kotoba日記                     小久保圭介

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脳科学

2007年03月16日 | 音楽
今日の新聞で、脳科学の記事がトップにあった。
特集「いじめ」で、
いじめ、他何らかの心の傷を受けた者は、
脳のある箇所にも傷がつくそうなのだ。
「これは比喩ではなく」と記事にあった。
CTの脳の写真があって、その箇所に矢印があったけど、
どういうふうに傷がついているのかは判らなかった。
それでも、何らかの心の傷が、
脳にも傷をつける、
という話は興味深かった。
そして心の傷が癒えると同時に、
脳の傷も消えてゆくそうである。
心という時に厄介なものが、
こうして科学されていくことが、
とても面白かった。
どんどん解明されていけばいいな、と思います。


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ほうき星

2007年03月15日 | 音楽
今朝、通勤途中に、まだ薄暗い川沿いの道で、
自転車を漕いでいると、
パッと、「ほうきぼし」の歌詞が浮かんで、
合わせて谷川俊太郎の詩の理論を考えていた。

「抽象的」なものと「動詞」の連なりで、
イメージを鍛えればかなりのよいフレーズができあがるはずである。
曲「ほうきぼし」のように。

谷川の詩は、理路整然、
藤井貞和の詩は、ねじれ(DNA螺旋)のように、過去と未来を繋ぐ言霊、
吉増剛造の詩は、流動、

と、ほうきぼしの歌から、連想していた。

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朝焼け

2007年03月14日 | 音楽
家を出る時間になると、
西の窓の外が朝焼けでオレンジ色になる。
そんな日が2日間続いて、
朝はとても気分が良い。
朝日は命の光だ。
労働場に着くころには、
陽は白くなっているけれど、
朝焼けのオレンジだけは、
本当に良い。
太陽が断然好きなのです。


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作品  『こんにちは』

2007年03月13日 | 音楽
第8作目。

今朝、柳の木にモズが3匹来た。そいでどっかに行った。



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泣きたいときに泣く

2007年03月12日 | 音楽
速い雲が北西から南東に動いていた。
朝からみぞれが降って、一日、寒かった。
凍える。

オジが泣いた。
僕ももらい泣きした。
オジはどこかへ泣きに行った。
僕はこぼれない程度の涙目を、気にした。
「花粉症で」と言えば良いと思った。

寒くて寒くて、
僕らは。
僕らは、寒さの中で、泣いたあと、
静かにしていた。
僕の大切な友達のため、
オジは泣いてくれた。
誰も泣かなかったのに、
オジは泣いてくれた。
それが何よりもうれしくて、
いとうたかおさんの「天国の扉」という歌を、
胸で歌った。一番だけしか歌えず、
空を見た。
速い雲が北西から南東に動いていた。
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風の強い日

2007年03月11日 | 音楽
今、手元に二枚の栞がある。
穴が開けられて、細い組み紐が添えられている。
思いというものを、この栞から感じることができる。
ありがたいと思う。

風が強い日、いくつかの道を曲がって行った。
踏切を越え、間違えた道を引き返した。
おいしい料理を食べた。
裸木の名前は不鮮明だが、
必ず緑いっぱいになる日が来る。

懐かしい原風景を立ちのぼらせる物語がたくさんあった。
懐かしい路地や、人がいた。
水門の壁に咲く、小さな緑と花。
丘にある廃墟と空。
そのすべてが懐かしい物語を立ち上げていた。

シュールレアリズムの絵もあった。
アンディのようだとも、横尾のようだとも、ドイツの退廃美のようだとも、思った。

僕は静かになって、物語を読んでいた。
窓の外は青い空があり、白い雲があった。
観葉植物の葉はまだ薄い緑で、強い風が葉面に当たって冷たそうだった。
たくさんの人が、たくさんの物語をもっていた。
でも僕は懐かしいものが好きだった。
懐かしさは、自分が持っているものであり、安心するから。

