[10月23日21:00.天候:晴 サウスエンド地区(南端村)・白麗神社]
稲生:「魔界でも魔女さん達の集会があるんですねぇ……」
マリア:「そう。だから、勇太が妖狐の所に行ったのは好都合だったわけだ」
稲生:「分かりました」
稲生は夕食も御馳走になった後で宛がわれた客間に戻ると、水晶球でマリアと連絡を取った。
マリア:「いくら魔道師でも、男が参加するのはマズい」
稲生:「そりゃそうでしょう。威吹が誘ってくれたので、今夜はサウスエンドに泊まります。明日、魔王城に戻りますから」
マリア:「時間帯によっては、魔王城以外の所で落ち合うことになるかもしれない。明日、サウスエンドを出る時にまた連絡してほしい」
稲生:「分かりました。イリーナ先生に報告はしなくてもいいですか?」
マリア:「後で私から言っておく。御多聞に漏れず、師匠は酔い潰れて寝てるから」
稲生:「ああ、なるほど」
マリア:「もし妖狐が勇太を食おうとしてきたら、遠慮無く『メーデー』を放ってほしい」
稲生:「はははっ、威吹は大丈夫ですよ。それじゃ、また明日」
稲生は水晶球の交信を切った。
これの他、スマホでもイリーナの水晶球やマリアの屋敷と交信できる。
坂吹:「失礼します。ユタ様、お風呂の準備ができました」
稲生:「稲生でいいよ。わざわざお風呂沸かしてくれたんだ。ありがとう」
坂吹:「いえ……」
何故か坂吹は不思議そうな顔をした。
稲生:「お風呂はあっちだったっけ?」
坂吹:「はい。ご案内します」
坂吹は稲生の前に立った。
稲生:「威吹達はもう入ったのかい?」
坂吹:「いえ、今入っているところです」
稲生:「えっ?」
坂吹:「ああ、来客用とは別に湯殿があるんですよ。ここは客間エリアですから」
稲生:「そうなんだ」
廊下の突き当りに風呂とトイレがあった。
脱衣所には洗面台もあるので、ここで朝、顔とか洗えそうである。
坂吹:「あの……」
稲生:「何だい?」
坂吹:「つかぬ事を伺いますが、あなたのことを『ユタ』と呼んだのは威吹先生だけですか?」
稲生:「もちろんさっきまでキミがそう呼んでいたのと……ああ!あとはキノが呼んでいたな!あとは、高校の同級生にもいたけど、あれは威吹がそう読んでいるのを聞いて、真似しただけだと思うけどね。でも、どうして?」
坂吹:「……稲生さんはどうして、そう呼ばれたのかご存知無いんですか?」
稲生:「ええっ?僕の下の名前、勇太を縮めて呼んでただけじゃないの?」
坂吹:「……すいません。聞かなかったことにしてください」
稲生:「んん?」
坂吹:「ごゆっくりどうぞ。お湯が熱かったり温かったりしたら、呼んでください」
稲生:「う、うん」
稲生は脱衣所に入った。
服を脱ぐ前に浴室の中を覗いてみると、黒曜石のように黒光りする黒いタイル張りの浴槽があった。
稲生:「なるほど」
湯船の湯加減はちょうど良いものであった。
熱源が何なのかは不明だが、ちょうど良ければそれで良い。
稲生:(確か……)
威吹と初めて会った時、稲生が名前を名乗ったら、『それじゃあ、「ユタ」だな』と言われ、それ以降そう呼ばれていたような気がする。
特段、威吹からどうしてそのような愛称で呼ぶのかを聞いたことは無かった。
稲生的には、自分の下の名前を縮めてそう呼んでいるだけかと思っていたのだが……。
そういえば、キノも何の疑いも無く自然に、稲生をユタと呼んでいた。
稲生:(妖怪達の間では何か意味のある愛称なのかな?)
