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kotoba日記                     小久保圭介

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ワクチンの取り合い

2021年01月30日 | パンデミック
  
  



土曜日




屋根に雪
空に雲
天に青


毎日
いろんな人に会う
見知った人も何人か
初めてお会いした人は
尾鷲出身
一ヶ月に一度
帰るという
定年を過ぎたら
帰るという

尾鷲から
熊野古道へ登る道を
教示していただく
なるほど
Googleマップを見ながら
古道の先に
三木里
九鬼と繋がる
なるほど
地元の人の
地元の話ほど
おもしろいことはない

男たちは
屋根に登っていった
壁階段を昇って


西へ行く
すぐ近く
ああうれしい

黒き川の
墨色
それ
筆をつけ
天然の墨汁の如く

電気圧力鍋と発する
天才が昨日来て
それ
贈っていただき
今日は
寒いのだし
生姜焼き定食
しかも
ニンニクもたくさん入れて
体を温める
昨日の寒さを
侮るなかれ

『夜の街で生きる~歌舞伎町 試練の冬~』の動画見る
いくら
自分が行かぬところだからといって
安易に否定批判してはいけない
その理性を養う力を得るための動画
他者を知るとは多言語を知るに等しく
そのための貴重な動画
これは私自身が試される動画
難解な書物を読むとき
自身が試されるに等しい動画
見て良かった
答はまだずっと先にある

パンデミックの隠された
場所の苦悩
それは発展途上国だけではなく
こうした歓楽街で働く人たちの
さみしさや優しさを知るに至る

パンデミックは巨大な書である
どの切り口からでも
わたしたちは学ぶことができる
他の価値を知り
認めるということ

批判するのは簡単
肯定するのは難解です


人類は
そこに『自分が見つからない』ことで
安易に批判非難する
そこに『自分が見いだせる』ことで
肯定応援となる
よって
物事とは自分がそこに<あるか、ないか>の基準で
計られる

みんな自分を知らず知らず
事象に探し続け、求める
『潜在的共有の希求』は
他者を排除して
自身が生き延びる本能に基づいている

人間は理性を持っているのだから
本能の後付に理性を駆使して
『自分でない』事象、人物等を
見つめねばならない
価値の拡大と視野の拡大は
『自分でない』ところを認めることによって
もたらされる



ワクチンを金持ちの国が買いあさっている
争奪戦と見出しにあるけれど
「争奪戦」とは
こんなふうに使う言葉ではない
「争奪戦」に失礼だ

人の自利をこれほど
見知る機会はない
一昨年のマスク然り
よく見ておいた方が良い

発展途上国は明日の命が
全体でまったくの保証がない
先進国とは違う

発展途上国、先進国という
言葉も好きになれない
どうしたものか

地球の人類は
パンデミック状況下
何をするか
人がすることを見ている

ただし他を批判する時は
注意深くなければならない
それはしない方がいい
いや
してはいけない
政治家のせいにしてはいけない
誰かのせいにしてはいけない
パンデミックは自分の問題だ
それはずっと肝に銘じている(つもり)

わたし
ワクチン打ちたくない
親であるのかもしれぬ日本国は
金持ちの国だ
「子よ打ちなさい」
と言うだろう
他の人への感染を防ぐためにも
だがしかし
他の人がワクチンを打っていたら
感染しないだろう

皇后様、雅子様は言った
「国民が先にワクチンを打ってください」
高貴な言葉の教えは
上皇后、美智子様からの伝承と聞く

一晩中
朝起きた時も
ワクチンについて
思っていた
どうするべきか
発展途上国にまわらないワクチンを
わたしが打っていいのか
それでいいのか
考える
本当にそれでお前はいいのか
自答する

一つの選択は
その分
他の方法で
というのが出た
宮沢賢治が言った
『ご恩送り』
ご恩を頂いた人に返すのが恩返し
ご恩を頂いた分を他に返す
それがご恩送り
恩返しができない時が多々ある
そんな時
他に返し
恩は地球を巡る
そういう思想

ワクチンを接種したとしても
それをありがたく恩として受け
他にその恩を心の形で贈る
それしか今のところ
考えが及ばない
それか
ワクチンを打たぬか
けれど
それでは
ワクチンが無駄になる可能性が出る
むつかしい
パンデミックは
半径3メートルで考えてはいけない
遠近法を使わねば
それは想像力ではない
地球規模の人類及び生物への
最低限の
礼儀かもしれない

