4月になったばかりの塩釜市は、飛騨と同じくらい冷え込みましたが、冬用のシュラフを持って行ったおかげで何とか安眠することができました。でも、起きようとすると体中がぎしぎしいっているような感じ。何とか起き上がり、背中と腰にサロンパスを張り、簡単な朝食を済ませました。その後、身支度を整え、隣接するボランティアセンターへ。
今日も大勢のボランティアが訪れてきます。いくつかニーズが発表される中、昨日と同じような作業(家の片付けと泥だし)に手をあげました。
今日の家は、昨日のところのすぐ近くでした。ただ、ちょっと地盤を高くして建てられたこともあり、昨日の家よりは浸水被害はひどくなく、また昨日ある程度片付け終わっていて、今日は床下の泥掃除ということでした。こちらは水道が使え、また2階のトイレも使えるなど昨日とはかなり違う状況でした。
午前中で大体泥だしが終わり、午後は家の前の歩道に積み上げられた泥を、回収しやすいように車道側に出す作業をしました。泥といっても普通の泥ではなくて、おそらく海底に堆積していたヘドロが津波と共に押し寄せたようで、かなり強烈な悪臭がします。はじめはかなり臭いをガマンするのがつらかったのですが、人間の体はよくできているもので、やがてなれて気にならなくなりました。というか、気にしてたら何にもできない状況だったでしょう。この泥を出す作業をしていましたが、スコップにすくって投げようとしても、かなり粘り気があってくっついてしまいなかなか取れず、苦労しました。
それでも何とか片がつきそうになった頃、ボランティアコーディネーターが回ってきて、近くの家で手が足りないので回るように言われました。このコーディネーターの方は、はじめは普通のボランティアだったそうですが、ボランティアセンターの調整が回らない様子を見かねて率先してニーズと人を臨機応変にマッチングさせているとのこと。確かに、二日間活動し終えて感じたのは、道具を効率よく使うことの大切さと、人を効率よく動かすことがいかに重要かということでした。ボランティアセンターのスタッフもなかなか手が回りきらないようでしたが、ボランティアがスタッフのフォローをして全体がうまく回るようにすることも、このような事態には大切なのでしょう。
その後、近くの家に移動して、庭に堆積した泥を撤去すること、また近くの広場で流れ着いた肥料袋(水を吸ってパンパンに膨れ、実に重かった・・・)や瓦礫・車両の撤去などをこなして2日目が終了しました。
疲れた体でボランティアセンターに帰り、今度は飛騨高山に帰らなければなりません。その前に、携行缶で持ってきたガソリンに余裕がありそうだったので、20l分をボランティアセンターに提供し(ガソリンスタンドは不定期に開店する程度で、給油量も限られるどうで、ボランティアを配送する車の燃料も尽きかけているとのことでした)、着替えもそこそこに帰路につきました。
帰りの車中、運転しながら、二日間に会ったことを反芻してみました。見たもの、聞いた話、かいだ臭い、触れた泥の感触、運んだ物の重み・・・。「何かしなきゃ」、という衝動に動かされる格好で出かけた今回、残ったのは疲労と筋肉痛でした。あと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけの自己満足・・・。
「何かしなきゃ」という思いは、実は今回の地震の前から自分の中に居座っている気持ちでした。というのも、去年、山で仲間を亡くしました。偶然が重なったというには悲しすぎる事故で、目の前で命の灯が消えようとするのを、ほとんど何もできないまま看取ることしかできませんでした。そのときの何もしてやることができなかった自分の無力感の裏返しで、いつも「何かしなきゃ」と思い続けていたような気がします。今回の地震の被害、特に津波で押し流される家々をみて、「ここでなら『何か』ができるんじゃないか」という想いが積み重なって、被災地にお手伝いに行くことにしたのです。『何か』が何だったのか、また何かができたのかどうかはよくわかりませんが、片付けた家の方から感謝の言葉をかけていただいて得たものが、「やってよかった」というささやかな自己満足でした。ささやかではありますが、2日間の肉体労働と往復1,300kmの運転の対価として十分すぎるものでした。4月2・3日の後、これに味をしめて、16・17日に同様のスケジュールで石巻市に行ってお手伝いしてきました。塩釜市はボランティア活動が収束に向かいつつあるようでしたが、石巻市は大勢のボランティアが活動していますがまだまだ先は長そうです。うまくすればいつか『何か』がわかるかもしれないという淡い期待を持ちつつ、この先も機会を捉えてお手伝いに行こうと思っています。
快く送り出してくれた家族と、携行缶ばかりか中身のガソリンを提供していただいた知人の方々に深くお礼申し上げます。
今日も大勢のボランティアが訪れてきます。いくつかニーズが発表される中、昨日と同じような作業(家の片付けと泥だし)に手をあげました。
今日の家は、昨日のところのすぐ近くでした。ただ、ちょっと地盤を高くして建てられたこともあり、昨日の家よりは浸水被害はひどくなく、また昨日ある程度片付け終わっていて、今日は床下の泥掃除ということでした。こちらは水道が使え、また2階のトイレも使えるなど昨日とはかなり違う状況でした。
