる。

映画 「ヒア アフター」

2011年03月02日 | 映画(ハ行)

 最近の発表作に見られた力強い極上のエンターテインメント感は鳴りをひそめ、優しさと抒情感が漂う。

 短編小説風の味わいを持つ、死に関わる3カ国での3つの物語が並行して語られ、お互いが引き合うように収束していく。

 確かにある向こう側の世界に行ってしまった人たちと、こちら側に残された人たちがどう心に折り合いをつけ、この世界で生きて行くけじめをつけていくかをイーストウッドが見守っている。

 これまでとのタッチの違いに戸惑いを感じる観客が多いかも知れない。予告編に映る冒頭の津波のシーンはどうやって撮影したのか空前のど迫力だが、そのテンションを期待すると全くトーンの違う展開が待っている。

映画 「ばかもの」

2010年12月22日 | 映画(ハ行)
 内田有紀と成宮寛貴が主演のラブストーリー。が、甘さは微塵もなくむしろ痛々しいくらいの不器用な愛だ。

 しかし、たどり着いた先は穏やかな幸福感に満たされる。

 今年が終わる頃になって、また邦画の秀作が出てきた。金子修介監督の代表作に数えられる一本になるだろう。芥川賞作家・絲山秋子の同名小説が原作。

 10年間の物語だが、ある決定的なこと以外には登場人物に歳は感じられない。途中で挿入される時事画像と川柳が時の流れを説明する。

 偶然出会ってイキナリの関係に陥り、その後、紆余曲折があって再び出会う、というパターンだが、相手をダメにしたという心の傷が再びお互いを引き寄せることになる。

 視点は成宮の側にあるので、途中、内田は姿を消す。その間の堕ちて行き方がまことにリアルに描かれるる。

 再会後、内田が不自由になった体で料理を作るシーンには驚いてしまった。今までどんな映画でも描かれたことのない部分を見せてもらった。

映画 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」

2010年12月17日 | 映画(ハ行)

 いよいよの「ハリー・ポッター」シリーズ、最終章の公開。前後編の前編にあたる。

 一挙公開5時間の大作では興業上もリスクが大きい。したがっての単独公開である。最終章は3Dと言われていたが、それもできなかった。(後編は可能性大)

 なかなか難しい位置づけだ。単なる2部作ならその前編で通るが、全7章の最終章前編なのだ。

 観に行くからといって、これまでの6作を復習して臨む人がどれだけいるだろうか。熱烈な原作ファンならともかく、一応見たもののすでに6作は霧の彼方だ。二部構成だから山場は全て後編、前編は単なる導入部、で終わらせるわけにも行かない。

 しかし、心配は無用であった。全く初めてではどうかとも思うが、過去作に親しんだ人は鮮明な記憶がなくても十分に楽しめる。後編への期待を抱かせつつ、見所満載で楽しませてくれる脚本、監督の手腕はさすがだ。

 しかし、全編を彩るあのダークな色調はどうだろう?並の芸術映画以上のアート感覚だ。

 これから観る人のために一言だけアドバイスするとすれば、「分霊箱」がいかなるものかくらいは知っておいた方が良いだろう。(全く忘れていても途中で分かっては来るが・・・。)

映画 「100歳の少年と12通の手紙」

2010年12月02日 | 映画(ハ行)

 悲しいファンタジーだが心が温かくなる。気遣いのあり方がテーマだ。

 難病の小児病棟が舞台となる。過酷な運命を子供たちは良く心得ている。周囲の気遣いも、だから良く分かっているのだが、それがうっとうしいのだ。

 少年が望んでいるのは、悪いことをしたらしかって欲しいということだ。両親ですら腫れ物に触るようにしか接してくれない。

 そこに現れた、事情を知らない自己中心のピザ屋のおばさんと少年の物語だ。

 けなげな少年も素晴らしいが、このピザ屋のローズおばさんの心情がなんともうれしい。自分をプロレスラーと紹介し、語って聞かせる数々の試合歴が物語のファンタジー性を彩って楽しい。

 医者役のマックス・フォン・シドーがフランス映画でフランス語をしゃべっているのにも驚いた。

映画 「ふたたび」

2010年11月19日 | 映画(ハ行)

 ハンセン病への偏見が生んだ悲劇からの再生をテーマにした作品。

 法的扱いが偏見を生んでいたことが理解できる。しかし、特効薬の開発で完治が可能となり、かつての患者の社会復帰も進んでいるようだ。

 死んだと知らされていた祖父を受け入れる家族の波紋が主筋となる。病のためにステージデビューできなかったかつてのジャズバンド仲間を、祖父と孫が訪ね歩くロードムービーである。

 老いたメンバーにベテランを配し、涙の再開が胸を熱くする。

 さてその「ふたたび」の舞台だが、やや唐突にスタートするステージ演奏は主人公の幻想シーンかと思っていたら、そうではなかった。ロードムービーからクライマックスのステージに至る繋ぎが、脚本の書き込み不足で粗くやや不自然な印象になっている。