生姜焼きを食べながら











パルスオキシメーター

2021年01月27日 | パンデミック
  


朝 見に行く


洗濯
元気

安心する

何もしない今日は
そう決めた日
文字通り
何もしないということはないのですけれど
しなければいけないを
とりあえず
全部
やめる

力を入れ
力を抜く
その繰り返し

金の斧
もう一個
金の斧
池を見ていただけなのに

パルスオキシメーターの需要率が
飛躍的になっている

去年の5月
わたしは喘息もあるし
買っておいた
5000円した
今では1500円からある
医療品指定でも安い

しかし
去年の五月は
まだ
自宅治療で死亡するケースがあったとき
大騒ぎになった

今では医療崩壊が起きて
自宅治療で死亡する人がたくさん出てきて
数の論理によって
世からとがめられることも小さくなり

コロナ渦になって
一年
知り合いの知人が入院したとか
友達のお姉ちゃんが濃厚接触者になった
とか
こないだは
ナマステ先生のお姉さんが
空に帰られた

みんな身近で起きることが事実であり
遠くで起きることは空想である

その心情の変化を言葉で
「本当に浮「」
とか
「自分も気をつけなきゃ」
とか
一年前はむしろ
コロナ渦を否定的にさえしていた人が
半径3メートルでコロナ渦が真実味を増すと
それは事実になる

想像力がないとか
そういうことではない
結局
みんな自分にしか興味がない
近しに死や隔離があって
初めて
身に迫る思い

これがコロナ渦の現実

医学者
科学者が
知見という
わたしの場合
こうした
身近な証言こそ
知見である

人が事象で変化するさま
それを
見ている




黙食

2021年01月19日 | パンデミック
  


写真は12月31日の夕方
八百屋で買った
大量の野菜と果物の写真
激しく安いのをご覧ください

この八百屋さんがあって
わたしは命が繋がっているようなもの
低所得者がどれだけ助かっているか
ありがとうございます


さて
今日は
寒し

野路の夢
バス
睡眠の夢

今朝のお言葉
「うん、いってらっしゃい(かくかくしかじかの件は)大丈夫よお母さんを大事にしなさい」

両面テープの件もお許しくださっている
ありがとうございます

それにしても今日は早口だったな

柴田さんに「マスク着用」ありがとうメール送る

新聞を読んでいると
レストランで
「黙食でお願いします」
という張り紙があったそうだ

黙食
これって
修行僧が食事をする時の所作だ

コロナ渦というのは
そういうことなんだな
と思
結局
ハレとケの
ハレがアメリカ文化が入ってきたと同時に
爆発的に多くなって
ハレばかりの日常になった
それが当たり前になった

ハレとは晴れ着のハレ
つまり秋の収穫祭やお正月
そういったお祭りがハレ
あとのほとんどの日は
お酒も飲まず
田畑に出て
農作業
慎ましい食事をして
早く寝て早く起きて
仕事をして
寝る
そういった生活の中で
年に数回しかない
ハレの馬鹿騒ぎ

現代はハレばかり
そして
『黙食』とは飛沫感染防止であると同時に
ケの所作でもある

コロナ渦では
たくさん言葉が毎日
出てきた

三密(元は真言密教、口に真言、意に仏、手に印を結ぶ、が原語です)
ソーシャルディスタンス
飛沫感染
エアロゾル
クラスター
感染爆発
都市封鎖(ロックダウン)
医療崩壊
緊急事態宣言の『発出』
接触感染
濃厚接触者
ステイホーム
自粛警察
パンデミック(世界的流行)

そして
お坊さんの世界である
黙食である
いわずもなが

夜の快楽優先の乱れこそ
パンデミックを生んだ
自分だけがよかったら
それでいい
という実力主義という化け物
日本は
狩猟民族ではない
自分たちが
あの獲物を捕る
あいつらには捕らせない
ではなく
農耕民族であり
収穫の時は
村人全員でやらないと
できないことばかり

よって
和をもって尊しとする
万障繰り合わせの上
という思想を持ち得た

先進国の傲慢が
経済優先が
ジェット機を飛ばしまくり
こうなった
パンデミックは
人災でもあるのだ
そのことを
みんな
ステイホームで
知り始めてきた
考える良いきっかけになった人も
多いと思う
今までは
考える時間もなかったのだから