因みに、魔道師達からは愛称で呼ばれたことが無い。
魔道師の名前はミドルネームも入れると、長い名前になる者も多く、愛称で呼ぶことも多い。
そういえば稲生やイリーナはマリアと呼んでいるが、本名はマリアンナであり、比較的親しくしているエレーナですらそう呼んでいる。
このように愛称で呼ぶことも多々ある魔道師達からは、『ユタ』と呼ばれたことはない。
稲生:(後で聞いてみるか)
風呂から上がって、坂吹が用意してくれた浴衣に着替え、再び客間に戻ると、坂吹が布団を敷いていた。
坂吹:「すいません、今寝床の準備をしていますので……」
稲生:「ええっ?そこまでしてくれなくてもいいのに……」
坂吹:「いえ。先生からは、稲生さんの身の回りと護衛を任されておりますので」
稲生:「護衛?でも、今は魔女絡みのトラブルは起きてないからなぁ……」
威吹が魔法使いの侵入を拒んでいた理由は、偏に稲生が魔女達とのトラブルに巻き込まれたことを警戒していたものであった。
どうもジルコニア達の一件で、元々偏見のあった威吹が、更に魔女達に対する警戒心を強めてしまったらしい。
稲生:「まあ、いいや。まだ寝るには早いから、威吹と話はできない?」
坂吹:「あいにくですが、先生は禰宜様とお過ごしになっておられます」
稲生:「あっ、そうか。邪魔したら悪いもんね。うーん……それじゃ、眠くなるまでネットサーフィンでもやってるかな。水晶球がWi-Fi代わりに……」
坂吹:「あの、もし宜しかったら……」
稲生:「ん?」
坂吹:「先生と稲生さんの、これまでの活躍ぶりについて聞かせてもらえませんか?」
稲生:「ええっ?」
坂吹:「話せば長くなるのは分かってます。稲生さんが眠くなるまででいいんで、教えてください」
稲生:「えーと……坂吹君はどうして聞きたいの?」
坂吹:「オレが弟子入りする前、先生に弟子入りしていた妖狐がいたと聞いています」
稲生:「あれは結局、僕の所の大師匠様の化身だったんだよ。本物の妖狐としては、キミが本当の一番弟子になるよ」
坂吹:「例え偽者であろうとも、オレだってSクラスの“獲物”を手に入れたいんです。稲生さんも御存知だと思いますが、今、“獲物”自体が不足なのに、Sクラスなんてダイヤモンド並みの価値があるんですよ。あの禰宜様ですら、Aクラス止まりだとされています」
稲生:「もっと細かいクラス分けにすると、さくらさんはAクラスの中の更にトップクラスのAAA(トリプル・エー)だって話だよ」
因みにそれと同クラスなのが、キノこと蓬莱山鬼之助が“獲物”とした栗原江蓮である。
稲生は更にそれの上を行くSクラスであるとのことだ。
稲生:「僕なんかで良かったのか知らないけど、単なる運命だよ。まあ、いいや。じゃあ、少し話してあげる」
坂吹:「ありがとうございます。今、お茶をお入れします」
稲生:「緑茶はカフェインが入ってるから、ほうじ茶でよろしく」
坂吹:「はい!」
茶葉を燻すことでカフェインを壊したほうじ茶。
あえてカフェインが壊されている為、苦味はまろやかになり、胃にも優しい。
因みにイリーナの見立ててでは、稲生は南光坊天海僧正の生まれ変わりではないかとされている。
実はこの天海僧正に、妖狐が関わった逸話がある。
当時、名古屋にいた天海僧正が病気になった際、江戸から医者が向かったが、箱根で大雨に遭い、松明の火が消えてしまった。
そこへ無数の狐を引き連れた妖狐が現れ、手下の狐達に狐火を灯させ、無事に箱根の峠を越させてあげたという。
この時の妖狐が誰であったのか、妖狐の里では明らかにしていない。
また、どうして天海僧正を助けたのかの理由も分かっていない。
威吹ではないことは確かである。
彼は当時、青梅街道を縄張りにしていて、箱根には行ったことが無いからだ。
