ニセコ高原風だより

ニセコ高原のアコーディオン弾きがお送りする季節のおしらせ。

米の花が咲かない?

2009-07-25 06:48:07 | Weblog





夜半に,雨が降り、朝方上がったけれど、
空は一面雲に覆われた状態が続いている。

今朝方、「ルゥ」の散歩の途中、出会った裏の O さん(農業)は
「今年は,米が穫れないかも知れない」と呟いた。
水温が上がって来ない、日照時間が少ない、
米の花が咲かないと・・・・。

丁度,南西沖地震があった年と,気象条件が酷似しているという
お話だった。馬鈴薯も、九州地方の大雨,北海道の伊達、函館方面の
日照不足で、収穫が無く、相場が倍くらいの値段に跳ね上がっていると
教えていただいた。お天気には,勝てない・・・・・と、空を見上げた。

草ばっかり、ぼうぼう伸びるけど,草刈りばっかりもしていられない・・・。

昨日は、半日草刈り、午後から会議,夜は役場職員の歓送迎会があった。

明日は無い、サバイバルを余儀なくされる、農業、民間企業の人、
公僕と称される人々、色んな立場の人々で,
地域社会,街は構成されているけど、
天候も去ることながら、世の中の動き、流れに、
私達は敏感に反応し、備えて行くことを忘れはならない。
また、アンテナもしっかり張って行く。

画像は、「皆既日食」が明けた,5分後の上海の空。
これで、上海の「皆既日食」が完結した。
つい,2~3日前のことだけど,随分大昔の出来事のような
気がするのはなぜだろう?。

刻々と時は刻まれて行く・・・・。

遠い歴史、近い歴史、検証は繰り返されているけど、
歴史には、大体立場の異なる人々が介在し、
如何に客観的にと言えども、なかなか真実は浮かび上がって来ないのも
事実だ。私達が知識として学校で学んだ史実にすら、
どんどん,新たな解釈が付け加えられている。
近代史になると、増々,意見は別れるのだろう。

学校の歴史、社会は、紀元前から学ぶのではなくて、
バブル崩壊くらいから,遡って学んで行くべきだと思う。
3年生の3学期くらいに,時間切れで、1492年、
新大陸にずかずか上がり込んだ
人々があったと学ぶだろうから、
その前の話は、自分で本を読めば良い。
そして,常に,その頃この国は、を平行して学ぶべきだ。

夏の陽射しは、いつ戻って来るのだろう。