大変貴重な動画。紛争地域からのSOS

2021年01月01日 | パンデミック
   https://dai.ly/x7wbyo8



      ↑



<パンデミックが変える危機 『紛争地域からのSOS』>

の動画(一時間)です





アフリカ
コンゴ民主共和国の
センシティブな問題についての
動画を見る
一時間ありますけれど
一人でも見ていただきたいと
思って
アップします

世界の新型コロナウィルスの状況は
ニューヨークやブラジル
フランスやイギリス等
先進国のみが
放映される
その意味がわからない

発展途上国からの
貴重な動画です


発展途上国で何が起きているか
わたしたちは知らない
だからこそ
と願って
アップします


とにかく
何かできないか
と考



科学的思考のみ

2020年12月07日 | パンデミック
  


もう何十年
13年か14年
労働関係で顔なじみの人
缶コーヒーをいただく
ナマステ先生からも

顔なじみの人は
朝早くから信号待ちをしていて
何度も見かけ
何度も手を振る
そんなことが10年

いつもにこやかで
こんな人ばかりの星なら
争いは起きない

けれど
世は好戦的な人も多い

思う時がある
みんな黙ればいいのに


言葉が武器
言葉が人を傷つける

あっと気がついて
『沈黙は金』
という言葉を
胸に沈める

いくら
詩人の田村隆一が
「言葉なんておぼえるんじゃなかった」
と書いても
誰も読まない
その意味も思わない

テレビとゲームとYouTubeのせいで
思考訓練ができていず
暴言や中傷
差別
分断
偏見

思うこと
思いやること
それが
普通にできなくなってきている
相対的に

何故か
しゃべるからだ
黙っていれば
人は考える

人の思いのほの暗い明かりに
手をかざし
そっと
背中を見えぬ手で
撫でる

思うこと
思いやること


---

コロナ渦
情には理
理には情


科学的思考こそ
『正しく浮ェる』ことに尽きる

飲食がダメではない
カラオケがダメではない
富岳のシミュレーション動画を見れば明らか

マスクの有効性を
どれだけの人が正確に言えるだろう
「みんなしてるから」
じゃ科学にならない

ドイツマスク歴5ヵ月
日本マスク歴50年

尾身茂先生は今年の初めから
クラスター班を率いる押谷仁先生や西浦博先生らとともに
総括的立場で積極的に発言してくれている
「会食の時は、食べる時はマスクをはずして。話す時はマスクをして」
と提案した
誰がそうしただろう
わたしは尾身茂先生が言う前にそう思って実行していた一人です
なぜなら尾身先生たちの話を真剣に聞いていたから
当然

その会食法を高齢者に言ったら
「できるわけない!」
と一喝された

コロナ渦はまだ4年は続く
あるいはもっと
ならば
新しいライフスタイルを受け入れることができなければ
どうしようもなく
感染は拡大する

大事なのは科学的思考
マスクの有効性の周知
富岳のシュミレーション動画を7時のニュースでしつこく流せばいいのに
と思う





何故
屋外ではマスクをしなくても大丈夫なのかも
わかっていない
みんなマスクをしているからしている的思考は
日本の悪い村社会思考です

屋外ではまず密集、密閉していない
ただ近距離で人と対面する時だけ
マスクはすればいい
それは科学だ

問題意識の持ち方次第
けれど
これはどうしようもない
サッカーが好きな人が
サッカーに興味ない人を
どうやってファンにできるだろう
何でも同じ

けれどパンデミックは日本はもちろん
世界の問題
世界が同じ問題意識の高さを持ち
感染を防ぐ生活スタイルをするようになったら
感染者は激減する
そこは広報と周知の問題に尽きる

経済を守るためにも
個々人がルールさえ守ったら
と切に思い
尾身先生たちが最初から言っていた言葉
「正しく浮ェる」への認識

科学重視
感情に負けてはいけない
冷静に
パンデミックは冷静に
100年前とは違う
医学
科学がある
大丈夫

そしてこの一年で

三密を避ける

手洗い

顔を手で触らない

マスク着用

うがい

抵抗力をつけておく(腸内環境などの整備)

マスクをつけていても対面では大声で話さない

と感染しないで済む具体が示されている
にもかかわらず
慣れであったり
意識の低さの共有

これだけ守ったら
カラオケだって
飲食だって
できる

『正しく浮ェる』 ーー 尾身茂






不要不急の銀河

2020年07月23日 | パンデミック
  

くもり

洗濯

睡眠
カーマ
スーパー
100円ショップ
ファミマ

ピザの注文を頼まれました

動画で
『不要不急の銀河』
見る

最後の
のん

『ファイト!』

コロナがこういう感じで
描かれるという
文化が
日本にはあって

コロナだからこそ
ドキュメンタリーとドラマという
手法は
小説ではある時期
流行ったけれど
こうして
『メタフィクション』の手法を用いる
必然性が

コロナだからこそ
息づいている

精鋭さと
おかしみと
親和と
情熱

良い動画だから
みんなに教えたい

※8月15日 アレンジされて再放送あり




現象と構造

2020年07月05日 | パンデミック
  
  