一度、飛行機が飛ぶのを見た。
そして、空はとても広く、
青く、雲は白やグレイだった。

風の強い日、
僕は静かな物語の中にいた。
ここで思いのこもった栞をはさむ。
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B/S

2007年03月09日 | 音楽
心の支え
思うことだけはできる


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藤井貞和の言葉の凄さ

2007年03月08日 | 文学
藤井貞和著『人間のシンャWウム』を読んでいる。
セクション6「劣化」、セクション7「椅子」あたりで、
繰り返しの言葉が出てくる。
そこらへんで、この詩人の何とも説明できない凄みを感じて、
言葉の凄さを改めて思ったのは、一昨日のこと。
今夜も読み進めたいけど、もう寝なくてはいけない。
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草木に習う

2007年03月08日 | 音楽
梅が咲き、
白木蓮が咲き、
きんもくせいが匂い、
菜の花が昨日、咲いていた。

風は冷たいけれど、
裸木よ、
君の祭典を、
心待ちにしている。

陽は、春の温かさ、
気温は低いけれど、
柳の木の下では、
草の緑が出てきている。
柳の枝の一部に、
新芽がふくらんできている。

風は冷たいけれど、
もう春間近なのだ。
草木を見れば、それに習う。


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柳の木

2007年03月07日 | 音楽
柳の木の下で
静かにしていた。

風は冷たくて
陽は温かかった。
まぶしい。

ーーー
オジの夕食。
「メダカだ」
「お頭つきだ」

ーーー

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星の王子さま

2007年03月04日 | 音楽
今日、カラオケに行って忌野清志朗の歌の時の画像が、
たぶん20年ぐらい前のライブの時の動画でした。
いつも思うことは、清志朗さんって、「星の王子さま」だな、と。
最近、ブラッドベリがはやっていて、いくつもの本が出ているらしいけど、
清志朗さんの姿を重ねるのは僕だけだろうかな。
去年か一昨年、RCの時の清志朗のライブの一曲が、
テレビで流れていた。身を崩して、声にならぬ声で絶叫していた。
勿論、演出なのだけど、次第に演出ではなくなって、
その歌に歌詞に自分を完全に同化させてしまう姿がそこにあった。
その絶叫は、悲しみの絶叫でした。
それはビデオ録画してあったから、何度も見ることができた。
そのことは以前のkotoba日記で書いたと思うけど、
強烈な印象として残った。
何かを表現することに長けている人というのは、
こういう人のことをいうのだな、と。
今日の「星の王子さま」は、カラオケ屋のモニターから、
こんな夜にお前に乗れないなんて、と言っていた。
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僕らは言葉である。

2007年03月01日 | 生活
去年が花粉症元年で、たいした苦痛もないと思っていた、
今年はひどく苦痛で目が、鼻が。
ラブサイケデリコのアルバム『Ⅲ』の中に「hello」、「グレープフルーツ」が入っていて、
「hello」を聞くと、切なくなり、
「グレープフルーツ」を聞くと、歌詞の中で、「ミケランジェロ」
という言葉が出てくる瞬間、ある類の興奮が起きる。
先日の新聞で小川国夫という作家がエッセイを書いていて、読んだ。
それは面白くはなかったけれど、僕の遠い親戚の人なのだ。
「橋を渡って泣く」というメイルが来て、「青い空を見て」と返事を書いた。
言葉ほどこの世の中で好きなものは他にない。
言葉は魂の息であり、交信であり、存在であり、誤解であり、希望である。
多様的な言葉であればあるほど、イメイジの呼び込みであり、
そのイメイジはいずれ空に放つ。
言葉とは、詩である。
詩は海から生まれる。
海の子は宇宙の子である。
僕らはみんな、宇宙の子である。
研ぎ澄ませ、耳を澄ませ、見ろ、見ろ、
聞け、もっと。
裸木の如く、裸体になって、
言葉を体に書くんだ。そして走る。言葉を刻んだ者が全速力で向かうは、
海だ。

コメント (2)
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