ただ、稲生と一緒に東京駅から新幹線に乗った際、名古屋止まりの“こだま”号に乗車したら、やたら行き先の名古屋に反応していたし、途中の小田原駅の前後で箱根の方角をやたら気にしていた記憶はある。
稲生の話を目を輝かせて聞いていた坂吹は、そこでやっと年相応の少年のような顔を見せた。
で、話が終わる頃には、既に日付が変わっていたのである。
稲生:「魔界でも魔女さん達の集会があるんですねぇ……」
マリア:「そう。だから、勇太が妖狐の所に行ったのは好都合だったわけだ」
稲生:「分かりました」
稲生は夕食も御馳走になった後で宛がわれた客間に戻ると、水晶球でマリアと連絡を取った。
マリア:「いくら魔道師でも、男が参加するのはマズい」
稲生:「そりゃそうでしょう。威吹が誘ってくれたので、今夜はサウスエンドに泊まります。明日、魔王城に戻りますから」
マリア:「時間帯によっては、魔王城以外の所で落ち合うことになるかもしれない。明日、サウスエンドを出る時にまた連絡してほしい」
稲生:「分かりました。イリーナ先生に報告はしなくてもいいですか?」
マリア:「後で私から言っておく。御多聞に漏れず、師匠は酔い潰れて寝てるから」
稲生:「ああ、なるほど」
マリア:「もし妖狐が勇太を食おうとしてきたら、遠慮無く『メーデー』を放ってほしい」
稲生:「はははっ、威吹は大丈夫ですよ。それじゃ、また明日」
稲生は水晶球の交信を切った。
これの他、スマホでもイリーナの水晶球やマリアの屋敷と交信できる。
坂吹:「失礼します。ユタ様、お風呂の準備ができました」
稲生:「稲生でいいよ。わざわざお風呂沸かしてくれたんだ。ありがとう」
坂吹:「いえ……」
何故か坂吹は不思議そうな顔をした。
稲生:「お風呂はあっちだったっけ?」
坂吹:「はい。ご案内します」
坂吹は稲生の前に立った。
稲生:「威吹達はもう入ったのかい?」
坂吹:「いえ、今入っているところです」
稲生:「えっ?」
坂吹:「ああ、来客用とは別に湯殿があるんですよ。ここは客間エリアですから」
稲生:「そうなんだ」
廊下の突き当りに風呂とトイレがあった。
脱衣所には洗面台もあるので、ここで朝、顔とか洗えそうである。
坂吹:「あの……」
稲生:「何だい?」
坂吹:「つかぬ事を伺いますが、あなたのことを『ユタ』と呼んだのは威吹先生だけですか?」
稲生:「もちろんさっきまでキミがそう呼んでいたのと……ああ!あとはキノが呼んでいたな!あとは、高校の同級生にもいたけど、あれは威吹がそう読んでいるのを聞いて、真似しただけだと思うけどね。でも、どうして?」
坂吹:「……稲生さんはどうして、そう呼ばれたのかご存知無いんですか?」
稲生:「ええっ?僕の下の名前、勇太を縮めて呼んでただけじゃないの?」
坂吹:「……すいません。聞かなかったことにしてください」
稲生:「んん?」
坂吹:「ごゆっくりどうぞ。お湯が熱かったり温かったりしたら、呼んでください」
稲生:「う、うん」
稲生は脱衣所に入った。
服を脱ぐ前に浴室の中を覗いてみると、黒曜石のように黒光りする黒いタイル張りの浴槽があった。
稲生:「なるほど」
湯船の湯加減はちょうど良いものであった。
熱源が何なのかは不明だが、ちょうど良ければそれで良い。
稲生:(確か……)
威吹と初めて会った時、稲生が名前を名乗ったら、『それじゃあ、「ユタ」だな』と言われ、それ以降そう呼ばれていたような気がする。
特段、威吹からどうしてそのような愛称で呼ぶのかを聞いたことは無かった。
稲生的には、自分の下の名前を縮めてそう呼んでいるだけかと思っていたのだが……。
そういえば、キノも何の疑いも無く自然に、稲生をユタと呼んでいた。
稲生:(妖怪達の間では何か意味のある愛称なのかな?)