喫茶店でカフカ先生は開口一番
発した
「コロナ禍には現象と構造がある」
つまり地上で起きていることのほとんどは
現象としてとらえる
地下
つまりは目に見えないところを構造とする

「構造がゆっくり動いている。生活が変わる」
「というと?」
「リモートが良い例です。あれは構造の変化です」

社会が変わる
それがゆっくり変わる
以前のように戻るという幻想は持ってはいけない
一見
同じように見えるものは現象に過ぎない
「構造自体が変わる」
カフカ先生は常にラディカルである
きっとそうなんだろうな
と思いながら
話をうかがう

---

くもり空の下
バスに乗って
西へ向かう
用事を済ませて
家に帰る

昼寝
食材買い
電話受け
話聞き
八百屋にも行き
言葉を書く

夜遅く
「あ」
と声が出た
今日
図書館で借りた本の返却日だった
困った
まだ半分しか読んでいない
けれど凄く長い間待った本だ
読みたい
というわけで
めったにないことをしでかした
後日
お詫びのメモを付け
返却ャXトに入れる



covid19 対談

2020年07月04日 | パンデミック




日付が変ですけれど
upします

この対談は7月10日にupされたものです

covid19について
重要な対談だと思うので
ご紹介します

山中教授が束ねる
京都医学派と
クラスタ―対策班の
西浦博教授

西浦教授が京都に移住するということを
重ねると
京都学派、京都医学派に参加して
covid19の共同研究をするのかもしれませんね

1時間弱の動画を見て
だったら自分の生活はどうなるか
どうするか

『思考の遠近法』を
触発されるような動画です








ナマステ先生・花火

2020年06月01日 | パンデミック
  

涼風あり

ナマステ先生がどこかにいった
はて
「どこに行ったんだろう」
と話していた
まあそのうち
姿を現わすだろう

ナマステ先生がもどってきた
「自転車の籠、直したから」
と言う
はあ?

ナマステ先生の後をついてゆくと
なんと
わたしのぼろぼろの前籠が
新品になっている
これはどうしたものか
とナマステ先生に訊くと
「自分の籠と取り替えた。家にいけば自転車がたくさんあるから」

