昨日はボランティアの食事サービスの日でした。生鮭を食料品店の魚売り場に9時の開店時間に予約していたので家人と一緒に取りに行きましたが20切れはまだ準備出来ていないと言う。老人向けですから一切れ70~80gでお願いしていたのですが、20切れは100gでもいいですかと店員さんが言うのでそれはダメですと即座に私は断る。なぜなら、幕の内の箱に入れた食事を出された老人の方はお隣の方のそれと比較して内容や量が同じでないと僻〔ひが〕んで不平不満を言われれますから。次に店員さんは準備するのに時間が掛かりますと言うので引取の時間と数量も指定していましたよねと言う。店員さんは諦めてすぐにやり始め、10数分後に出来た。レジでお金を払い、家人が魚の切り身が入った8個の大きな発泡トレーを2個の段ボール箱に分けて入れ、私と家人はそれぞれの自転車荷台に段ボール箱をくくり、急いでしかし道路の段差をさけてボランティア会場に届けました。このような裏方の仕事は誰も知りません。食べる人が「いただきます」「ごちそうさま」という言葉に食材そのものに、食材を作った農家さんなどに、食材を運んだり、売った人々などに、そして今日食材を料理してくれた人に感謝の気持ちを込めたか、どうかです。そして、今日恙〔つつが〕なく食べれたことを「ありがたい」と自身に対しても感謝しなければなりません。老いても、老いたからこそ今まで食べてこられたことに感謝しなければと思います。私も含めて…。





◆牛肉とかぼちゃ炒め ◆サンマの梅ロール ◆茄子のぬた ◆味噌汁 ◆ご飯
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追記: 家人はお手伝いをしてくれたのでテニスには30分ほど遅れて行きました。