 また、ハンセン病に対する偏見はいまだに根強く、孫娘はそのために破談になるのだが、全体がステージ再現でハッピームードの中でその孫娘の胸中をどう描くべきか、脚本家も監督も、完全無視状態で、画面に出てくる孫娘役もなんとなく居心地が悪そうで気の毒だ。

 しかし、渡辺貞夫も特別出演の演奏シーンは素晴らしい。悪い映画ではないのでもう少し細部を丁寧に作って欲しかったな、というのが感想。

映画 「BECK」

2010年11月04日 | 映画(ハ行)
 コミック原作は読んでいないし、熱烈なロックファンでもないのだが面白かった。

 ロック・グループのサクセスストーリーで、ライバルの存在や、まるでギャングのような業界黒幕との確執など、山あり谷ありで飽きさせない。

 佐藤健演じるコユキの天賦のボーカルが世界を変える。クライマックスは雷雨の野外コンサート会場だ。劇中の観客とともにその奇跡の瞬間を味わうことになる。

 堤監督は前作のヒットシリーズ「20世紀少年」もコミックの映画化で、クライマックスは野外コンサートであった。原作の歌が実写版でどう歌われるか楽しませてくれたが、今回はまったく逆の見せ方をしてくれた。すべて見るものの想像に委ねられるのだ。

 その部分だけが見事に無声で、いったいどんな歌声なのか募る期待を映像マジック的なイメージで見せてくれた。

 主演の水嶋ヒロはこの後役者引退を宣言、作家への変身を遂げたので、最後の主演作となった。本作でも十分にカッコイイのだが、その変身後、早くも小説で賞を受賞、頭角を現したわけだからその才能たるや恐るべしだ。今後に期待!

映画 「バイオハザード IV アフターライフ」

2010年09月14日 | 映画(ハ行)

 このシリーズは初見、原作に当たるゲームも未体験だが楽しめた。

 渋谷のスクランブル交差点からスタートして東京が壊滅するまでがプロローグに当たる。その部分だけでもどちらが敵か見方か分からないし、なぜミラ・ジョヴォヴィッチ扮するアリスという主人公が何人もいるのかわからない。

 本編に入ると何人もいたうちの一人のみが生き残って筋をつなぐわけだが、これがオリジナルの一人である保証はない。

 が、何かの感染でオール・ゾンビ化した地上に正常な状態の生存者がおり、彼らが結集しようとする筋立ては明快で、それに向けての全編凄まじいアクションは見ものだ。

 生存者軍団のサバイバルでメンバーの個性も良く描けている。

 敵方はゾンビ・メイクだがアンデッドと称しており、病原体に感染した病人で、死者ではない。したがって撃たれれば死ぬ。しかし、数の勝負でなかなか手ごわい。

 アンブレラという悪の組織が何をたくらんでいるのかは良く分からないが、サバイバル・アクションとして、まだこの先があることは間違いのないエンディングであった。

映画 「瞳の奥の秘密」

2010年09月02日 | 映画(ハ行)

 アカデミー外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画。

 文学的な香気が立ち上るような、ラブストーリーとミステリーの見事な融合が堪能できる。

 刑事裁判所を退職した主人公が、心にわだかまっている25年前の殺人事件を小説化しようというのが主筋。書き上げるためには、事件の被害者の家族と犯人がその後どうなったのかを追跡する必要がある。

 ラブストーリーとして、被害者である妻に対する夫の変わらぬ愛の深さとともに、主人公がかつての女性上司に対してその身分の違いゆえに封印した愛の行方が描かれる。

 ミステリーとして、犯人逮捕の結末と、その後、最愛の妻を殺害された男が25年の空白を、何をを支えに生きてきたのか。驚愕の真相が明らかにされる。

 ミニシアターが混んでいる。こういう映画を多くの人が見に来る状況は捨てたものではないと思う。

映画 「ぼくのエリ 200歳の少女」

2010年08月04日 | 映画(ハ行)

 あえて分類してしまうとホラー映画になってしまう。しかし、静かな叙情さえたたえた胸にしみる作品になっている。

 スウェーデンの小さな町に住むイジメられっ子の初恋の物語でもある。同世代の女の子との出会いがあるが、「仮に自分が女の子でなくても好きでいてくれるか?」と彼女自身が男の子に問う。

 「女の子」ではないとしたら何者なのか、が徐々に少年にも明らかになっていく。日常生活の中に静かに異物が入り込んで来る。孤独と孤独が雪深い北の国の静けさの中で静かに寄り添っていく。

 時がたてば、成長した男と歳を取らない少女との関係は父と娘のように見えてくるようになるだろう。その時この物語は再び最初から繰り返されることになる。