ありがとうございます
というか
わざわざ自分の自転車の籠を外し
わたしのと取り替え
その手間だけでも大変なのに

ぼろぼろになって
もう取れるような感じになっていたのを
ナマステ先生は見かねたのだ

わたしにはできない行為だ
ナマステ先生の偉大さが
また垣間見られた

ナマステ先生と初めて会ったのは
雨の川沿い
ずっと強い雨が降っていて
昼ごはんに
どんどん庵のうどんを
ごちそうになった
「覚えてない」
とナマステ先生は言う

それから何度も何年も
ずっと労働を一緒にしてきて
時には
アメニモマケズの詩を
手書きで書いて持ってきてくれた時があった
あの時
わたしは弱っていた

アメニモマケズの詩のカラーコピーを作って
差し上げたら
ずっと小屋に大事に置いてくれていた

募金を常にしているナマステ先生は
いつだったか労働場の小屋に
募金箱を置いた
入れたのは数人だけ

ご先祖様の墓が偶然にも
同じ墓地にあった

暑い夏
一緒に
墓参りをしたこともある

あの時
戸田川に亀がいた
わたしたちは
日照りの中
ずっと見ていた

ナマステ先生の字はとてもきれいで
わたしとは大違い
今度
ナマステ先生のところに
猫たちを見に行く約束

---

公園の緑がどうなっているか
見にいく
そして抜き
持ち帰り
プランターと土を買って
植える
ベランダに置く
水をさす

---

今夜
8時から3分間
全国で有志たちが
花火をあげるという
疫病退散の意を込めて
全国で花火師たちが
いっせいに打ちあげるという

人が集まってしまうので
どこでやるかは内緒

ベランダ
クーラーの室外機に腰かけて
津島方面
犬山方面
を見る


見られず

けれど
聞こえたらいい
見られたらもっといい
みんなが幸せに暮らせるようになったら
いい
そんな思いは
見えない聞こえない花火ではあったけれど
ずっと胸にあった

どこかで打ちあがっているのは確実だ
有志たちの思いが
たくさんの人々に
打ち寄る
そして
宿る

寺に身を寄せ
米と野菜を希望する
在日ベトナム人たち

ヘイトの対象になる
在日韓国朝鮮人たち
同じく在日中国人たち
その人たちの
心に刻まれた傷

空腹
不安
失望
貧窮
孤独
悲しみ
苦しみ

その痛みの延長線上に
わたしたちはいる
加害者にも
被害者にも
なり得る

ヘイト
差別
その延長線上に
わたしたちはいる

人類の頭上に
花火があがる

誰ひとり
もれることなく
みんなが
はやく
幸せに暮らせますように


この夜空の続きのどこか
医療従事者への慰安のための青の花火
あと
さまざまな




夜空、夜空

※ 医療従事者への慰安は『青』。
  イギリスからはじまったカラーエール。医療従事者、介護に携わるすべての人々とイギリス保険サービスへのエールであり、イギリス保険サービスのシンボルカラーが青という理由から。また手術着が青っぽい色が多い理由は、手術中に血液の赤を見続ける医療従事者の視覚を補うためだという説もあるのだそうです。
 また、記憶に新たしいのはスイス・ジュネーブで始まったフライデーオベーション。ベランダや窓から毎週金曜日の夜9時、いっせいに拍手や口笛を送るというメッセージ。
 クラップ・フォー・ケアラーズ(医療従事者らに拍手を送る)は日本でも時間や曜日にとらわれず、普及しつつある町がいくつかあるそうです。



5月29日の専門家会議会見

2020年05月23日 | パンデミック


日にちが変ですけれど
緊急に貴重な動画だと思いますので
upします

これは5月29日(昨日)の専門家会議 会見の模様です
2時間半という長いものですけれど
政府の会見など比ではないほど
濃密な内容です

100年に一度の国難としてのcovid19
これを科学者たちが
どう対策しているのか
いくのかを
知る動画です

専門用語が多数あるけれど
たくさんのことをわたしはまなぶことができます

今回は尾身茂氏はもちろん
西浦博氏
加えて
押谷仁氏が質問に答えています

これら専門家らは
どのような人たちなのか
それはわたしも今回のcovid19で知るに至った

たとえば友人は
山中教授の意見に
関心がある
それは最近
ノーベル賞を受賞した有名化学者だからです
その権威に託して
意見を知りたいと思う

けれど
ここで質問に答えるすべての科学者は
本当に凄い人たち
その山中教授でさえ
「尾身先生」と呼ぶにふさわしい方

三密を早い段階で知ったのは西浦、押谷氏たち
海外では三密ということを
『3C』というCのアルファベットで
各国とのモニター会議ですでに押谷先生が発言していて
同じような見解だと韓国と英国の科学者が確認したそうです
これがパンデミックの『共有』の一つです

つまり
日本の科学者がどれだけ凄いのか
ということを
この動画で知っていただきたい
その一念です

クラスタ―追跡はほとんどの外国では
前向き(パースペクティブ)のクラスタ―捜索のみ
それは感染者をゼロにするという封じ込めの認識があるからです
ところが
押谷氏らはcovid19は封じ込めができないウイルスだという認識がある
この違いを論拠の中心と据えている
だから日本は初期2月から
うしろ向き(レトロスペクティブ)も同時にやる
ということをこの会見で押谷氏は発言していて
これは凄い認識力と解析能力だ
と思いました

※ここの説明は動画の中で図で示されているのでご参照のほどを


何故感染者の過去に関わった人たちを追跡するかというと
日本にはまだ結核があって
それは過去の追跡が常であるという保健所のあり方が
強く作用している
ということを押谷氏は言う
しかし
彼らは誰ひとり
自分たちの功績を言わない
誰一人もだ

レトロスペクティブのクラスタ―追跡をやったのは
この人たち
クラスタ―班たちが指揮をとったのです
この功績だけは伝えたい
だから
一波の武漢からの渡航者で発生したクラスタ―、
記憶があるのは屋形船と大阪のライブハウス、北海道への渡航者による感染
同時にプリンセス号があった

プリンセス号は別途として
これらすべてをクラスタ―追跡でレトロスペクティブで
抑え込んだ功績があってこそ
日本はあの二月に感染爆発を免れた
二波がまだくすぶっていて