午前中で大体泥だしが終わり、午後は家の前の歩道に積み上げられた泥を、回収しやすいように車道側に出す作業をしました。泥といっても普通の泥ではなくて、おそらく海底に堆積していたヘドロが津波と共に押し寄せたようで、かなり強烈な悪臭がします。はじめはかなり臭いをガマンするのがつらかったのですが、人間の体はよくできているもので、やがてなれて気にならなくなりました。というか、気にしてたら何にもできない状況だったでしょう。この泥を出す作業をしていましたが、スコップにすくって投げようとしても、かなり粘り気があってくっついてしまいなかなか取れず、苦労しました。
それでも何とか片がつきそうになった頃、ボランティアコーディネーターが回ってきて、近くの家で手が足りないので回るように言われました。このコーディネーターの方は、はじめは普通のボランティアだったそうですが、ボランティアセンターの調整が回らない様子を見かねて率先してニーズと人を臨機応変にマッチングさせているとのこと。確かに、二日間活動し終えて感じたのは、道具を効率よく使うことの大切さと、人を効率よく動かすことがいかに重要かということでした。ボランティアセンターのスタッフもなかなか手が回りきらないようでしたが、ボランティアがスタッフのフォローをして全体がうまく回るようにすることも、このような事態には大切なのでしょう。
その後、近くの家に移動して、庭に堆積した泥を撤去すること、また近くの広場で流れ着いた肥料袋(水を吸ってパンパンに膨れ、実に重かった・・・)や瓦礫・車両の撤去などをこなして2日目が終了しました。
疲れた体でボランティアセンターに帰り、今度は飛騨高山に帰らなければなりません。その前に、携行缶で持ってきたガソリンに余裕がありそうだったので、20l分をボランティアセンターに提供し(ガソリンスタンドは不定期に開店する程度で、給油量も限られるどうで、ボランティアを配送する車の燃料も尽きかけているとのことでした)、着替えもそこそこに帰路につきました。
帰りの車中、運転しながら、二日間に会ったことを反芻してみました。見たもの、聞いた話、かいだ臭い、触れた泥の感触、運んだ物の重み・・・。「何かしなきゃ」、という衝動に動かされる格好で出かけた今回、残ったのは疲労と筋肉痛でした。あと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけの自己満足・・・。
「何かしなきゃ」という思いは、実は今回の地震の前から自分の中に居座っている気持ちでした。というのも、去年、山で仲間を亡くしました。偶然が重なったというには悲しすぎる事故で、目の前で命の灯が消えようとするのを、ほとんど何もできないまま看取ることしかできませんでした。そのときの何もしてやることができなかった自分の無力感の裏返しで、いつも「何かしなきゃ」と思い続けていたような気がします。今回の地震の被害、特に津波で押し流される家々をみて、「ここでなら『何か』ができるんじゃないか」という想いが積み重なって、被災地にお手伝いに行くことにしたのです。『何か』が何だったのか、また何かができたのかどうかはよくわかりませんが、片付けた家の方から感謝の言葉をかけていただいて得たものが、「やってよかった」というささやかな自己満足でした。ささやかではありますが、2日間の肉体労働と往復1,300kmの運転の対価として十分すぎるものでした。4月2・3日の後、これに味をしめて、16・17日に同様のスケジュールで石巻市に行ってお手伝いしてきました。塩釜市はボランティア活動が収束に向かいつつあるようでしたが、石巻市は大勢のボランティアが活動していますがまだまだ先は長そうです。うまくすればいつか『何か』がわかるかもしれないという淡い期待を持ちつつ、この先も機会を捉えてお手伝いに行こうと思っています。
快く送り出してくれた家族と、携行缶ばかりか中身のガソリンを提供していただいた知人の方々に深くお礼申し上げます。
高山の桜の事を調べていて、こちらのブログにたどり着きました。
震災地でお手伝いしてきた日記を読み、テレビなどで見ていた事以外の、知らない事実を知る事が出来ました。
ご友人を亡くされた事、本当に辛かったことと思います。
でも前向きに頑張って、被災地へ赴いた貴方の日記を見て、被災地の方のために、私も出来ることをもっと頑張ろうと再度思いました。
最後に、お手伝い本当にお疲れ様でした。
そして、この日記に出会えた事に感謝します。
まだくすぶっている「何かしなきゃ」という気持ちがあります。支援やボランティアで被災地が混雑する連休を避けて、また「何か」をしに行ってみようと思っています。
例年なら臥龍桜の様子を紹介しているブログですが、まだそういう記事を書く気持ちになれないというところです。我ながら気弱な自分に驚くやらあきれるやら・・・。
ちなみに、臥龍桜はいま見頃を向かえています。気温が低めなのでGW中は花見が楽しめると思います。よろしければぜひ足をお運びくださいませ。