”Hal Asmar Ellon”by Lena Chamamyan
今、一番気になっている盤といえようか。彼女はシリアの歌手で、この盤でもシリアの古謡を今日風にアレンジしたものを歌っているとのことなのだが、どうも”シャマミアン”という苗字の響きが怪しい気がする。ジャケ写真の顔立ちなど見るにつけても、純粋にアラブ人である、とも考えにくいのだ。
で、You-tubeを覗いてみれば、彼女の名の後に(アルメニア人)と断っているものがあったりする。
ははあ、アルメニア人なのかとジャケの解説を見直すが、彼女の経歴に関してはシリアのダマスカスに生まれて幼い頃から歌い始めた、なんて記されているだけ。アルバム全体の解説を見ても、伝統音楽に関する簡単なコメントがあるだけで、このへんの疑問に答えてはくれない。わずかに一言、「彼女はアラブの伝統音楽の他にジャズやアルメニア音楽、その他のオリエント音楽に関心がある」とあるだけ。
ダマスカスの生まれということであるならば、親の代にアルメニアからシリアに移住してきて今日に至る、ということなんだろうか?「アルメニアから来た」というエキゾチシズムで売っているとか?
まあ、アルメニアもシリアも、いろいろ困難を抱えた国ではある。掘り返されたくない事情もありなのかなあ?と、ここは疑問符で終わっておくが。
収められている曲も、相当に想像力を刺激するものばかりで、冒頭の曲にしても使われている音階は日本民謡に極似、サビのあたりはほとんど日本の歌謡曲である。それがシャンソン風味のアコーディオンの伴奏で歌われるのだから。
その他、不思議な曲調の連発となっているが、標的をシリアやらアラブやらに限ったわけではなく、広くオリエント世界の古謡を題材にとった訳で、古代オリエント世界の未知の展開図が透けて見えてくるような幻想が広がる。
伴奏陣はシンプルな中にジャズ色を漂わせ、カーヌーンなどが鳴り響いてもあまり濃厚にならない民族色、というかたちでミステリアスな楽曲の個性を生かし、好感が持てる。何より軽いのが良い。
Lena Chamamyan女史の歌唱も、やはり濃厚さを排し、それこそ中央アジア高原を吹き抜ける風みたいな、透明感の中に一筋の哀愁が過ぎる、そんなさりげなさがまた、異郷の旅を行く切なさを、物静かに伝えてくるのだ。
なにか今後も、折りに触れて聞き返したくなる盤になりそうな気配がある、心に残る一枚である。