北九州で拡大し
東京でも感染者が増えつつある
二波の再襲来は全国で起こり得る可能性は高い

ただ二波のはじめに
わたしたちは手洗い、うがい、マスクの着用を学んだ
2mのフィジカルディスタンスも
今日地下鉄に乗っていてもそうだったけれど
全員がとっている
stayhomeも三密回避も定着しつつある
医療も体勢を整えることが
かろうじてできているようですし
臨床の方々もあらゆるノウハウを学んだと思う
よってニ波がまたきても
きっと4月のようなパニックにはならないと思いたい

いずれにしても
提言とその根拠の詳細が
この貴重な動画で知ることができる

科学は力だ
改めて
日本の科学者に
お礼を言いたい
この方々が日本にいて良かった
世界がうらやましがるメンバーです
この人たちの三密提言とフィジカルディスタンスがなかったら
わたしたちは武漢、イタリア、ニューヨークのように
もっと桁違いの死亡者を
covid19で出していたのではないだろうか
と思います

先生達にお礼を言いたいです

ありがとうございます




日本の科学者たち

2020年05月21日 | パンデミック



これは14日の
専門家会議の
動画

2時間か!
と思ったけれど
見たかったので
見た

covid19を知るために
きっと断片的に
思い出す箇所があるから
と考えた

もっと正直にいえば
興味がある
科学者たちの意見に

残念なのは
WHOの議長にもなれた
尾身茂氏が
週刊誌で
御用学者と
見出しで書かれてあったこと

何度も言う

ずっとあとになって
あの時
日本には尾身茂氏をはじめ
押谷仁氏
西浦博氏らを中心にした
世界がうらやましがる
優秀な科学者たちが
covid19に対応したということ

これだけは
ちゃんと言っておきたい

そして優秀なのは
専門家居会議を中心とする
科学者たちであって
決して政府ではない

これも
ちゃんと言っておきたい






大丈夫

2020年05月19日 | パンデミック
  
  


新聞記事
日本に稼ぎに来ているベトナム人

covid19で仕事を失い
寮を追い出され
身をよせているお寺があるという

covid19以降
新しい生活様式について
友人としゃべっていたけれど
それは
低収入者にはあまり関係ない

中心部に近いマンションに住んでいる人や
ローンを抱えている人
養育費
車の維持費等
すべて
ちいさな住まい
いわゆる
縮小を迫られる
というもの

たくさんの人が
さまざまな生活様式の変化を
受け入れざるを得ない
ワクチンとて
まだまだ先の話であり
covid19と共存する
という姿勢が
求めらる

ただ自国の人たちは
インドや南アフリカ
バングラデシュなどの
南半球の国
そこは
発展途上国であり
医療もなく
水もない現状
「国さえ存続の危機である」
とハラリ氏は警告する

新聞記事は
野菜と米の寄付
その支援
と書かれてある

食べるものがあるかないか

これは日本人がこれから
受け入れざるを得ない
新しい生活様式には
おそらく含まれない
ただし
母子家庭は一食になった
と新聞には書かれてあるから
低所得者が職を失った場合
食の危機はベトナム人だけではない

たべるものがあるということ

20歳の時
インド、ネパールを二カ月旅した
最後はインドのカルカッタ
そこは貧富の縮図がよく見える場所だった
路上生活が当たり前

日本に帰って
初めて知った
食べるものがある日本

この恵まれた日本

インド体験はのちの
わたしを作る基礎となったに違いない


ベトナムの人たちが
帰りたくても
飛行機が飛ばす
寺院に身を寄せ合い
暮らしている

これがcovid19の
わずかな側面の一つであり
これから
たくさんのことが
表面化してゆくだろう

ただし
日本に生まれたということを
わたしたちは
恵まれている
という自覚なしでは
とうてい
世界共通の苦しみを
知ることはできない

三密もくそもない
マスクはつけたことがない
蛇口から出る水が飲めることは夢のよう

日本にいながらして
こうして難民となった
ひとたちの生活を記事で
知るということ

そしてわたしの生活も
covid19の影響を

実感している最中なのだ

けれど
いいこともある
ピンチはチャンス

パンデミックになったことで
自粛で
得られる幸せなこと
考えていると
案外
ある

世界戦争としてのパンデミック

大丈夫

それなりに
ちゃんと
やっていける

大丈夫






covid19

2020年05月18日 | パンデミック
  

covid19関連の
動画を見る

・ドキュメントコロナ危機 世界が苦悩した4ヵ月

・新型コロナウィルス出口戦略

・ETV特集 緊急対談 パンデミックが変える世界 海外の知性が語る展望 

 この中の世界の知識人が三人、それぞれにインタビューに答えるなかで
わたしはジャック・アタリ氏の発言に注目した。共感と利他主義

・ETV特集 緊急対談 パンデミックが変える世界 歴史から何を学ぶか

 この中で注目したのはウイルス学者 河岡義裕氏
 この人が動画でも言っていたように「100年前と同じ『隔離』しかないのか。100年経っても医学はそこまでなのか」と医学者として自答と自責のつぶやきの呼吸感覚を、わたしは信じたいと思った