因みに、魔道師達からは愛称で呼ばれたことが無い。
魔道師の名前はミドルネームも入れると、長い名前になる者も多く、愛称で呼ぶことも多い。
そういえば稲生やイリーナはマリアと呼んでいるが、本名はマリアンナであり、比較的親しくしているエレーナですらそう呼んでいる。
このように愛称で呼ぶことも多々ある魔道師達からは、『ユタ』と呼ばれたことはない。
稲生:(後で聞いてみるか)
風呂から上がって、坂吹が用意してくれた浴衣に着替え、再び客間に戻ると、坂吹が布団を敷いていた。
坂吹:「すいません、今寝床の準備をしていますので……」
稲生:「ええっ?そこまでしてくれなくてもいいのに……」
坂吹:「いえ。先生からは、稲生さんの身の回りと護衛を任されておりますので」
稲生:「護衛?でも、今は魔女絡みのトラブルは起きてないからなぁ……」
威吹が魔法使いの侵入を拒んでいた理由は、偏に稲生が魔女達とのトラブルに巻き込まれたことを警戒していたものであった。
どうもジルコニア達の一件で、元々偏見のあった威吹が、更に魔女達に対する警戒心を強めてしまったらしい。
稲生:「まあ、いいや。まだ寝るには早いから、威吹と話はできない?」
坂吹:「あいにくですが、先生は禰宜様とお過ごしになっておられます」
稲生:「あっ、そうか。邪魔したら悪いもんね。うーん……それじゃ、眠くなるまでネットサーフィンでもやってるかな。水晶球がWi-Fi代わりに……」
坂吹:「あの、もし宜しかったら……」
稲生:「ん?」
坂吹:「先生と稲生さんの、これまでの活躍ぶりについて聞かせてもらえませんか?」
稲生:「ええっ?」
坂吹:「話せば長くなるのは分かってます。稲生さんが眠くなるまででいいんで、教えてください」
稲生:「えーと……坂吹君はどうして聞きたいの?」
坂吹:「オレが弟子入りする前、先生に弟子入りしていた妖狐がいたと聞いています」
稲生:「あれは結局、僕の所の大師匠様の化身だったんだよ。本物の妖狐としては、キミが本当の一番弟子になるよ」
坂吹:「例え偽者であろうとも、オレだってSクラスの“獲物”を手に入れたいんです。稲生さんも御存知だと思いますが、今、“獲物”自体が不足なのに、Sクラスなんてダイヤモンド並みの価値があるんですよ。あの禰宜様ですら、Aクラス止まりだとされています」
稲生:「もっと細かいクラス分けにすると、さくらさんはAクラスの中の更にトップクラスのAAA(トリプル・エー)だって話だよ」
因みにそれと同クラスなのが、キノこと蓬莱山鬼之助が“獲物”とした栗原江蓮である。
稲生は更にそれの上を行くSクラスであるとのことだ。
稲生:「僕なんかで良かったのか知らないけど、単なる運命だよ。まあ、いいや。じゃあ、少し話してあげる」
坂吹:「ありがとうございます。今、お茶をお入れします」
稲生:「緑茶はカフェインが入ってるから、ほうじ茶でよろしく」
坂吹:「はい!」
茶葉を燻すことでカフェインを壊したほうじ茶。
あえてカフェインが壊されている為、苦味はまろやかになり、胃にも優しい。
因みにイリーナの見立ててでは、稲生は南光坊天海僧正の生まれ変わりではないかとされている。
実はこの天海僧正に、妖狐が関わった逸話がある。
当時、名古屋にいた天海僧正が病気になった際、江戸から医者が向かったが、箱根で大雨に遭い、松明の火が消えてしまった。
そこへ無数の狐を引き連れた妖狐が現れ、手下の狐達に狐火を灯させ、無事に箱根の峠を越させてあげたという。
この時の妖狐が誰であったのか、妖狐の里では明らかにしていない。
また、どうして天海僧正を助けたのかの理由も分かっていない。
威吹ではないことは確かである。
彼は当時、青梅街道を縄張りにしていて、箱根には行ったことが無いからだ。
ただ、稲生と一緒に東京駅から新幹線に乗った際、名古屋止まりの“こだま”号に乗車したら、やたら行き先の名古屋に反応していたし、途中の小田原駅の前後で箱根の方角をやたら気にしていた記憶はある。
稲生の話を目を輝かせて聞いていた坂吹は、そこでやっと年相応の少年のような顔を見せた。
で、話が終わる頃には、既に日付が変わっていたのである。