・ ベネチア編 

 これはカーニバルが盛んな時、晴舞台に出演できなかった13人のマリアのこと。最後の何日かでカーニバルがロックダウンで中止になるプロセスを追っている。イタリアの文化とともに、日本のハレトケを比べて見ていた。

 このベネチア編を見ていてさらに思いを深くしたのは、人間の欲望である。楽しむという快楽であり、それは戦前の日本にはなかった文化。
 快楽と禁欲のせめぎ合い。そしてベネチアの街が静寂するさまを、カーニバルの責任者の女性が落胆して語るシーン。これは文化の違いだけれど、日本人には陰影礼賛という谷崎潤一郎の素敵なエッセイがあったり、静けさをヨシとする茶道、庭園文化が根深くある。この決定的な文化の違い。良し悪しのことでは勿論ない。嗜好の問題。日本の人にだって、その嗜好の違いは歴然としてあり、これはナショナリズム特有というわけではない。ベネチアでも、静寂を好む人だっているだろうし、そうでない人もいる。多数という数の論理でいえば、まあベネチアはカーニバルということになる。

 ともかくcovid19はいけない言い方をすれば
 やはり
 戦争だ

 わたしたちは今
 初めての戦争を体験している最中である

 記録せよ。永井荷風に習って。この時は異常だ。ゆえに記録せよ。世界規模でおきているcovid19の様相を。




オンライン春一番

2020年05月03日 | パンデミック



昨日からの暑さ
気温差が大きい

電気毛布の親分と
電気ヒーターの親分さんは
眠り
昨日から
夏の立役者
扇風機の大親分が登場

窓を開ける
花粉の時期は終わった

今年はとうとう花粉薬なしで
過ごした
やったー!

例年より
ヒノキ花粉が少ない
ヒノキにはいつもかなりどつき回されているので
マジ助かった

薬なしで過ごせた理由は
飛散量が少ないことと
もしかして
去年の10月あたりから
ワカメとヒジキとゴボウの他
通常のキノコと野菜と果物
海藻類をたくさん摂取して
腸内環境が
変わってきたためかも
とにかく
めでたい

急に暑くなったので
流行病に加え
熱中症注意

けれど
防護服で本当に想像を絶する労務を続けている
医療従事者の方
スーパー
ドラッグストア
ごみ収集の方
配送や聡
ドライバーに
ホームセンターの方
宅配と郵便
新聞配達員や銀行員

自粛の対象外になっている
すべての人たち
感謝とともに
暑さが。。。

特に
防護服の方々に
今後どう
影響するのかを
思う

---

自粛警察の登場は驚いた
今日の中日新聞で
やっと
311の時の言葉
『同調圧力』の太文字の言葉が登場

100年前のペストの時
日本で何が起きたかを
詳細に語る新聞
それは想像を超えて
遥かに
残虐だった

自宅待機を余儀なくされて
終えてしまう人たち
しまった人たちの
犠牲の上に現在
わたしたちに
軽症者受け入れのホテルが
やっと用意されはじめている

女優の岡江久美子氏が終えたのは
自宅療養を経ての
ことだった

志村けん氏が終えた時
日本中が本当に流行病に恐浮エじ
クラスター班の押谷仁氏は
「はじめて(死者の)顔が見えた」
と表情を変えずに
状況対応していた

岡江久美子氏が終えてはじめて
軽症者対策が現実化する

きっかけは
著名人の犠牲によって
という気がしてならない
要は世論だ

「100年経っても隔離しかない」

医学者が落胆していて
医学が100年経っても
進歩していないことを
自身の研究とともに
嘆いたのを
印象的に覚えている

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ネットで専門家会議の動画を
改めて見る
リアルタイムで見ていたのだけれど
パソコンが古いので
動画が切れ切れになって見にくかったし
聞き取りにくかった
やっと今日
全部を見た
尾身茂氏の言葉を
表情を語り口を
見聞する

政府の会見より
よほど早いし詳細

今どのように
第二次(医療以外)の問題解決に向けて
専門家会議のメンバー
医療者
臨床の現場
感染症
統計数理学(8割提言)
公衆学者全般
ウィルス学者が
国民に問題定義と
問題解決への指針を
政府の会見より
ちゃんと
表明しているか
国民が懸念する問題のほとんどを
拾い上げ
説明する
そして尾身茂氏は言った
「自粛をしていただいている国民のみなさんのおかげであり、本当に感謝しています。これはわたしたちが言うことではないのですけれど」
と嫌味たっぷりのニュアンス
暗に政府を批判する姿勢

政府は今
憲法改正を言い出し
非難を浴びる
当たり前だし
特措法に伴い
便乗して
改憲とは何事か

わたしでさえ憤る

政治家というのは
どうして?
という疑問を持つ

けれど
こうして
学者たちが長い質問時間を設けて
真摯に向き合う姿勢
自粛に伴う経済の問題
DVの問題
検査と自宅待機回避の方向性の示唆
緊急事態宣言の有効期間
医療現場の改善と
迅速な具体的な対応の提示
学校の問題の具体的提言
各自治体への命令の具体
「ソーシャルディスタンスという言い方は社会との距離、分断という意味になるので、言い方を変えたい。フィジカルディスタンスが正しい」
と尾身茂氏は言う

ただ政府の関与
厚労省の軽症者受け入れの不備
エクモの操作医療者の少数
その上にあった
限定的な手段の
クラスタ―追跡班への
過度な期待を
政府が持ったのは明らか

「LINKが終えない(個発例)感染者が20人以上出た時、わたしたちでは対応できない」
と断言していた押谷仁教授の発言
20人を超え
そのあとは
8割のフィジカルディスタンスを避ける対策
本来これはクラスター班の仕事ではない
ただ政府はすべて丸投げ
「専門家の意見を聞いて」
を何度耳にしただろう

グローバルに沿ったPCR検査の徹底を
日本は選択幅に入れずに
クラスター班に丸投げの政府

政府と国民の間で
尾身茂氏は公衆衛生学者の
代表として
中間管理職的な
言い回しをせざるを得ない
学者なのに
気の毒だ
とさえ思う

疲れる毎日
わたしたちは
コロナノイローゼになる
ここはひとつ
情報から距離を取ることが賢明
逃げるは生きるため



雨が降る前に
スーパーに行く
安い
半額
人も少ない
この時間に行くのが正解


しなければいけないことを
ひとつずつ
やってゆく
今日も
気温差で体調を壊しつつも
少しずつ
できることから

---

いつもだったら
この時期
野外ライブ
大阪は春一番コンサートに行っている
そこで
オンライン春一番と
わたしは思うような動画が
配信された
この雰囲気は
春一番コンサートが始まった
1970年代を彷彿とさせてくれて
原点を見る思いでいっぱいです

日本のフォークソングが
以前から
ここまでラディカルで
現代詩の影響下
ここまでわかりやすくできた
歴史
この
平明こそが


文学はむつしいことを
むつかしくいうことに
反省がない
何故なら
学問だから

けれど
庶民の目線を
学者は忘れている
庶民も学者に興味がない

フォークソングは
最高のPop文学だ
それを
わたしは知っている

どんな分野の専門も
庶民への橋渡しは
大事ですね



「トンネルの唄」高田渡  詩・曲:朝比奈逸人

こんな長いトンネルってあるだろうか 
もう前にも後ろにも行かないよ
最後の汽車から降ろされて 
もうあの娘にも会えないな

オイラもそうだよ、ホントはさ 
だれでも家に帰りたがっている
都会は花盛りですって便りを出した 
ああ、そんなのウソだけどな

昔、プラットホームの上、灰色の 
煙の天使が浮かんでた
で、今になって思うんだ 
あいつら流されて来たんだ

朝はあしたの後ろ姿 
夜は夜で思い出を繕う
ねえ、トンネルってため息なのかい 
ねえ、トンネルってため息なんだろ

空も地面も何にもなくて 
長い長いトンネルの中
呼び合う声だけが聞こえるよ 
だれも姿は持ってないからさ

こんな長いトンネルってあるだろうか 
もう前も後ろもなくなった
最後の汽車から降ろされて 
もうあの娘にも会えないな
最後の汽車から降ろされて 
もうあの娘にも会えないな